ラブコメ・チート・ダンジョン〜『スキルブック』と『ラブコメ』で底辺高校生は成り上がる

空依明希

第1話 もう逃げられません

「朝倉悠斗はるとくんカナ? おめでとネ! 憧れの覚醒者に選ばれたヨ!」

「……は?」


 真っ白な空間。目の前に有った狸の置物が喋り出す。


「その首輪を使えば、好きな魔物と契約デキるんダナ! 君はどんな魔物が好きカナ?」


 気がついたら手に首輪を持っていた。それも驚くより、それよりも気になるのが――


「おじさん構文?」


 この夢キモいな。……いや、まって。さっき、なんて言った?


「――え? 覚醒の夢?」

「そう言ってるんだケド? 話聞いてなかったのカナ?」

「テイマーになれる……俺が? 夢が叶うのか……?」


 声が震え、頬が緩みだす。


 今にも叫び出してしまいそうなのを、必死に押しとどめる。


「ハルトくんは魔物を使役して、ダンジョンを攻略する権利を手に入れたんダナ!」


 どうしよう。家の近くにダンジョンゲートはない。


 もうすぐ受験だから、ダンジョンが近い高校に進路変更しよう。そうなれば独り暮らしか……夢が広がる!


「夢だけど、夢じゃないよ! ほっぺをつねってあげようか? 首ごとねじ切れるけど!」

「怖すぎる。……というか、その口調なに? ありがたみが薄れるんだけど」

「ムムッ! 最近の流行り言葉を真似たつもりダッタんだけケド……違ったカナ? 人間の文明は無駄に複雑でいやダネ。滅ぼしちゃおうカナ! ナンチャッテ!」


 ふざけた口調。でもなぜか、冗談で言ってるとは思えなかった。


 こいつは怒らせたらいけない。そんな気がする。

 

