第4話 オークションと、高価な買い物

 都心にある覚醒者向けの専門ショップ。その中の一軒に入り、ずらりと並んだ武器や防具を眺めていた。


 どれもこれも、異世界で見てきたものとは違う、どこか無機質なデザインばかりだ。


 興味本位で、高額な武器や防具の性能を「鑑定」してみることにした。


 まず手に取ったのは、量産化された剣だ。見た目は悪くないが、手に取った瞬間、その軽さとバランスの悪さに違和感を覚える。


【量産型ソード】

• 価格:12万円

• 攻撃力:E

• 耐久力:E

• 備考:大量生産された安価な剣。性能は最低限。


「うわ、これはひどいな」


 異世界で言えば、村の鍛冶屋が作った練習用の剣よりもひどい性能だ。これが10万円以上もするのか。


 次に、ガラスケースに収められた、一際目を引く美しい剣に手を伸ばす。職人が手で作られたものらしい。


【職人作:ブロードソード】

• 価格:80万円

• 攻撃力:D+

• 耐久力:D+

• 備考:熟練の職人が鍛え上げた剣。性能は普通。 


「ふむ、これなら使えないこともないか…」


 しかし、異世界の基準から見れば、これも初心者向けの剣に毛が生えた程度。それが80万円もするなんて、信じられない。


 最後に、店の奥のショーケースに飾られた、禍々しい雰囲気を放つ剣に目を向ける。ダンジョンで手に入れた素材で作られたものらしい。


【ダンジョン産:オークの剣】

• 価格:300万円

• 攻撃力:C+

• 耐久力:C+

• 備考:オークの牙と骨から作られた剣。性能は良い。


「……まじか」


 俺が作ったナイフのほうが、はるかに性能が高い。異世界でなら、せいぜい数千円で売られているような代物だ。それが、ここでは数百万もする。


 この世界の武器や防具の市場は、完全に歪んでいる。


 量産品は性能が最低限なのに高価で、職人が作るものは性能は普通なのに馬鹿高い。


 そして、ダンジョン産は、性能がいいやつは、値段が数千万にもなる。


 何も買わずに店を出た。こんな歪んだ市場で、無駄な買い物をする気にはなれなかった。 


「…まあ、のんびりいこう」


 都心の喧騒を背に、俺は自宅へと帰路についた。スマホがけたたましい音を立てて鳴り響く。画面には「母」の二文字。


「……やばい、忘れてた」


 都心での一件ですっかり頭から抜けていたが、今日は母親に電話する約束だったのだ。慌てて通話ボタンをタップする。


「もしもし、母さん?」


「もしもし、迅? 元気にしてるの?」


 母親の声は、電話越しでも優しい。つい先日まで異世界でモンスターと戦っていた身としては、この優しい声が、少しこそばゆく感じる。 


「うん、元気だよ。母さんも元気?」 


「ええ、元気よ。……そういえば、最近あんた、全然家に帰ってこないじゃない。たまには顔を見せなさいよ」


 母親の言葉に、俺は少し戸惑う。実家は九州にある。新幹線を使っても、かなりの時間がかかる。

「だって、仕事が忙しくてさ…」


「もう! 仕事もいいけど、たまには休みなさい。お兄ちゃんも、お姉ちゃんも、みんな迅に会いたがってるのよ」


 母親の言葉に、俺は少し考える。確かに、この世界に戻ってきてから、一度も実家に帰っていない。ダンジョンに潜ることも、武器を作ることも、しばらくはいいだろう。


「わかった。じゃあ、今度の週末に帰るよ」 


「えっ、本当? 嬉しいわ! じゃあ、ご馳走作って待ってるからね」


 母親の声が、弾む。俺は、その声に少しだけ安心感を覚えた。


 電話を終え、すぐに新幹線のチケットを予約する。お金に余裕ができたこともあり、奮発してグリーン車を予約した。


翌日、新幹線に乗り込んだ。


 窓の外を流れる景色を眺めながら、俺はふと、異世界のことを思い出す。異世界では、こんな風にのんびりと旅をすることはできなかった。常にモンスターの脅威に晒され、いつ死ぬかわからない毎日だった。


「……なんだか、夢みたいだな」


  持参した缶ビールをプシュッと開ける。冷たいビールが喉を通り過ぎるたび、全身の力が抜けていく。


 新幹線は、九州へと向かって順調に走っていく。 


 実家は、福岡県の田舎の方にある。博多駅から新幹線を乗り換え、さらに在来線を乗り継ぐ必要がある。

 

 電車を降りると、懐かしい空気が俺を包み込んだ。実家まで歩いて数分。


 実家のドアを開けると、香ばしい匂いが漂ってくる。リビングからは、賑やかな声が聞こえてきた。


「迅、おかえり!」


 母さんが満面の笑みで出迎えてくれる。その向こうには、兄と姉、そしてその子供たちがいた。


「ただいま、母さん」


 懐かしい匂いと、家族の温かさに包まれながら、故郷へと帰ってきたことを実感した。

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