第十四話 異世界の洗礼

 男達の叫び声が響く。

 権藤の逃げ込んだ狭い路地。

 家と家の間に生まれた細い道。


 背中を見せた獲物を追い込んだと思った先に待っていたのは、樽だった。

 本来ならばその先に広がる空き地は、樽の壁で塞がれていたのだった。


「なんだこりゃあ!」

「奴はどこへ行きやがった!」

「おい、どうなってんだ!?」


 口々に喚く声がしたその時、悲鳴が上がる。

 先に路地に飛び込んだと思った権藤が、列の最後尾に現れ、その背中を切り裂いたのである。


 追っていたはずが追われていた。前にいたはずの敵が後ろにいた。

 狩るはずが、狩られる側へと回っていた。

 突如として浴びせられた一撃、想像だにしていなかった事態に慌てふためく。


 これぞ、かつて宮本武蔵が吉岡一門との決闘の折に用いた兵法。

 多対一の状況を、一対一の連続へと変化させたのである!


 しかし、権藤は焦っていた。


 軍団に対して己一人で挑む。

 そんな状況で、相手の戦力を順調に減らしているというのに、なぜ焦る必要などあるのか?


 このまま押しに押して一気呵成に壊滅させてしまえばよろしい。

 傍から見ればそう思うであろう。

 

 それが、現代日本のヤクザや半グレが相手であるならば、権藤もそうしていたに違いない。


 しかし、ここは日本ではなく異世界。

 それも、ただの異世界ではない。


 スキルなどというみょうちくりんな、理不尽で摩訶不思議な力が当たり前に存在する世界だ。

 ならば、いてもおかしくはない。

 この盗賊の先遣隊にも、強力なスキルを保持しているものが。


 最初の奇襲で、そういったスキル持ちの者を始末できていたならばよろしい。


 しかし、それを確認するすべはない。

 全滅、あるいは撤退をさせた時に初めてそれは判明するのだから、この戦っている最中は、どこまでいっても疑わなければならない。


 この未知の可能性、見えない恐怖は、確実に権藤の精神と体力を、真綿で首を絞めるように削っていっていたのであった。


「....クソッタレ、奴らだけなら何とかなるもんだが、やはり厄介極まりないぜ。スキルってのはよ。勝ってるのに負けている。こんな気分は練魂塾の死星天大祭しせいてんたいさい以来か....」


 そうボヤく権藤の顔は、嗤っていた。

 死地。

 まさに、死神が親友のように肩をたたくその地で。

 左頬にこめかみまで刻まれた傷のせいで笑っているように見えるのか?

 否、その反対の無傷の頬の筋肉も、ニヤリと吊り上がっている。


 まるで、この死地を楽しむように。

 水を得た魚、死が舞い踊り、鮮血が飛び散り、命が紙屑ほどの価値しか持たないこの死地を、待ち望んでいたかのように。


 しかし、この盗賊団も一筋縄で行く男達ではない。

 これで総崩れになるようであれば、とうの昔にドルドイのような質実剛健たる兵士団によって鎮圧されていただろう。


 そうはいかないだけの理由が、こいつらにはあったのである。


 奇襲、先制攻撃、隘路、罠。

 使い尽くした。

 この村で使える限りの戦術。

 明日には賊が襲い来るという絶望的なタイムリミットの中で、できうる限りの準備。

 その全てを使い尽くした。


 ここまでは筋書き通り。

 権藤の戦闘コンピューターが弾き出した計算と、寸分たがわぬ展開。


 そろそろ来る、もう来る、来るならばここ。

 油断したと、不覚を取ったと、現実が自尊心を凌駕し、その先に待つ不利益と恐怖を想像し始めた分水嶺。


 奴らが仕掛けるならばここ。


 食い詰め者、兵士崩れ、腕に覚えのある荒くれ者たち。


 それを蹴散らし、その後方に控える奴ら。

 足運びは素人のそれではない。


 ドルドイの部隊が民兵と訓練された兵士で分かれていたように、やはりいた。

 訓練を受けた兵士たち。


 しかし、ドルドイの率いていた歩兵たちとは些か雰囲気の違う男達。


 盗賊だからか?矜持や信念などないからか?

 わからない。

 わからないが、なにかを確信したような雰囲気。

 ここまで、たった一人を相手に夥しいほどの犠牲を出しているというのに、それを気にしない粘ついた笑み。


「おい!どうしたぁ!!なんたら盗賊団てのは玉無し野郎どもかぁ!?」


 挑発。

 誘き寄せる。

 粘ついた笑みを浮かべる手練れたちを。


 恐らくはこれまでの奴らは食うに困って盗賊に身をやつしたような素人。


 どれだけ倒したところで、物の数ではない。

 本命はその先。


 今まさに、余裕の笑みを浮かべているガスツ率いる本隊。


 その顔に青筋を浮かべ、乾いた鼻血を垂らしながら憤怒の表情で権藤を見つめるガスツ。


 その口が何事かを呟いた。

 悪態か、呪詛の言葉か、怨嗟の声か?

 しかし、そのどれでもなかった。


 ガスツを引きずり出そうと更なる挑発をしようとしたそのとき、ぐらりと足元が揺れる。


「なにぃ!!これは!一体ぃぃぃ?」


 警戒はしていた。

 自身の予想を超えたことが起きると。

 油断などしていなかった。

 気は張り巡らしていたはずだった。


 それだというのに、一体何が起きたのか!


 異世界、スキル、であるならば、存在する。


 あれが!


 そう、魔法である!!


 なんと、権藤の足元を絶大なる信頼で支えていた堅牢なる大地が、今まさに、コールタールのような漆黒の泥濘へと変化したのである!


 あり得ぬ現象、あり得ぬ裏切り!

 これでは一歩たりとも動くことができない!


「ふふっ、『アースバインド』。これでもう、チョロチョロと動けまい」


 あのニヤけた笑みの正体。

 あの粘ついた笑みの正体。

 それは、権藤の足元を拘束する超重量の泥濘!


 間髪入れず引き絞られる弓の格好の的となった権藤資隆。


 果たして、この身動きを封じられた絶体絶命の状況で、どうするのか!?

 何ができるのか?

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