第41話 一心
「がはっ……!」
剣崎リンは、その細い身体を、まるで玩具のように、後方へと吹き飛ばされた。受け身を取ることもできず、床を数度バウンドし、動かなくなる。
彼女の腹部を覆っていた純白の戦闘服は、パイルバンカーの一撃によって、無残に砕け散っていた。その下にある強化ボディスーツに、蜘蛛の巣のような亀裂が走っている。亀裂の隙間から、金平糖のような小さな結晶が、ぽつり、ぽつりと、あまりにもゆっくりと、生まれ始めていた。
「ぐ……」
リンの再生は、特に遅い。
それ故、彼女は“傷つかない”ことを誇りとした。
しかし、リンは、自らのキャリアで初めて、避けきれない、防ぎきれない一撃をその身に受けたのだ。
「お姉様……」
その光景を剣崎リナは、信じられないものを見たかのように、ただ呆然と見つめていた。
姉が負けた。完璧なはずの姉が。
そのありえない事実が、彼女の高速で回転していた思考を完全に停止させる。
完璧だったはずの双子の時間が、凍り付いた。
敵のリーダー機は、その絶好の好機を見逃さない。
吹き飛ばしたリンへと、ゆっくりと、確実に、その狙いを定める。ギ
チギチ、と音を立てて、その片腕が変形を開始した。現れたのは、複数のエネルギーコイルが螺旋状に配置された、禍々しい形状の高出力プラズマキャノン。
その銃口の奥で、凝縮されたプラズマが、絶望的なオレンジ色の光を放ち始める。
とどめの一撃。
チャージ音だけが響く静寂の中、部屋全体がその光にじりじりと焼かれていった。
その光景を、小鳥遊ツムギは息をすることも忘れて見つめていた。
彼女の脳裏で、これまでの全てが猛烈な速度でフラッシュバックする。
――『カナデ先輩って、優しいけど、ちょっと危なっかしいところがあるから』
天使の顔で毒を囁いた剣崎リナの顔。
――『感傷に浸って任務を失敗に導く。相変わらずだな、マカロン』
自分たちとは次元が違うリン。
――そして、今、目の前で砕け散ろうとしている、その完璧。
(カナデさんの戦い方も、リンさんたちの戦い方も、どっちが正しいかなんて、今の私には、もう分からない……!)
(でも、一つだけ、分かってる!このままじゃ、みんな、死んじゃう!)
(――目の前にいる仲間が死ぬのを、見たくない!)
その、単純で、純粋な一心で。
ツムギは、葛藤と、心の奥底にこびりついていた恐怖を完全に振り払った。
彼女は、床を蹴った。
絶望に凍り付くリンとリナの前へと、文字通り、弾丸のように飛び出していく。
その瞳には、もう怯えの色はなかった。
ツムギは、絶望に凍り付く剣崎リンとリナ、その二人の前に自らの小さな背中を晒すようにして、立ちはだかった。
自分たちを足手まといと、そう見下していた、二人を庇うように。
リーダー機のプラズマキャノンが、チャージを完了し、オレンジ色の光を最大まで増幅させる。まさにその全てを焼き尽くす一撃が、発射されようとする、その瞬間。
ツムギは、両腕を前へと突き出し、腹の底から絶叫した。
「―――誰も、死なせない!」
その、魂の叫びに呼応し、両腕の『クラムル・ガード』が、激しく、暖かな琥珀色の光を放つ。
光は、瞬時に彼女の前方へと広がり、巨大な盾を形成した。それは、この通路の壁と床を覆うほどだった。
リーダー機の渾身の一撃が、その琥珀色の防波堤に炸裂する。
ゴウッ、という、鼓膜が破れそうなほどの轟音。
凄まじい衝撃と熱が、シールド全体を揺るがし、バキバキバキッ、と、まるで巨大な硝子が砕け散るかのような、悲鳴にも似た破壊音を立てる。
世界が、白く染まった。
やがて、衝撃波が過ぎ去り、爆煙がゆっくりと晴れていく。
そこに立っていたのは、ツムギだった。
彼女は、自らのライフクロックが、壊れた蛇口のように猛烈な勢いで命の時間を垂れ流していくのを感じながらも、倒れずに、確かに踏みとどまっていた。
その、小さな背中の後ろで。
リンとリナは、信じられないものを見たかのように、ただ呆然とその光景を見つめていた。
自分たちの完璧な剣を阻んだ、あの圧倒的な一撃を止めたもの。
それは、自分たちが欠陥品と、足手まといと、そう見下していた、か弱いはずの盾だった。
二人は見た。
ボロボロになりながらも、自分たちを庇って立つ、ツムギの震える背中を。
そして、その向こうで。
自らも傷つきながら、それでも、仲間を守るために、再び立ち上がろうとする、響カナデの、決して折れない瞳の光を。
それは、被弾せず、傷つかず、ただ効率的に、完璧に任務を遂行することだけを強さと信じてきた、彼女たちの哲学とはかけ離れた光景だった。
リンとリナは、初めて、自分たちの信じる完璧さとは全く違う、強さの本質を見た。
ツムギの琥珀色の盾が砕け散り、後に残されたのは、ほんの数秒の静寂。
その一瞬の好機。
その沈黙をシズクの雷鳴のような鋭い声が通信機越しに打ち破った。
彼女は、この数秒の間に、ツムギの行動によって生まれた、唯一の勝機を、驚異的な速度で再分析し結論を導き出していたのだ。
『聞け!奴のプラズマキャノンの再チャージには、20秒を要する!だが、胸部の電磁シールドは健在だ!狙いは、左肩にあるシールド発生装置!そこを破壊すれば、奴は丸裸になる!』
その理路整然とした、熱を帯びた言葉が、凍り付いていた仲間たちの心を、再び戦場へと引き戻す。
『ゼリー、リナ、両翼から陽動!ビスケット、二人の防御を!マカロン、脚部を破壊し、動きを止めろ! そして――』
シズクの視線が、床に落ちていた自らの大太刀『天狼』を拾い、ゆっくりと、しかし、確かな足取りで体勢を立て直す、リンの姿を捉える。
その瞳には、もはや、驚愕の色はない。あるのは、自らの完璧を砕かれたことに対する、静かな怒りと、それを晴らすための、鋼の覚悟だけだった。
『――最後の本命は、リンだ!』
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