「えー、ごほん。じゃあ普通に話そうか。ここは君の心を映す世界だよ。ハルトくんがテイマーになって、どうしたいかを教えてくれるかな?」


 さっきより低い声。思わず背筋が伸びる。


「決まってる。俺は強くなりたい」

「それはなぜだい?」

「……なぜ?」 


 モテたいから? 有名になりたいから? 嘘じゃないけど、しっくりこない。


 ふと、記憶の奥で赤い炎の残像が甦った。


 それは火に包まれた部屋。


 焼ける臭い。爆ぜる音。幼い自分の、悲痛な叫び。


『誰か助けて! ここだよ! 出られないよ!』


 届かない声をあげる程に、息苦しくなっていく。


 幼くて無力で、孤独に閉じ込められた――あの日。


 ――ああ、これだ。


「……火事から俺を助けてくれた、あの人みたいになりたいんだ」


 火に強くなるスキルを持ったテイマーが、燃え盛る家の中に居た俺を救い出してくれた。


 意識が朦朧としていて、まともにお礼も言えなかった。けれど、そのおかげで今がある。


「なぜそうなりたい?」

「あの頃から、前に進めていない。今もずっと、無力で孤独なままだ。心が炎の中に捕われて……息苦しい」


 特別になりたい。強くなりたい。自分がここに居るって、知って欲しい。


 今も心は、助けを待って泣く、あの日のままだから。


「力が有れば、あの頃の自分みたいな誰かを……助けられる。そうすれば――きっと俺は、火の中で助けを求める子供の頃の自分も――救える気がするんだ」


 ――英雄になりたい。なんて、似合わないから言わない。


「聞き届けました。いい旅を、ハルトくん」


 瞬間、狸の置物から光が溢れ出し、世界は緑の草原へと変わった。


 軽やかな空気が草の匂いを運び、人の手が加えられていない大地を緑が覆う。


 そして――


「あれは――ドラゴン!?」


 物語に出てきそうな深紅のドラゴンが、大地に四肢を突き立てて俺を見ていた。


 まだ距離はある、それでも絶対的な強者のオーラに足が震える。


「あいつと契約できれば……強くなれる。俺は――強くなりたい」


 覚悟を決めて踏みだそうとした――そのとき。


「……ん?」


 視界の端で、丸い影が跳ねた。


「ピンク色で、猫耳のスライム……?」


 テレビで見たスライムは半透明な青なのに、その子は鮮やかなピンク色。


 丸い頭には本来ない突起がふたつ。毛はないけど、猫耳にしか見えなかった。


 猫耳スライムは、がさがさと地面に顔を近づけると、泥のついた顔に小さな花を咥えて跳ねる。


 耳をパタパタさせ、上機嫌で近くに居た青いスライムの群れへと近づいて――


「きゅー」


 スライム達の前に、丁寧に花を差し出した。


 まるで、「友達になって」とでも言うかのように。


 心がほっこりする癒しの光景に思えた、次の瞬間――


「きゅっ!」


 群れの一匹が突進し、花ごと猫耳スライムを弾き飛ばす。


 無残に砕かれた花びらが宙を舞い、鈍い衝撃音と共にピンク色の身体が地面を転がった。


「やめ――っ!」


 叫びかけた声が、喉で止まる。


 俺じゃスライムに勝てない。猫耳を助けるなんて……自殺行為でしかない。


 ――それでも。


 追撃は続き、傷つくピンクの身体。


 泥に塗れ、ぐしゃぐしゃになった花びら。


 理不尽だ。こんなの――


「――あんまりだっ!」


 身体が動く。地面を強く蹴った痛みに、思考が追いつく。


 気付いたときには、群れの真ん中へと飛び込んでいた


「おらあああっ!!」


 走る勢いをそのままに、サッカーの要領でスライムを蹴り上げる。


 運動に自信はない。それでもスライムは勢いよく吹き飛んでいった。


 周囲スライムが一斉に俺を見る。その視線に、心臓が痛いほど拍動する。


 ――これは死ぬ。冷たく、でも形になっていく確信。


 身体が震える。けど――どこか清々しくもあった。


「どうせクソみたいな人生だ。……最後にかっこつけられたから、いいか……」


 こぼれる強がりも、弱々しい。


 結局、俺は無力だ。猫耳も逃げればいいのに、驚いたように俺を見ている。


 死が迫る。スライム群れが攻撃態勢に入り、飛び上がって――


 その瞬間、大地が揺れ、強烈な風が吹き荒れる。


 ドラゴンが翼を広げ、青いスライム達は紙切れのように吹き飛ばしたのだ。


 空へと舞い上がり、バランスを崩して片膝をつく俺を去り際に一瞥する。


 言葉はない。けれど『期待している』と言ってくれた気がした。


「……大丈夫か?」

「きゅ!」


 足元にいた猫耳の元気な返事。つぶらな瞳がキラキラと俺を見ている。


 こいつ、俺を風除けにしやがったな? 別にいいけどさ……。


「お前……ひとりぼっちなのか?」

「……きゅー」


 猫耳に見える突起が、へにゃりと倒れた。


 なんだか捨て猫を拾った気分。


「……じゃあさ、俺と友達にならない?」


 猫耳は、首を傾げるように身体を傾けた。


「俺も友達いなくてさ。だから、一緒に遊んで欲しいんだ。……ずっと憧れだったから。ダンジョンに入るのも、友達と1日中遊ぶのも」


 強さを求めるなら、迷わずドラゴンの所へ行くべきだった。


 でも、後悔はない。


「きっと俺たちは気が合うと思う。だから、ふたりで……ひとりぼっちを卒業しよう」


 猫耳の目が、一瞬だけ潤んで見えた。


 ぴょんと跳ねて、近くにあった花を咥え、俺へと差し出す。


 それを受け取った瞬間。頭の中にファンファーレが鳴り響いた。



【人類で初めて、首輪を使わずに契約を成功させました。特典のスキルを獲得します】



 頭に響く声は、覚醒者にのみ聞こえるという。ダンジョンの声システムか……?


 視界がぼやけ、頭も回らない。夢から覚めていく。


 猫耳がどこにいるか、もう分からない。



『力なき者よ。貴方の中の渇望に、期待しています』



 誰かの声が聞こえる。



【偉大なる???の期待により、〝スキルブック〟が解禁されました】



 意識が閉じていく。その終わりに、確かに聞こえた。



『最期の日まで、惨めに足掻く姿を我々に見せてください。……ナッチャッテ!』





【???があなたをお気に入り登録しました。もう逃げられません】




――

あとがき



第1話読んでくださりありがとうございます!


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皆さんの応援で頑張れます。また次回もお会いしたいので、ぜひフォローしてください!



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