第27話 悍ましい声

「スキル〝運命の輪〟の反応が強いのです。注意していくです」


 細い通路で俺とモコを降ろし、人型に戻ったトゥナは奥を指差す。


 この先に尾野さんや行方不明の人が居るのかもしれない。


「……ご主人。無事でいて」

「敵が居るかもしれない。モコはトゥナの後ろに回って援護してくれ」

「……ん。わかった」


 今にも駆け出しそうだったモコは、俺の言葉に小さく頷く。


 マスターが生死不明なのに冷静さを失わない姿は凄い。俺は今でも美凪が心配で、こんな状況なのに集中できていなかった。


『美凪を信じるのです。ミッション報酬のSSRスキルだってあるのです!』


 気持ちが伝わってしまったのだろう。レゾナンスでトゥナが語りかけてくる。


『……そうだね』


 そう信じるしかない。目の前に救うべき命が有るんだから。


『マスター、敵がたくさん居るのです』


 トゥナが立ち止まり、視界の情報をレゾナンスで共有する。


 通路の先には開けた大部屋。多くのゴブリンが何かを囲むように輪を作っていた。


 トゥナは上手く身を隠しているようで、まだ気付かれてはいないようだ。


『魔法陣を囲んでいるのです。すっごく大きいのです』

『普通のゴブリンの中に一体魔術師みたいのが居るな。あれがボスか』

『黒い服に、髑髏を手に持って……いかにもな姿なのです』


 ゴブリンの数は50はくだらない。中途半端に攻撃して逃がせば、捕まっている人に危害を加える可能性もある。


 ここで一網打尽にするには……。


「モコ。スキル〝幻術〟でゴブリン達を混乱させられるか?」


 俺の言葉を聞いたモコはみつからないように狐耳をパタンと畳んで、そっと通路の先を覗き込む。


 その愛らしい仕草に、肩に入っていた力が少しだけ抜けた。


「……ん。数は多いけど、できる。でも、あの奥に居る黒いのは分からない」

「トゥナ。スキル〝迅雷〟であの魔術師ゴブリンを真っ先に潰せる?」

「やってみるのです」

「よし。魔術師を倒した後、混乱したゴブリンを各個撃破だ。モコ、さっそく頼む」

「ん。でも、魔力ほとんどなくなる。戦えなくなるかも。大丈夫?」


 それでもゴブリンの大群と正面から戦うよりはマシだろう。


 俺が頷くと、モコは目を閉じて何かを念じ始める。


「――いく。スキル〝幻術〟」


 胸の前で糸を手繰るように指を動かすモコは、眉間に皺を寄せる。


 お香のような甘い香りが鼻先をくすぐる。瞬間、眩暈に襲われた。


 スキルの範囲が広すぎて操作しきれていないのかもしれない。少しクラクラしたけど、大丈夫だ。


 額に汗が見えるモコが、耐えきれず地に膝をつく。息も荒い。


 しかし、その効果は有った。


 ゴブリン達は急に落ち着きを失い、暴れ出し、同士討ちを始める。


 魔術師ゴブリンだけは正気なのだろう。慌ててなにかを祈り始め、魔法陣が黒く輝きだす。


「……っ。まずい、トゥナ!」

「分かっているのですっ!」


 白い雷を全身に纏い、空気を振るわせながらトゥナは飛び出した。


 裂いた風を全身に受け、虎のように猛り、形態変化した爪を振り降ろす。


 一撃。魔術師は魔力へと還元させた。


「……勝ったのか?」

「……」


 俺の独り言が虚しく響いた。


 モコは何も答えない。


 きっと不安なのだ。違和感が拭えないか、。


 頭の奥が痛む。だって、おかしい。


 魔法陣の光が、強くなっていく。


「……朝倉。ゴブリン達がおかしい。急に力を失い始めた」


 足元で蹲っていたモコの声は掠れていた。


「あれは……どういうことだ?」


 暴れ回っていたゴブリン達が、一斉に苦しみだした。


 首に手を当て泡を吹く。救いを求めるように宙に手を伸ばす。


 口から泡を吹き、もがき、そして絶命する。


 魔法陣だけが光を増す。まるで、ゴブリン達の命を吸っているかのように。


 ぼやけていた不安が、急に質量を持って心臓を鷲掴みにする。


「モコ、残った魔力を全部使っていい。一匹でも多く倒せ。……ここままじゃ、なにかがまずい気がする」

「狐遣いが荒い。……けど、モコも同じ気持ち。――乱れ撃て、スキル〝魔弾〟」


 次々に手掌から放たれる魔力の弾丸が宙を舞う。


 炸裂音、断末魔、そして荒くなるモコの呼吸。


 閃光と火花、魔力に倒れて還元されていくゴブリン。


 しかし、魔法陣は禍々しい輝きを強め続け――


「マスター! ゴブリン達がミイラになっちゃったのです!」


 ゴブリンを攻撃し続けていたトゥナは、困惑顔で叫んだ。


 まるで吸血鬼に血を全て抜き取られたように干からびた小鬼が地を這っている。


 そして力尽きた者から魔力に還元され、魔法陣へと流れ込んでいく。


「……まずいの。すごく嫌なものが出てくる」


 黒い魔力が膨張する。渦のようなエネルギーの奔流が吹き荒れ、魔法陣の中央で形を成す。


 それはまるで、人の身体のような物。けれど、人とは思えないなにか。


 魔力が、黒い存在を呼び起こす。


 ゴブリン達の生命力を吸って――ここに存在してはいけない何かが産まれる。


 そして声が、響いた。


 鋭く、冷たく、肉を裂く、刃のような声。


「足リナイ……不完ダ……欠ケテイル……」


 泥水の中で跳ねるように、重々しく、絡みつく。


「奪ウ……喰ラウ……」


 吐き気を催すような――


「全テヲ、捧ゲヨ……サスレバコノ世界ハ――」



 悍ましい。



「完成スル」



 ――声が。


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