第九話 死地への使者

 ドルドイ率いる徴税官護衛隊を打ち倒し、数日が過ぎた。


 徴税官エンゲスが去り際に吐き捨てた「ただではおかぬぞ!」の言葉に不安を覚える村人も少なくなかったものの、まるで首根っこを掴むように帯同するドルドイの一睨みと、権藤の「いつでもぶちのめしてやる!」の宣言に、いくばくかの安堵を覚えていた。


 家を壊され、食料を奪われ、ことごとくを失ったものの、希望は、未来は残った。


 明日は残った。


 荒らされ、痛々しい傷跡の残る畑を耕し、再び命の芽吹きを祈る。


 ともすると、略奪の惨状が嘘のようにすら思える牧歌的な光景。


 それを遠くから眺めながら、権藤と村長が立っていた。


「じいさん、ワリィな。大変な時なのに俺の飯まで世話になって」


「何を言われますか。ゴンドウ殿がいなければ、この村の者たち全員が明日をも知れぬ身になっていたところ。いくら感謝をしても足りますまい」


「気にすんなって、俺はあいつらが気に入らねえから喧嘩を売っただけさ。憂さが晴れたぜ」


 じっとしてたらなまっちまうからなぁ。などとうそぶき、よっこいせっと大きく伸びをする。


 更にはふぁ〜、と呑気な欠伸をかまし、この明日へと命を紡ぐ光景に、少しだけ、熱いものが込み上げてきたのを誤魔かす。


「ほほっ、そうですなぁ。宿代も飯代も、力仕事を手伝ってもらっとりますからなぁ」


 そんな権藤の気持ちを知ってか知らずか、ふぉっふぉっふぉっ、っとこの晴れた天気のように穏やかに笑った。


 権藤と村長が村へと続く小道を歩いていると、走ってくる人の影が見えた。


「村長ー!! ゴンドー!!」


 張り上げる声とともに、小道の先から近づくにつれて、徐々にそのシルエットがはっきりとしていく。


 随分と若い声、声変わり前の、女とも男とも言えそうな声。


 少年。


 あの、小さなナイフ一本でエンゲスに立ち向かったあの少年。


「あぁ? ティルクじゃねぇか? どうしたんだぁそんなに慌てて? 寝小便でもしたのがバレたか?」


「ち、ちげぇよ! もう寝小便なんてしねぇよ!」


「ははは! わりぃわりぃ、で? どうしたんだ?」


「ナントの村の奴が来て、ゴンドウに合わせろって! 切羽詰まってる感じで! とにかく来てくれよ!」


「ナントの村」? 隣村とかそういうやつだろうか。

 殴り込み…というわけでもなさそうな雰囲気。

 切羽詰まっている様子とは果たして一体何があったのか。


 皆目見当もつかずに首を捻りながら考えている権藤の横で、村長だけが、その皺だらけの眉間に更に深い溝を刻んでいた。


 ◇◇◇


 ざわざわと、張り詰めた空気。

 不安と、憐れみと、そして他人事。

 村長の自宅を取り巻く村人の折り重なる感情の渦。


 日に焼け、ソバカスが散っているが、見てみると整った顔立ちをした若い男だった。


 権藤がふと思い返すと、この世界に来てから出会ってきた奴らは皆一様に、西洋風の整った顔立ちをしていた。


 ドルドイなどは、往年のハリウッドスターを彷彿とさせるような、生命の美しさすら感じる彫りの深い獅子の如き顔。


 あの小物で嫌味なエンゲスですら、ムカつくことに爬虫類系の色男といってもいいような顔であったのだ。


 その中にあって、東洋人は自分だけ。

 その事実がますます、異なる世界に来たのだと実感させる。

 日本ではワイルド系だと定評がありそれなりにモテていたが、ちょっとこれは分が悪いかもしれない。


 粗末なテーブルを挟んで向かい合った若者をしげしげと見つめる。


「あ、あの....もしや何か気に障るような事でも?」


 村長宅に到着して、出会うやいなや「村を救って欲しい」と縋り付いてきた若者は、自身の振る舞いを思い返して、もしかしたら頼る相手を不快にさせてしまったのではないかと思ったらしい。


「あぁ、いや。単に男前なツラをしてると思っただけさ。で? 詳しく話を聞かせてくれや」


 その一言に、期待と不安と恐れが入り交じり、固くなっていた若者の顔面の筋肉が、いくぶんか安堵した。


 聞けば、この村を襲った盗賊団はまるで流しの演歌歌手のように、近隣の村々を襲い回っていて、次は自分たちの番なのだと。


 エンゲスが盗賊団について随伴の兵士に聞いた折に、「数年前から近隣を縄張りのようにしている。普段は生かさず殺さずである」

 しかし、この村の惨状を見ると傍若無人、極悪非道の限りを尽くしている。


 この村だけでなく、襲われた村はどこもこのような有様なのだとか。

 そうして、絶望に沈んでいた時に、徴税官護衛部隊を叩きのめした腕利きの用心棒がいると聞き、一縷の望みを懸けてはるばるやってきたそうだ。


「....なるほどな。で、何日かかるんだ?」


「え?」


「そのナントの村まで、何日かかるんだ?」


「ひ、引き受けていただけるのですか!?」


「だからここまで来たんだろ? これで見捨てたら、夢見が悪くていけねぇや」


 報酬だの、リスクとリターンだの、そういったものを求められることは当然と思っていた若者に、困惑と、感謝と、不安とがないまぜになって顔に出る。

 しかし、これで村は、家族は救われるかもしれない。守れるかもしれない。

 暴虐の嵐が通り過ぎた惨状。

 その末路を、辿らなくて済むかもしれない。

 それで、十分すぎるほど十分だった。


「やはり行かれますか....」


「ワリィな、じいさん。しばらく空けるぜ?」


「....あなたなら、そう言われると思いました。何卒、無事に帰って来てくだされ」


「まぁ、死んだら線香の一本でも立ててくれや」


「縁起でもない事をお言いなさらないでくだされ」


「ははっ、戦いなんていつ死ぬかわからねぇんだ。そんときゃそんときさ」


 そう笑う権藤を、ナントの村の若者は困惑の顔で見つめ、村長は不安と呆れと、やっぱりな、というような、やれやれといった顔でみつめていた。


 権藤の彫りの深い顔に鎮座する、力の抜けた、遠くをみるような目。


 澄んだ、清々しい青空のような目。


 死と生と、覚悟と達観が同居する目。


 次なる死地を、見つめていた。

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