第26話 肆言姫の誇り、魔族との激闘

 夜宵と透真が2人のひとときを過ごしていた頃、四季と一葉、光凜は草原を駆け抜けていた。

 【聡明叡智】の情報が正しければ、エニロたちの出現まで時間はある。

 だが、現地に到着してすぐに戦うのではなく、休息もするとなると、あまり余裕はない。

 話し合った彼女たちは、単純な速度で最も劣る四季に合わせて、出来る限り急いでいた。

 草原、森林、岩山と踏破して、約2時間を掛けて到着。

 その間、1度たりとも立ち止まることはなく、彼女たちの脚力と基礎体力の高さを物語っている。

 予定時刻までは、ほぼ1時間ちょうど。

 快晴の空の下、美紗たち『参言衆』が死闘を繰り広げた跡が残る荒野を見渡し、四季は神妙な面持ちを浮かべている。

 ただし、思い詰めているのではなく、冷静に状況を受け止めているように見えた。

 そのことは一葉と光凜もわかっており、敢えて口を挟むことはしない。

 しばしの間、沈黙が辺りに満ちていたが、率先して口を開いたのは四季だった。


「誰が誰を担当する?」

「うーん、別に誰でも良いけどね。 資料を見た限り、強さに差はないんでしょ?」

「もう少し頭を使いなさい、猪娘。 あぁ、使える頭なんてなかったわね、ごめんなさい」

「ちょっと!? 喧嘩売ってんの!?」

「いい加減にしろ。 わたしたちは、遊びに来たのではない。 美紗たちの例も考えれば、今この瞬間に攻撃して来る可能性もゼロではないのだぞ?」

「……そうね。 今のは、わたしが悪かったわ」

「う、素直に謝る陰険女も不気味ね……。 でも、四季ちゃんの言う通りよ。 ここから先は、お遊びなしなんだから!」


 早くもファイティングポーズを取る一葉。

 そんな彼女に四季と光凜は苦笑したが、すぐに表情を引き締めて言い放つ。


「無論だ。 しかし、神代の言ったことも、完全に間違っている訳ではない」

「あ! 四季ちゃんまで、あたしを馬鹿にするの!?」

「そうではない。 ただ、総合的な強さが同じでも、相性はあると言うことだ。 美紗たちが不利に陥った理由を、もう忘れたのか?」

「そう言うことよ、猪娘。 少しでも勝率を上げる為には、考えておくべきことでしょう?」


 四季と光凜の主張は真っ当で、正しい思考だと言える。

 ところが――


「そうかもしれないけど、やっぱりあたしは誰でも良いと思うわよ」

「猪娘、貴女いい加減に――」

「だって、相手は『十魔天』ですらないのよ? そんな奴らを実力で捻じ伏せられないで、この先やって行けるの?」

「……! それは……」

「……九条の言い分も、あながち的外れとは言えんかもしれんな」

「四季さん……」

「神代、わたしたちは『肆言姫』だ。 ヒノモトの最高戦力であり、要そのもの。 今後のことも思えば、更なる成長は必要不可欠。 安全策ばかりを取る訳には行かない」


 一葉と四季から強い眼差しを注がれた光凜は、葛藤した。

 冷静な言動が多い彼女も、実のところ仲間を思いやる気持ちは強い。

 それゆえ、可能な限り危険を排除したかったのだが、2人の言葉を聞いて心が揺さぶられている。

 本人たちは気付いていないものの、彼女たちが今のような考えに至ったのは、透真の存在が関係していた。

 彼と戦って、自身の力不足を痛感し、更なる飛躍を求めたのだ。

 迷いに迷った光凜は、肺の中の空気を全て吐き出す勢いで嘆息し、四季と一葉にジト目を向けて言い放つ。


「プライドの権化である四季さんと、単細胞な猪娘。 付き合わされる身にもなって欲しいわ」

「誰がプライドの権化だ!?」

「単細胞ですって!?」

「喧しいわね。 とにかく、今回は折れてあげる。 その代わり、何があっても勝ちなさい。 誰か1人でも欠けるようなら、この判断は間違いだったと言うことなのだから」

「ふん……当然だ。 わたしは端から、誰にも負けるつもりはない」

「あたしだって! ボコボコにしてやるわよ!」

