第30話 闇市に芽吹く反逆の計画 後半

闇市――ロンの宝飾屋。


壁一面に古びた棚が並び、色褪せた宝飾や加工用の工具が雑然と置かれている。外の喧騒は遠く、ここだけ時間が止まったように静かだった。


ミナは唇を噛みしめた。

「……また“霜峰巳流しもみねみとるの娘”って言われた」

胸の奥に苛立ちが渦巻く。父の影に縛られている自分が悔しかった。


「ロン、わかったよ。みんなの足は引っ張らない。でも、逆に私にしかできないこともあるはずだよね。それはやらせて。……祐也君は、これからどうなるの?」


ロンは黙って煙草をくゆらせ、やがて静かにうなずいた。紫音が先に口を開く。

「彼は確実に“梅”に選ばれるはずです。でも、まだ間に合う。すぐにでも状況を伝えれば――」


「しかし、梅候補は特別厳しく監視されているから、少しでもおかしな動きをしたらアウトだ」


「次の花火大会の夜なら、目立たず接触できるかもしれない」

ミナの提案にロンは目を細める。


「……ほう。ではまだ多少猶予はあるな」

そう言って、作業場の奥へと歩いていく。古びた金庫を開けると、銀色の箱を取り出した。中には冷たい光を放つブレスレットが収められている。


「こいつで外のシステムを誤魔化すことができる。これさえ渡せれば、祐也もこちらに連れて来て対策できるだろう」


だがロンの声は次の瞬間、鋭さを帯びた。

「……だが祐也は本当に信じられる坊やなのか? この存在があちらに漏れれば、俺たちは終わりだ」


ミナと紫音は息を呑んだ。

ロンは灰皿に煙草を押しつけ、低く言葉を続けた。


「昔、同じように抜け道を探した奴らがいた。情報が洩れて、闇市ひとつが丸ごと潰されたんだ。瓦礫と灰になり、今じゃ地図にも残ってねぇ。生き残ったのは、片手で数えるほどだった」


紫音の肩が震え、ミナの拳も固く握り締められる。


「だからこそ、これは死活問題なんだ」

ロンは二人を見据えた。


「祐也君は頭のいい人です。彼からあの場所がおかしいと隼人と同じように絶対に気がつきます」


紫音の言葉にミナも精一杯懇願した。


「ロン!私からもお願い。彼はまだ魂は抜け殻になってない」


ロンは、決心したように二人を見つめた。


「……このブレスレットを作ったのは、ハトルだ。あいつが長年待ち続けた“機会”が、今ようやく来ている」

「え?叔父さんがこのブレスレットを?」

ミナの意表をつかれたような顔。


静まり返る店内で、ブレスレットの微かな光だけが、確かな重みを放つ。


ロンは煙草をくゆらせながら、ゆっくり口を開いた。

「……ちょうどいい。来週のベイエリア花火大会の夜、俺が屋台を出す。あの喧噪の中なら監視の目も緩む」


「花火大会……なら人混みに紛れられる」

紫音が希望を抱きつぶやいた。


「ただし表通りはAIの警備でガチガチだ。……だが裏手なら別だ。知ってるだろ――昔、観覧車があった場所だ。今は黒い鉄骨が残ってるだけだが、屋台はそこで開く」


ミナは目を細め、脳裏に光景を浮かべた。再開発されたガラスの街並み。高層ビル群に囲まれ、夜ごと光に包まれる新しい横浜。

けれど、かつての観覧車跡地だけは取り残されたように黒々と鉄骨をさらし、そこにだけ影が落ちている。


「……あの鉄骨の下で、すべてが始まる」

ミナの声は決意に満ちていた。


「ジンにも渡したい」

「おまえの彼氏か」

ロンは短く煙を吐き、かすかに笑う。

「なら――忘れるなよ。花火の光は祝祭じゃない。檻を照らす灯だ」


三人は黙って頷いた。外では遠く、工事のクレーンが軋む音が響いている。


来週、花火の夜。

あの鉄骨の下で——祈りか、それとも破滅か。

すべてが試される時が、静かに近づいていた。

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