第7話 魔王の息子、村人&教皇と仕事する 2

「はなせぇぇぇ!! 俺は絶対働かないぞ!!」


「そういうこと言う人ほど働いてくれるものなんです。なぜかって? 私は口では“働きたい”と言いながら、サボった回数の方が多いからです。だからきっと、あなたは働きたくなるはず」


……このパウロとかいうおっさん、わけがわからん。無駄に俺をイラつかせてくる。


「俺も手伝うから頑張ろうな」


「……ドレイクもやるなら、まぁいいけど」


「おお、髪の色がまた変わりましたね。何色になったか、私が教えて差し上げましょうか?」


「ドレイク!! このおっさんを黙らせる方法、教えろ!!」


結局俺たちは、この街で一番大きい噴水の周りでゴミ拾いをすることになった。


しかし……人間の文化はよくわからんな。

悪魔の世界だったら、近くに溶岩があるからゴミはそこに投げ込めばいい。だからポイ捨てなんて発想自体がなかった。


だが人間世界には、そんな便利な処理法がないらしい。どうりでゴミが溢れるわけだ。


「それにしても、ゴミ多くないか?」


「魔王が倒されてから経済が発展して、その分ゴミも増えたんだよ」


……ドレイクの分かりやすい説明には感謝だ。

やっぱり人間は放っておくとろくなことにならない。

「はい、袋と手袋を渡しますから。できるだけ多くのゴミを集めてください。……ゴミの量によって報酬が決まりますからね」


真っ黒な布製の袋と、真っ白な手袋。……色ぐらい統一しろよ。


ドレイクが真面目にやるので、仕方なく俺も真面目に拾い始めた。

本当なら、あいつの家でくつろぎたいところだが……。


二十分ほどゴミを集める。

意外と悪くない。街の人たちも褒めてくれるし、さっきのおばさんなんかパンまでくれた。

しかも金ももらえる。……これ、俺に向いてるかもしれないな。


その時だった。


「ふざけんなコラ!!」

「てめぇこそ何様や!! おらぁ!」


後ろから怒鳴り声が聞こえる。大人二人が派手に言い争っていた。

……関わらないのが一番だな。俺はそっと距離を置く。


だが――ドレイクが迷わず向かっていった。


「お二人とも、冷静になってください! こんな人通りの多い場所で争えば、周りにも迷惑です。まずは深呼吸を――」


「うるせぇんだよ、クソが!」


片方の男がドレイクを軽く押した。


……おい。

お前、俺の命の恩人に何してんだよ。


「やはり人間は醜いな」俺は睨みつける。


「なんだ、このチビ」


チンピラの拳が俺に振り下ろされようとする。


(どうする……?

指の一本ぐらい折っとくべきか? それとも――)


