第21話 朝倉くんだから
「僕はしばらくここらの異常を捜索するよ、朝倉くんと伊万里さんも気をつけて」
「何かあったらモコたちを呼んでいい」
戦闘後、尾野さん達と別れた俺達は、雷虎に乗って周辺の探索を始める。
少しでも尾野さんの手助けになる情報を得られたらと思ったが、そううまくはいかないようだ。
とはいえボブゴブリンさえ出なければ苦戦することもなく、レベルも12を超えた。
経験値20倍&雷虎での移動&スキル〝
効率が良すぎて気持ちいい。正直脳汁が出る。
この喜びを分かち合いたい人がすぐ目の前に居るんだけど――
「伊万里さん、そろそろ帰ろうか」
「……そうね、分かったわ」
声が暗い。
青々とした草原。雷虎に乗って駆ける風は爽快だ。
なのに、なんでこんなに空気が重いのか。
ボブゴブリンに負けたことを落ち込むのは分かる。放っておいた方がいいのかもしれない。
だけど……。だけどっ……!
【特別ミッション『今日中にデートへ誘え』 対象者にミッションだと知られないようにデートを完遂させろ。成功報酬 SSR級 テイマースキル】
これがあるっ……!
SSR級のスキルがどんなものか分からないけど、きっと役に立つはずだ。
俺とトゥナだってもっと強くなりたいし、伊万里さんもスキルを覚えることで今の苦境を抜け出せるかもしれない。
「い、伊万里さん。実は学校で美味しいケーキ屋さんの話を聞いてさ、よかったら……この後どうかな?」
「……遠慮しておくわ。少しでも家族に仕送りしたいの」
「もちろん奢るよ! 今日は伊万里さんの索敵のお陰でたくさん稼げたから、そのお礼もあるし」
「助けてもらった私が奢られるわけにはいかないから」
「気分転換にウインドウショッピングとか! ほら、服とか見ようよ!」
「今はそういう気分じゃない」
「俺が見たいんだ……伊万里さんのファッションショーを!」
焦って変なことを言ってしまった気がするけど、今は勢いに身を任せるしかない。
後悔に悶えるのはミッションをクリアしてからだ。
「……また今度ね、変態」
え、今度ならいいの!?
これって実質デート確定じゃね?
『女の言う今度は永遠に今度だし、考えとくは3秒で忘れますってことなのです。真に受けたらだめなのです』
……ほー、勉強になる。なんで俺よりトゥナの方が女心に詳しいんだ。スライムだろ?
『レゾナンスでアドバイスしてよ、どう誘ったらいい?』
『そのくらい自分で考えろなのです。マスターのがんばる姿が見たいのです!』
スパルタだなぁ。
世の中の男子たちはよく告白とかできるな……マジで尊敬するわ。
デートしたらSSR級スキル貰えるって言えればいいんだけど、それはルール違反だ。
そもそも物で釣ってるみたいで嫌だし。
膝枕にはついお金を払いたくなってしまったけど、俺と伊万里さんの関係はそういうものじゃない。対等なはずだ。
だから……がんばるしかない。
とはいえ、伊万里さんが行ってくれそうなところ……。
「あ、そうだ。魔石屋行かない? モコの遠距離射撃がすごく便利そうだったし、やっぱ攻撃手段を増やしたいんだよね」
また今日みたいな強敵と遭遇することがあるかもしれない。
伊万里さんをサポートするために、遠くからでも使える攻撃をひとつは欲しかった。
「……そうね。行きましょうか」
全然乗り気ではない、義務感に満ちた声。
雷虎になったトゥナの背で俺達は変わらず密着しているのに、大きな壁に阻まれていると錯覚するほどに、遠い。
けどこれで、ミッション達成になるのでは……?
