進めなまけもの
底無しビューティー
第1話 取るに足りない物語。
ある小さな人生の話だ。
私という、取るに足りない、唯一無二の、生きて来た今日までと、これからの小さな人生の話。
現在40年目。
これはノンフィクションと言う事ができるが、フィクションもある。なぜなら、記憶とは曖昧なもので、私が記憶している過去は、必ずしも真実とは言えない。ただ、私の中にだけ存在する記憶の断片を集めたものだ。
例えば、15歳の春の日、という私の人生で最も輝かしく美しかった記憶は、当時他の人から見た私の15歳の春の日とは全く違うだろうと推測できる。
憧れの制服を着て、夢に見ていた高校に、新入生として立つ自分。この日を誰よりも強く強く哀しい程切実に望んで生きて来た15歳は他にいないと、今でも私は信じている。
今もまだ生きていられるのは、あの僅か3年の月日があの日々の私自身が、記憶の中で輝き続けているからだ。
過去ばかりが輝かしく見える事を、可哀相だと思う人もいるかもしれない。過去より明日を見ろと。だけど、今を生きていられるのは、あの日々がまだ、輝き続けているからだ。
3年後大学に行けなくとも、家庭がどれだけ崩壊していようと、中学生までの地獄のような日々も、この3年間だけは全て、自分とは関係の無いものとして、夢に真っ直ぐに進もうとする自分でいようと、決断した。
そして掲げた夢は東京芸大現役合格と、高校在学中に漫画家デビュー。
この2つのワードだけで私を高校時代からよく知る人は、私が誰か特定出来るほど、あの日々の私は全力で夢に向かった。まぁ、どちらも儚く散ってしまったわけだけど。情熱や、努力だけでは足りないと思い知るには、とても良い夢を建てたものだと思う。
天才的な美術の才能があれば可能。どちらも前例が無いわけでも無い。当時中学生デビューする漫画家が出始めたくらいだから、高校在学デビューはその才能があれば不可能な夢では無かった。東京芸大現役合格も、毎年数人はいたのだから、40人の枠に2000人近い受験者がいようと、可能性はゼロでは無かった。そう、天才的な美術の才能があれば。
私にそのどちらの才能も無いことは、自身が1番良く分かっていた。でも、気付いていないフリを通すと決めた。そうやって歩み始めた15歳の春の日。
賢く、現実的に建設的な計画を立てられる人なら、自分の能力を鑑みた上で、その夢が夢で終わることくらい良く分かっていただろうから、その視点から見たら、私はただの無謀な夢を見ている子どもでしか無かっただろう。夢は叶うと純粋に信じる、幼く愚かで無計画現実に目を瞑る、バカな子供。
それが、他の人から見た15歳の春の日の私だ。
どちらがフィクションでどちらがノンフィクションなのかなど、誰が決められるだろう?
どこでも良いから行ける大学を受けて大学に行った方が良いと、東京芸大である必要は無いと、3年間担任の先生は言い続けてくれた。ありがたいことだ。私が、絵を描き続けたい事を、学び続けたい事を、きっと解ってくれていたからこその提案だった。
でも、私は自分が家庭の状況から、大学には行けないと知っていた。どんなに安い所でも、最低限必要な額が、どこからも発生しない事くらい、分からないほどバカにはなれなかった。
一次試験に当然ながら落ちた時、無責任な大人ほど上手く慰めてくれた。大学なんて行かなくても良いアーティストは世界に沢山いるよ。と。
担任の先生は3次募集してる大学があると、教えてくれた。どちらが本当に私の事を考えてくれていたのか、後になって痛いほど解った。生活に追われて絵を描く事も出来なくなる日々が待っているのだから。
受験が終わって、全てが一変する。
夢の3年間は終わった。
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