「おやおや、皆さん。ここで何をなさってるんですか?」


……パウロのおっさん。こいつが来たところで、何の意味もないだろ。


だが次の瞬間、言い争っていた男の一人が顔色を変えた。

「パ、パウロ様!? す、すいません! お見苦しいところを……」


もう一人も慌てて頭を下げる。


パウロは苦笑いしながら、手を振った。

「やめてください。謝る相手が違いますよ。……もしもまだ心に引っかかりがあるなら、私の側近であるステラのところへ行きなさい。きっと力になってくれるはずです」


二人はビシッと姿勢を正し、90度のお辞儀をした後、その場を立ち去っていった。


……なんだこれ。

さっきまで取っ組み合ってたのに、まるで子供みたいに言うことを聞いてやがる。


パウロはニコニコしながら俺たちを振り返る。

「さて。ここのゴミはほとんど片づきましたし、次の場所に行きましょうか」


今度は俺を引っ張ることもなく、のんびりと歩いていく。


……くそ、認めたくねぇけど、このおっさん……意外とやる。


俺たちは徐々に陽の光が届かない場所へと移動していった。


「太陽がないと落ち着かないな」

 俺の言葉に、ドレイクが首をかしげる。


「何でだよ。魔族って、暗いところに住んでるイメージだが?」


しょうがない、また魔族について教えてやるか。


「魔族はな、太陽の光を浴びて眠るのが大好きなんだ。だから“太陽の当たる土地が欲しくて戦争を起こした説”まである」


「迷惑すぎるだろ!!それが、本当ならもうちょっと分け合う心を持てよ!」


「魔族に義務教育なんかあるわけないだろ。理性的に振る舞えるかっての」


俺とドレイクが言い合っていると、またパウロのおっさんが口を挟んできた。


「面白い話ですねぇ。逆に私は太陽の当たらない所が好きですよ。……そちらの方がキャバクラが営業してる率が高いんです」


「お前、キャバクラ行ってんのかよ!!」


パウロは慌てて口を押さえた。

「す、すいません。今のはオフレコで。ステラに知られたら、また怒られてしまいますからね」


……このおっさん、信用できるのかできないのか、マジでわからん。

ドレイクは特に顔色も変えず、どうやら“いつものこと”らしい。


それにしても、どこまで歩くんだ。

かなり暗い場所にまで来てしまったが――。


「こういう日の当たらない所の方が、ゴミは拾われずに残り続けるんです」


パウロはそう言いながら、また黙々とゴミを拾い始めた。


俺も金が欲しいし、ゴミ拾いが案外楽しくなってきたので、積極的に動き始めた。

パウロが言った通り、太陽の当たらない場所ほどゴミは残っている。


生ゴミの多くは腐り、無機物のゴミもカビや黒い汚れに覆われている。

……魔族が太陽を欲したのは、日光浴が好きだからだけじゃなく、もっと別の理由があったのかもしれない。


「ギール!! もうそんなにゴミ集めたのか。すごいな」


ドレイクが笑って俺を褒めてくる。


「まあな。ドレイク、お前は俺の部下なんだから、部下の名に恥じない働きをしろよ」


「はいはい、魔王さま」


……こいつと、こんなやり取りをしながら暮らせたら、どれだけ楽しいだろうか。

――俺は、あいつの家にいつまで居候していい?


そんな先のことを考えたその時だった。


「……たすけて」


小さな声が聞こえた。

ドレイクでも、パウロでもない。


俺は声の方へ急いで歩く。


「ギール、待て! 俺も行く!」

ドレイクが後ろから追いかけてくる。


辿り着いた先――そこには。


ボロボロの服を着た、数えきれないほどの子供たちが座り込んでいた。

痩せ細り、骨が浮き出て、喉が枯れて声すら出せない子も多い。


パウロが歩いてやってきた。

「彼らは、親に捨てられ……ここで物乞いをしながら、なんとか生き延びている子供たちです」


「知ってたなら助けろよ!」


「そうですね。昔から知っていました。ですが――無理でした」

パウロは淡々と続ける。

「一人や二人を助けることは可能でしょう。ですが、ここにいる全員を救うには人手も金も足りない。……教皇たるもの、積むべきは一時の善行ではなく、長く続く“善意の基盤”なのです」


言ってることは筋が通っている。……だが、納得なんてできない。


「だからって、こいつらを見捨てるなんてできないだろ! お前、目を凝らして見ろよ!」


「……何をです?」


「こいつら、教会にいた子供たちと同じ手の形で祈ってるぞ! でも報われてない!