『こんなのがマスターの人生初デートとは嘆かわしいのです。よって、却下なのです。もっとがんばるです』
無情な言葉が心に沁みるよ。
***
魔石屋。ショッピングモールとかによく有るパワーストーン専門店のようなお店。
アクセサリーやインテリア用に加工した魔石が照明によって眩く輝き、高級感を醸し出している。
明らかに高校生が来るところじゃない。
場違い俺達を店員さんがいぶかし気に見ているが、気にしないでおこう。
レジで一括払いしてやれば、コロッと態度を変えるはずだ。
「良いのありそ?」
「ん~、ほとんどスキルブック取れそうにないけど……、これとこれかな」
C級の魔石を2つ手に取った。
『バブルトード 中立』 『ナイトメア 悪』
「ひとつ30万円……。見てるだけでお腹が痛くなってきたわ」
「スキルブックが無ければゼロがひとつ……いや、ふたつ少なくても買わないな」
「クリスタルとかはパワーが有るって聞くけど、魔石にもあったりするのかな?」
「ん~。魔石を原料にエネルギーを作ってるんでしょ? そう考えたら有るはずだよね」
「考えると頭まで痛くなりそう」
俺はバブルトードの魔石を手に取る。予算的に買えるのはひとつだけだ。
「そっちでいいの?」
「うん。もうひとつは属性が悪だからさ。同じ悪のスキルブックとじゃないと装備できないんだ。今は他に悪を持ってないから」
「そうなんだ。悪の石の方が私は好きなんだけどなぁ。星空みたいな色で、ずっと眺めていたくなる」
発言がだいぶ疲れてる人って感じだけど、大丈夫か?
「30万だからね、そりゃ綺麗でしょ。伊万里さんが買う?」
「……先に出てるわ」
げんなりした顔で出口に向かう伊万里さんに苦笑しながら、俺は会計に向かう。
怪訝な顔で見ていた店員さんは、最高の笑顔で迎えてくれた。
「……ん。これは?」
レジの横に置いてあった、カラフルなチラシが目に入る。
「子供の日限定お菓子……?」
「はい。近くのお店で売ってるんです。私の子供も好きなんですよ」
レジを打ちながら店員さんが答えてくれる。
子供かぁ。伊万里さんも兄弟のために何か買ったりするのかな?
……。
よし。
デートに誘う場所、決めた。
いきなり過ぎて非常識な気もするけど……もうそこしか考えられない。
「お待たせ、伊万里さん」
「終わった? それじゃ、スーパー寄って帰りましょ。今日はなにが安いかしらね」
「……突然だけど、明日の探索は休みにしない?」
声が震えた。ミッションのためとはいえ、やっぱり女の子を誘うのは勇気がいる。
しかも相手は学年のアイドル、高嶺の花だ。
「なにか用事があった?」
伊万里さんは首を傾げる。
「明日学校休みだし……その」
喉に言葉が詰まる。心臓だけが強く胸を打つ。
伊万里さんが俺を見ている。それだけで逃げたくなる。
けど……逃げたりなんかしない。
「せっかくだから出かけない? 会いたいんだ……伊万里さんの兄弟に」
「……え?」
伊万里さんの足が止まった。真意を問うように、目を細めた。
「伊万里さんも会いたいんじゃないかと思ったし……俺も、伊万里さんの活躍を兄弟のみんなに話したいんだよ。自分の口じゃ、なかなか言えないだろ?」
「活躍って、そんなの……」
言い淀んで、視線を落とす。今日の敗北が抜けない棘のように痛むのだろう。
彼女が何か言おうとするのを打ち消すように、俺は言葉を被せた。
「伊万里さんは凄いよ。自分よりもずっと大きい相手でも怯まない。その勇気に、強さに――俺は憧れる」
最初は憧れだった。その美しさを遠目にみているだけで、良かった。
俺なんかじゃ不釣り合いだって、関谷に言われた。
そんなこと、言われなくても分かっている。
「そんな凄いとこ、ちゃんと兄弟にも伝えたい。お姉ちゃんはがんばってるんだって」
最初は憧れだったとしても――
「俺も会いたいんだ。伊万里さんが守りたいものを、一緒に守りたいって思えるようになりたい。見ている物を、一緒に見たい。だって――」
今の俺達は――
「パートナー……だからさ」
黙って話を聞いていた彼女の瞳に、多くの感情が交差する。
愛の告白をしたわけじゃない。それなのに、顔が熱い。
心臓が俺の勇気を讃え、身体中の細胞が熱に浮かれる。
――つまり、居たたまれない。
永遠に続くかと思われる時間は、実際には数秒でしかなくて。
長い長い一瞬の先で、彼女は目尻を下げて微笑んだ。
「……ふふっ。分かったわ。私の大切を、朝倉くんにも教えてあげる」
そして、今度は悪戯っぽく歯を見せて笑う。
落ち込んでるはずなのに、ころころと表情を変えて見せてくれる姿。
こんなのきっと、学校の友達は知らないと思う。
きっと、俺だけの――
「言っておくけど、男の子に家族を紹介するなんて初めてなの。……朝倉くんだから特別よ、分かったら返事して」
――ああ、いつの間に俺は、
「もちろん、光栄です」
こんなにも、この子を好きになっていたのだろうか。
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