「じゃあ、くじ引きでもしましょうか。 実力勝負をするにしても、誰が誰と戦うかは決めておかないとね」


 その後、光凜の主導でくじ引きを行い、それぞれの標的が決まった。

 特に揉めることもなく、静かに闘志を高めている。

 荒野を吹き抜ける風の音が聞こえ、砂埃が舞った。

 そうして、時計の長針が1回転しようとした、そのとき――


「温い」

「む……」


 背後から飛来した魔力の刃を、振り向いた四季が『雅美』で払う。

 攻撃したエニロとて、いきなり決まるとは思っていなかったが、あまりにも呆気なく防がれたことに、声を漏らしていた。

 一方の一葉と光凜は平然としており、この程度は驚くに値しないと思っている。

 『肆言姫』の強さの一端を見たエニロと、彼の両隣に現れたゾースとミン。

 3人の魔族は緊張感を高めながら、怖気付いてはいなかった。


「やはり、一筋縄では行かなさそうだな」

「そんなもん、わかり切ってただろ。 けどな、俺らだって簡単にはやられねぇぞ?」

「あたしも、無傷で勝とうなんて思ってないわ。 腕の1本くらいは、覚悟してるわよ」


 彼らは不利を認めつつ、戦意に満ちていた。

 エニロは冷静な面持ちの中に、決死の覚悟を滲ませて。

 ゾースは両拳を合わせつつ、獰猛な気配を撒き散らせて。

 ミンは巨大なハンマーをクルクルと操りながら、強気な笑みを湛えて。

 四季たちにとっても、3人は過去最強の魔族。

 資料を読んで知っていたつもりだが、改めてそのことを認識していた。

 もっとも――


「打ち合わせ通りに行くぞ」

「オッケー!」

「油断しないでね」


 だからどうだと言うのか。

 悠然と告げた四季の言葉に、一葉が腕をグルグル回しながら元気良く、光凜は『雷切丸』を抜き放ちながら答える。

 気負いの欠片もなく、落ち着き払っていた。

 それに反して高めた魂力は凄まじく、大気が震えるほど。

 刺すようなプレッシャーを浴びたエニロたちは、表情を硬くしたが、使命を忘れてはいない。

 1歩前に出たエニロが胸に手を当てて、芝居掛かった仕草で一礼する。


「お初にお目に掛かる。 わたしは――」

「無駄話に付き合う気はない。 早く始めるぞ」

「……そんなに、【千里眼】を殺されたのが許せないか、天羽四季?」

「生憎だったな、美紗なら無事だ。 揺さぶりたいのかもしれんが、下手な真似はやめろ」

「ちッ。 あの女、生き残ったのかよ。 大人しく死んどけよな」

「ゾースだっけ? 『参言衆』を舐めんじゃないわよ。 あんたたちに負けるほど、弱っちくないんだからね!」

「は! 命からがら逃げたくせに、大口叩くんじゃないわよ。 あたしたちに、歯が立たなかったくせに」

「圧倒的に有利な状況を作っておいて、仕留められなかった人が良く言うわね。 その結果、貴女たちはわたしたちに情報を与えたのよ」


 嘲笑を浮かべた光凜に刃を突き付けられて、ミンの口が堅く引き結ばれる。

 四季は視線と槍でエニロを貫こうとしており、一葉はゾースに向かって構えた。

 このときになって魔族たちは、自分たちが狙われている立場だと悟り、受けて立つべく互いに距離を取る。

 徐々に1対1の構図となって、空気が張り詰め――


「行くぞ、エニロ! 覚悟しろ!」

「言葉を返すぞ、天羽四季!」

「ふふん! ゾース、精々頑張りなさい! まぁ、無駄だろうけど!」

「舐めてんじゃねぇぞ! ぶっ殺してやる!」

「貴女の能力はわかっているわ。 わたしに通用すると思わないことね」

「『肆言姫』は、どいつもこいつも自信過剰なの? 後悔しなさい、神代光凜!」


 衝突する。

 こうして、人気のない荒野で戦端が開かれた。






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次回、「第27話 切り札の時」は、明日の12:30公開予定です。

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