神が祈る者を平等に愛してるなんて、俺は一度も見たことがない。……だから嫌いなんだ、祈りが。結局ただの無意味な行為だ!」


ギールの叫びに、ドレイクは何も言わず、ただじっとパウロを見ていた。


パウロは静かに息を吐く。

「……ギールさん。あなたの言うことの一部は正解です。

もし本当に神がいるなら、とっくに不幸なんて消えているはず。何なら私に百億くらい寄越しているでしょう」


「軽口叩いてる場合か!」


「ですが――祈りは違います」


そう言うとパウロは子供たちに歩み寄り、手を掲げた。

「――《ディメンション・ブレス》」


眩い光とともに魔法陣が浮かび上がる。

パウロがその中へ手を突っ込むと、そこから現れたのは――大量のパンがぎっしり詰まったカゴだった。


「私はこれまで、過去の話ばかりしていましたね。……なので、今の話をしましょう」

パウロがゆっくりと語り始める。


「今日、あなたたちをここに連れてきたのは――助ける準備が整ったからです。

キャバクラに通って人脈を作り、あるビジネスを軌道に乗せ……そして最後に、活きのいい若者が現れてくれた。ついでに、パンがやっと全員分できました。」


そう言いながら、パウロは俺とドレイクにパンのカゴを渡す。

「さぁ、子供たちに配ってあげなさい」


俺はほかほかのパンを子供たちに配っていく。

「ありがとう!!お兄ちゃん!」

「よかった!!死ぬかと思った、でも神様が助けてくれた」

「白髪の人、ありがとう。パンを作ってくれて」


「俺が作ったわけじゃないんだ」

正直、いまはすごい気まずい。俺は結局、この子たちを助けれる手なんか何もなかった。


……パウロがヘラヘラしながらやってた行動、全部意味があったのかもしれない。

なにより――今まで誰も救えなかった子供たちを、平等に助けてみせたのは、この男の実力だ。


パウロは続ける。

「そうそう、ギールさん。あなたは“祈りは無意味な行為”だと言いましたね。……しかし、そんなことはありません。

この子たちが今日まで必死に生きてこれたのは、祈ったからですよ」


「だからって祈ったから腹が満たされたわけじゃないだろ」


「その通りです。ですが――意思は強まったのです」


……意味がわからん。

だが横を見ると、ドレイクは納得したように頷いていた。


パウロはさらに言葉を重ねる。

「祈って願いが叶うと思っている人間は、誰一人いません。

では、なぜ祈るのか?――それは“自分の意思を強める”ためです。


毎日、百日間続けて祈れば……そっとのことでは折れない強い意思を手に入れられる。

だから願いが叶うのです。


彼らは“生きたい”と懸命に祈りました。

だから今日も、こうして生きている」


……不思議だ。

パウロの言葉は、どこか胡散臭いはずなのに、なぜか胸に落ちてくる。

ただのだめなおっさんだったのに――今のこいつは紛れもない教皇だ。


神を完全には信じていない。

それでも人のことはどこまでも信じ抜いている。

それこそが、人々を宗教で導く存在なのだろう。


パウロは最後に、にやりと笑った。

「そうそう。私は神はいないと思っています。

ですが、“いる”と信じることには価値があるんですよ。

だって――神様がいて、自分の祈りを聞いてくれていると思っただけで、不思議と嬉しくなるでしょう?」


俺たちは子供たちを連れて、教会へ戻った。


「パウロ様!」

「帰ってきたぞ!」


迎えの声が溢れる。

厨房からは、あたたかい匂いが漂ってきた。――大量のスープ。

どうやらパウロは、事前に作らせておいたらしい。


……やっぱり、こいつは人を助けることしか考えていないんだな。

それに比べて、今の自分が少し恥ずかしくなった。


パウロが俺を見て、にやりと笑った。

「そんな悲しそうな色にしないでください。私は、あなたのことも助けたいんですよ。

そうそう、ギールさん。実は今、人手不足で困っていましてね。こんなにたくさんの子供たちのお世話をしてくれる都合のいい人がいればいいんですけど」


「……こいつ、俺まで救おうとしてるのか」


気づけば口から言葉が漏れていた。

「パウロさん。もしよければ――俺を雇わないか?」


パウロは笑顔でうなずいた。

「ぜひ、雇わせてください」


俺とドレイクは、子供たちにスープを配りながら一緒に席に座る。


「なぁ? いいのか、俺が座って?」

……ドレイクがまた“めんどくさいモード”に入った。


パウロは苦笑して、あえて無視した。どうやらこいつも、ずいぶん付き合わされてるらしい。


やがて、スープが行き渡り、パウロが声を張った。

「では皆さん、自分の信じる神様に祈って、いただきましょう」


正直、俺はまだ“祈り”の意味を理解できていない。

だが――少しだけ、試してみてもいいかもしれない。


俺は目を閉じ、手を組む。


「パウロさん。……自分が信じる神様だったら、何でもいいんだろ?」


「ええ。構いませんよ。それが人であれ、化け物であれ、聖書の神であれ」


……なら、俺の祈る相手は決まっている。
































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