第18話  嫌いになるかも

「なにか手伝うことある?」


 ダンジョンの探索を終え、部屋で夕飯作りの準備を始めた伊万里さんに声をかける。


「そこで待ってくれるのが一番効率良いかも」

「わかりました」

「冗談よ。じゃがいも切ってくれる?」


 伊万里さんは手早く準備を済ますと、お手本を見せてくれた。


「このくらいの大きさだけど、大丈夫?」

「余裕だよ」


 疑わし気に見てくる伊万里さんは、それでも包丁を手渡してくれる。


 信頼がないのも仕方がない。一昨日も切ったネギが全て繋がった状態でみそ汁に入れて、『逆に器用ね』と感心されたばかりだ。


 でも今日の俺は今までとは違う。なにせ――スキル〝空間掌握ディ・アイ〟の影響を受けた俺は、どこを切ればお手本通りになるかが完璧に分かる。


 ほら、驚いた伊万里さんが隣で鍋のふたを落とした。


「……ちゃ、ちゃんとじゃがいもの形をしてる……ですって!?」

「才能が覚醒したんだ。自分が恐ろしいよ……」

「嘘言わないで! 朝倉くんに料理の才能なんてあるわけないじゃない!」


 酷い言われようだ。


「〝空間掌握〟の影響だよ。そのうち伊万里さんもできるんじゃない?」

「私の従魔のスキルなのに、なんか悔しいわね……」

「レゾナンスできるようになったらすぐでしょ」

「今日練習した感じ、動かず集中すればいけそうなのよね。戦闘中は無理。殴るので精一杯」


 なんて物騒なことを言いながら、昆布を鍋に沈めだす。


 俺も余計なことを言い過ぎると、昆布巻きにされて海に沈められるのかもしれない。


「なによ急に黙りこくって」

「……なんでもないです。次はなにをすれば?」

「じゃあこれもお願い。各種野菜。今日は煮物とみそ汁です」

「家庭的だね。さすがお姉ちゃん」

「ええ、お姉ちゃんだもの」


 しばらくの沈黙。集中しないとすぐに切り方が雑になる。


 大家族で育った伊万里さんは、大きさが違うことを嫌う。煮え方に差が出るらしいけど、俺は多少硬くても気にしないのに……。


「ねぇ、朝倉くん」

「ん?」


 伊万里さんが鍋に油を入れる。


 この部屋はオール電化だ。火が苦手だから、IHコンロは部屋選びの必須条件だった。


「休み時間に喧嘩したんだってね?」


 それは静かで、けれども確かな長女の圧力。 


 きっと彼女の弟達もこんな感じで怒られていたのだろう。


 俺だって長男なんだけど、家族を背負う覚悟みたいなのが違うのだろうか。全く逆らえる気がしない。


「知ってたんだ」

「直接見てはないけど、人伝にね。しかも私の名前が出たらしいじゃない? 耳に入らない方がおかしいでしょ」


 関谷が絡んできたのはトイレの前だ。目撃者は沢山いただろう。


 あのまま居続けたら先生を呼ばれてたかもしれないな。


「いちいちあなたの行動に口を挟むような関係でもないから、迷ったんだけど……」


 一瞬迷うように視線を彷徨わせるが、すぐにそれは俺に向けられる。


「――私が関わってるなら、原因くらい教えて貰ってもいいわよね?」

「……伊万里さんのことを見るなって絡まれたんだよ。関谷も伊万里さんに気が有るんじゃない?」


 包丁を持つ手に力が入っていた。


 切った玉ねぎは大きさも不揃い。思わず手が止まってしまう。


「その人が私をどう思ってるかはともかく、それがなんで殴り合いになるのよ」

「元々あいつは俺に絡んでくるヤツだったんだ。いつものことだよ」


 情けない姿を伊万里さんに知られてしまった。これも全部関谷のせいなら、やっぱりあの時殴った方が良かったかもしれない。


 そうだよな。言いなりになるから絡んでくるんだ。だったら一度分からせた方が良いんじゃないか?


 今の俺なら、負ける気は――


「……ねぇ、なんでそんな怖い顔をしてるの?」


 伊万里さんの心配そうな声に、思考が打ち切られた。


 まただ、いま何を考えていた?


 今日の俺はおかしい。力を振るうことばかり考えている。


 こんなの、関谷と一緒じゃないか。


「あなたにも色々あると思う。喧嘩なんかするなって言っても、解決しないことくらいは、理解してる」

「俺がしたいわけじゃない。あっちが仕掛けてくるんだ。いつもいつも。だから、いい加減分からせてやろうって――」

「あなたの力は……そんなことのために、有るんじゃないでしょう?」

「……そうだね」


 誰かの役に立ちたい。これは本心だ。


 伊万里さんのために使うと、昨日約束した。


「力で優位に立とうだなんて、そんなの朝倉くんらしくない。幻滅する。嫌いになるかも」

「……それは関谷に殴られるより辛い」

「不器用なりでもがんばってくれる朝倉くんが、私はいいな」


 俺が切った玉ねぎを確認して、クスリと笑って鍋へ放り込む。


 ジュっと鳴る音に火を連想して、反射的に身体が強張った。


「疲れたなら戻ってもいいけど?」


 さり気ない優しさに、固まった身体がほぐれていく。


「大丈夫。他にやることは?」

「そ? みそ汁のお豆腐、できる? 前みたいにぐちゃぐちゃにしない?」

「できる……はず」


 前回は豆腐を切ったら何故かペースト状になってしまい、『ハンバーグでも作るの?』と言われた。今回こそは雪辱を果たす。


 話してる余裕なんかない。丁寧に、丁寧に――


「――綺麗に切れたわね。えらいわ」


 目尻を緩めて笑う伊万里さんの笑顔に、自然と頬が緩んだ。


 俺が求めるのはこういう日常だ。暴力なんて、幸せにはいらない。


 今のままで十分贅沢なんだ。だから――。



 だから――。



 伊万里さんの横顔を盗み見る。


 料理を続ける彼女の瞳は、不安に揺れていた。

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