第3章 最初の拠点
腹を満たしたレンだったが、陽が傾き始めると新たな問題が浮上した。「夜の闇が来る…」森はその表情を一変させ、昼間の穏やかさとは違う、得体の知れない気配を漂わせ始める。「このまま砂浜で夜を明かすのは、あまりに無防備すぎる」彼は本能的な危機感を覚え、身を守るための安全な寝床を探し始めた。
幸い、理想的な場所はすぐに見つかった。砂浜と森の境界にそびえる巨大な岩壁、その中腹あたりにぽっかりと口を開けた洞窟があったのだ。「あそこなら、雨風はしのげるし、夜行性の獣からも身を守れる」彼は足場を確かめながら急な斜面を登り、目的の洞窟の入り口へとたどり着いた。
「さて、中は…うわ、想像以上に真っ暗だな」洞窟の内部は、外光がほとんど届かない完全な闇に包まれていた。湿った土と、長い年月を経て堆積した苔の匂いが鼻をつく。「まあ、何もないよりは遥かにマシか」彼は石のナイフを抜き放ち、警戒を怠らずに一歩足を踏み入れた。中は見た目より広く、数人が暮らすには十分な空間が広がっていた。
「床は剥き出しの土、壁はゴツゴツ。お世辞にも快適とは言えないな」彼は岩壁に手をつき、一つ溜息を漏らす。だが、その瞬間、彼の脳裏に電撃のような閃きが走った。「―――待てよ?快適じゃないのなら、快適に創り変えればいいじゃないか」彼の瞳に、昨日までの彼とは違う、力強い意志の光が宿る。そう、彼には【万物創造】のスキルがある。
「そうだ、ここは単なる洞窟じゃない。俺がこの世界で手に入れる、最初の『家』になる場所なんだ!」彼の心に、創造への情熱が灯った。どうせなら、ただ寝るだけの場所ではなく、心から安らげる空間を創り出そう。「まずは情報収集からだ」彼は洞窟の内外をくまなく観察し、使えそうな素材を片っ端から【解析】していく。
【ピコン】
《対象:岩壁(石灰岩)の解析に成功しました》
《対象:巨大な木(ラワン材)の解析に成功しました》
《対象:地面の土(粘土質)の解析に成功しました》
「いいぞ、データベースがどんどん充実していく」彼の頭の中には、この世界の物質情報が確かな知識として蓄積されていった。
「イメージは固まった。まずは、この無防備な入り口からだ!」レンは洞窟の入り口に立ち、分厚く頑丈な木の扉を強くイメージする。【万物創造】を発動させると、彼の目の前で魔法のような光景が展開された。周囲の木々から光の粒子が収束し、みるみるうちに一枚の重厚な扉へと姿を変えていくのだ。
【シュルン】という心地よい音と共に、光の粒子が扉の形に収束する。頑丈な蝶番も、握りやすい取っ手も、全てが彼のイメージ通りに完璧に創り出された。「次は、この扉をはめ込む枠を…!」彼は岩壁に手を触れ、扉のサイズに寸分の狂いもなく合うよう、石の構造情報を【編集】するイメージを描いた。
【ゴゴゴ…】と低い唸りを上げ、岩壁がまるで柔らかい粘土のように変形していく。ミリ単位の誤差もなく、完璧な扉の枠がくり抜かれた。「はまった…!まるで最初からこうだったみたいだ!」彼は完成した扉を枠にはめ込み、ゆっくりと開閉してみる。ギィ…という重々しい音を立て、扉は滑らかに動いた。
「ふぅ…。MPはまだ余裕があるが、かなり集中力を使うな」彼は額の汗を拭う。「次は明かり採りの窓だ。閉め切っていたら気が滅入るからな」彼は壁の一部に意識を向け、窓枠を創造する。だが問題はガラスだ。「ガラスの主成分は二酸化ケイ素…。この砂を高温で溶かすイメージを組み合わせれば…!」彼は初めて、第三の権能【編集】の深淵に挑む。
《『砂』と『熱』の情報を編集し、新たな概念『ガラス』を創造しますか?》
「もちろんだ!」彼が許可すると、砂浜の砂が一瞬で光り輝き、透明な塊へと変化した。だが、それは少し歪んでいた。「くっ…イメージの維持が難しいのか!」彼は一度それを粒子に還元し、再度、より精密で均一なイメージに集中する。二度目の挑戦で、ようやく彼は完璧な一枚のガラス板を創造することに成功した。
「よし、次は内装だ!」彼はゴツゴツしていた床と壁を、スキルで滑らかに整地する。それだけで、洞窟の無骨な印象はがらりと変わった。「ベッドは必須だ。硬い地面で寝るのはもうごめんだ」彼は丈夫な木材でベッドフレームを組み上げ、その上に、ふかふかの苔や枯れ葉を重ねた快適な寝床を創り出した。
「我ながら、最高の寝心地が期待できそうだ」彼は完成したベッドに腰掛け、その弾力を確かめた。次に創り出したのは、暖炉と煙突だった。火は暖を取り、調理を可能にし、そして何より、揺れる炎は人の心を落ち着かせる。「岩壁をくり抜いて、煙がきちんと外に抜けるように…っと」
彼は再び岩壁の構造を【編集】し、見事な石造りの暖炉と、天井を貫いて外気へと通じる煙突を創り上げた。「ついでに火打石も創っておこう」彼は硬い石同士を打ち付ければ火花が散るという前世の知識を基に、火起こし道具一式も【創造】した。これで生活の基盤はほぼ完璧に整った。
日がすっかり落ち、洞窟の中が闇に支配される頃、彼は最後の仕上げに取り掛かっていた。「あとは…テーブルと椅子があれば文句なしだ」彼は残ったMPと集中力を振り絞り、食事や作業に使うための簡素な家具を創り出す。全ての作業を終え、彼は生まれ変わった我が家の真ん中に立った。
「はは…すごい…。本当に、俺がたった一人で創り上げたのか…」暖炉に薪をくべ、火打石で火花を散らすと、パチパチという心地よい音を立てて炎が燃え上がった。オレンジ色の暖かい光が、壁や床を優しく照らし出す。その光景を前に、レンの胸には、これまでの人生で感じたことのないほどの達成感が込み上げてきた。
「誰の命令でもない。俺が、俺の意思で、俺の世界を創ったんだ…」前世では、常に誰かが作ったシステムの中で、歯車として摩耗するだけだった。だが今は違う。設計図を描くのも、それを形にするのも、全てが自分自身だ。その全能感にも似た喜びに、彼は思わず身震いした。
「さすがに…疲れたな…」彼は完成したばかりのベッドに、倒れ込むように身を投げ出した。ふか、と体が沈み込む、驚くほど優しい感触。真新しい木の香りと、暖炉の薪がはぜる音に包まれ、彼の意識は急速に安らぎの中へと落ちていく。「ここが、俺の城だ…」前世では決して手に入らなかった、自分だけの聖域。
「悪くない…。いや、最高だ…」彼は満足のため息をつき、ゆっくりと瞼を閉じた。これは単なる一夜の宿ではない。彼がこれから築き上げていく理想郷の、記念すべき礎なのだ。無力な歯車だった男はもういない。彼はこの島で、創造主としての確かな一歩を、今、踏み出した。
深い眠りに落ちる直前、彼の口元には、確かな笑みが浮かんでいた。揺れる炎に照らされたその寝顔は、これからの日々に思いを馳せる子供のように、とても穏やかだった。創造の喜びを知った彼の物語は、確かな拠点を手に入れたことで、さらに加速していく。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます