第15話 青い鳥への歌声 ― 革命の序曲


闇市の奥、廃屋になった宝飾店。

そこにいたのは、花火大会でブレスレットを渡してきた謎の男――ロンだった。


彼は煙草を指で弾きながら、にやりと笑う。

「……お前ら、今日ここに来たのは運命かもしれんな」


机の端に丸めて置かれた肉まんの包み紙。ジンが何気なく広げると、黒インクで刷られた文字が浮かび上がった。


『ノア - One Night Last Live @ノース音楽館』

📅 2025年9月6日(土)

18:30 OPEN / 19:00 START

📍 横浜・旧中華街跡 (Underground Hall)



「檻の鳥が羽ばたくかどうか……確かめてみるといい」ロンの声が、妙に深く胸に残った。


ジンは息を呑む。――ノア。胸の奥で、まだ見ぬ何かに引き寄せられるような感覚が走った。



錆びついた看板に「音楽館」とだけ残る建物。かつて米兵の溜まり場だった、バーを改造したという地下のライブハウスは今もひっそりと息をしていた。


剥き出しのコンクリートの階段を下りる。壁には「自由」「削除反対」「NO MORE SCORE」と、幾度も重ね描きされた落書きがびっしりと残っている。


扉を開いた瞬間、耳をつんざくようなベース音。汗と煙が入り混じった熱気が押し寄せ、デジタル管理社会では決して嗅ぐことのない匂いが鼻を突いた。


人々のざわめきと靴音が、生き物の鼓動のように響いていた。



スポットライトが一斉に点滅した。暗闇の奥から、ゆっくりと一人の影が現れる。黒い仮面をつけ、マイクを握ったその姿に観客たちが一斉に叫んだ。


「ノアールのノアだ!」

「ノアが来たぞ!」


歓声が渦を巻き、壁の落書きが震えるほどに響き渡る。ジンは思わず足を止めた。



歓声の渦の中に現れたのは、黒い仮面をつけた歌姫だった。仮面の奥の瞳が一瞬だけ光を反射する。

その視線に射抜かれたようにジンの胸がざわめいた。


マイクを握った影が澄んだ声で歌い出す。


――私たちはいつから空を見ることを忘れたんだろう。

――When did we stop chasing our dreams?


英語と日本語が交じる透明な歌声。耳に届いた瞬間、ジンの胸がぎゅっと締めつけられる。


加工音声ばかりを聞かされてきた彼らにとって、初めて聴く生の声は衝撃だった。

音が体を揺さぶり心臓の奥まで沁み込んでくる。


観客は息を呑み、次の瞬間熱狂のような拍手に包まれた。

――こんな歌声がこの世界にまだ残っていたなんて。



照明が落ち静寂が訪れる。

ノアはマイクを握り直し、少し俯いて言葉を紡いだ。


「……今日の歌は、私の大切な人に送ります」


ざわめきが走る。観客は皆、自分こそがその対象だと信じたかった。


「檻の中で羽ばたこうとしている、まだ名前のない青い鳥たちへ」


ジンの背筋が震える。

青い鳥――偶然か、それとも。


千斗が小声で漏らす。

「なぁ……これ、オレらのこと言ってんのか?」

マナは涙ぐみながら頷いた。


ノアは再び歌い出す。


――私たちは夢を捨てたわけじゃない。

――ただ、思い出せなくなっていただけ。


その声に、観客は泣き、笑い両手を掲げる。

ジンは胸の奥で叫んでいた。


――誰なんだ。お前は……。



拍手が鳴り止まぬ中、ノアは深く一礼してステージを降りかけた。

その瞬間、スポットライトが横顔をかすめ仮面の下からわずかに覗いた頬と瞳が見えた。



――えっ……?


ジンの心臓が凍りついた。

その微笑み、声の震わせ方そして目の奥の光。


「……ミナ?」


かすれた声は歓声に掻き消された。

隣の千斗もマナも熱狂に飲み込まれている。


――あの表情は…



ジンの胸に残ったのはあの日、家で見せた彼女の笑顔だった。

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