エルフは箸を使わない
腫れ物扱いとは、まさに今の僕のためにあるような言葉である。いや、腫れ物は触れられないだけで陰口やら嘲笑やらを浴びせられることはないのだから、今の僕の状況は腫れ物より酷いと言っていい。
全面ガラス張りの涼やかな学食で定食を食べる僕の周りには、ぽっかりと空白が存在している。ある者は好奇の目、ある者は侮蔑の目を遠慮なく僕に突き刺しては、こそこそと噂話に興じている。
「よお、お前新入生代表だったのかよ」
もそもそと味のしないアジフライを口に運んでいると、向かいの席に見慣れた銀髪の女性が座った。
「……先輩」
先輩は湯気の立つ担々麺を前に、長い髪を後頭部で一纏めに結び始める。
「さっきのあれ酷かったなー。学内、お前の挨拶の話で持ちきりだぞ」
「見たんですか」
「うん」
「どう思いましたか」
僕は自分の語ったことが理想論であることも、嘲笑に値する馬鹿げた夢であることも理解している、つもりだった。だけれど、いざこうやって周囲から嫌悪感をぶつけられると、どうしても揺らいでしまう。
先輩は担々麺の入った器を傾けて、ずずっと音を立てて汁を飲んだ。
「どうって、うーん。無知だなーと思ったけど」
「無知ですか?」
「うん。ドラゴニアのことも私らの世界のことも、何も知らない子どもが一丁前にほざいてるなーって。まあでもそれはいいよ。子どもが分不相応な夢を見るのは無知だからで、愚かだからじゃねえし」
ナチュラルに子ども扱いされたことが引っかかりつつも、先輩の発言の真意を探ろうと質問を投げかけた。
「僕の夢はそんなに馬鹿げてますか」
「馬鹿げてるね」
ぺろぺろとスープを舐めながら先輩は言った。この人はさっきから一向に麺を食べないが、エルフはそういう食べ方をするのだろうか。
「お前の夢が『ドラゴニアを除く全種族の統一国家を作ること』だったらまだ理解できたかもな。でもドラゴニアがいたら駄目だ。私はあいつらを許せねーし、他の種族のやつらも許さねーだろうよ」
「僕だって両親を――」
「親を殺されたお前が許したとしても、だ。私らは許せない。今のお前にゃ理解できないだろうが、私らの歴史を知ればじきにわかるようになる」
器を傾けてスープを飲み干した後、ようやく先輩は麺に口をつけた。と言っても、同じように器を傾けて麺を口に流し込むという特殊な食べ方で、なのだが。エルフには食器を使う文化がないのだろうか。
「だからまあ、学べよ。夢を持つのは大層なことだが、夢を持ち続けるのは難儀なことだ。お前はここで多くのことを学んで、そんで、それからもう一回自分の夢と向き合えばいーんだよ、若いんだから」
もちゃもちゃと話す先輩の言葉を噛み砕こうと思考していると、学食の入口で大きな声があがった。
「魔法研究サークルでえええええす! 興味ある新入生の人いませんかああああああ!?」
あまりの声量に耳を塞ぐと、先輩も迷惑そうな顔をしながら、同じように尖った耳をぺたんと畳んで耳を塞いでいた。その耳ってそうやって畳めるんだ。
「あー、入学式の後は新歓があるんだったわ」
そういえばそんなことを入学式で聞いた気がする。僕はやらかした後の放心状態でまともに聞けていなかったけれど。
「先輩はなんかサークル入ってるんですか?」
僕の質問に、先輩は「んにゃ」と首を振る。
「キショいんだよなサークル入ってるやつって。サークル入って学校生活エンジョイしてる自分のことが好きなだけだろ」
「急にすごい暴言だ」
サークルに入っている人に聞かれたらどうしようと思って周囲を見渡したけれど、僕が腫れ物扱いされているおかげで誰も先輩のイカれた言動には気がついていないようだった。腫れた甲斐があるというものだ。
「えー、僕は入りますよサークル。何がいいかな、魔法研究サークル興味あるな」
胸をときめかせながら魔法研究サークルの学生たちの方へ首を伸ばす僕に、先輩は冷たい視線を向ける。
「いやお前、何選ぶ側みたいなツラしてんだ。入学式であんなやらかしして、学食でさえこんな浮いてるお前を歓迎するサークルなんかないだろ」
そんなことはないでしょう、と言おうとしたけれど、そんなことはあるかもしれない。僕のあの発言は少なくとも好意的に受け取られるものではないし、なんならドラゴニアや他種族とも軋轢を生みかねないものだ。僕みたいな導火線に火がついてしまっている爆弾みたいな学生を積極的に欲しがるサークルは少ないかもしれない。
「えー……でも僕はサークルやりたいですよ。色んな種族の人と仲良くなりたいですし。あ! いっそ作りませんか? 先輩も一緒にサークルやりましょうよ」
僕の会心の提案は、先輩の「やだ」という静かな一言で片付けられる。
「私はタバコ吸うこと以外興味ねーんだよ。吸いサーなら入ってやってもいいぞ。週七稼働で喫煙所巡りな」
「なんですかその聞いたことない上にブラックすぎるサークルは。やりませんよ」
そういえば、飲みサーならあるのに吸いサーはないなと思った。どちらも嗜好品なのに、なぜアルコールの方だけ優遇されているのだろう。未成年の僕には早すぎる疑問だった。
「一応聞くが、作るとしたらどんなサークルなんだ」
先輩はじゅぞぞぞと気色の悪い音を立てながら麺を啜る。どうやったらこんな口淫みたいな音が出せるんだ。
「えーと……なんか、みんなで遊んだりする……感じの?」
あほくさ、と言った表情をしつつも、先輩は一応質問を返してくれる。
「名前はどうすんだよ。なにサークルだ? 研究会か?」
僕は考えた。十五秒くらい考えて、これだ! という名前に辿り着き、先輩も面食らうだろうなとほくそ笑みつつ口を開く。
「なかよしクラブ! とか!」
先輩は白目を剥いて肩を竦めた。
「あほくさ」
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