第二十五話 《Seventeen》、伝説の開幕

そして――


「ギャアアアアアアアアアアンンンンッッッ!!!」


千本の刃が同時に火花を散らしたような轟音。

弦のうねりが大気を切り裂き、鼓膜を焼き、骨の芯まで突き抜ける。


同時に照明が炸裂した。

真紅と蒼白の閃光が交互に叩き落とされ、観客席全体を光の炎で覆い尽くす。

その閃光を切り裂いて――ついにステージ中央にひとつの影が浮かんだ。


ギターを天に掲げ、逆光の炎を背負った少年。

髪は汗と光で逆立ち、稲妻をまとった竜の翼のように広がる。

その瞬間、数万人の視線と魂が同時に爆ぜ、名前を叫ぶよりも先に涙と叫びが溢れた。


「エディーーッ!!!」

「ワンダーーッッッ!!!」

「うわあああああああああっ!!!」


暗闇を貫いて、指が閃光になった。


「ギュルギュルギュルギュルギュルギュルギュルッッッ!!!」


左右の指が機械仕掛けのハンマーみたいに暴れ、ネック全体を稲妻が滝のように駆け上がる。

火花を散らす速弾きは、光速を超えた残像を幾重にも重ね、観客の眼前に炎の翼の幻影を描いた。


「ギュワァァァァァァァァァァァンンンンッッッ!!!」

「ズギャギャギャギャギャギャァァァァァァァァァァッッッ!!!」


観客の耳は爆ぜ、胸は爆風に叩きつけられ、全身が痺れに呑まれる。

叫び声はもう言葉ではなく、魂の咆哮そのものだった。

「うおおおおおおおお!!!」「キャアアアアアアア!!!」「エディーーッ!!!」


世界最速のライトハンドが――デビュー曲『Seventeen』の扉を蹴破った。

それはただのイントロではない。

音楽史を塗り替える“開幕の閃光”そのものだった。


鉄の鎖を引きちぎるようなリフ。

唸る弦、燃え上がる低音、稲妻の刃みたいに突き刺さる高音。

轟音は巨大なエンジンが空を咆哮する瞬間で――世界の心臓そのものが回転数を上げていく。


観客は爆発した。

数万人の喉が同時に裂け、衝撃波のように天井を突き抜ける。

「うおおおおおッッッ!!!」「ギャアアアアアアッッッ!!!」

床は震え、座席は軋み、鉄骨の梁すら共鳴し、東京ドーム全体が生き物のようにうねった。


老夫婦は肩を抱き合って涙を流し、

若者はスマホを落としたまま両手を突き上げ、

子供は耳を塞ぎながらも笑顔で膝から崩れ落ちた。

泣き笑いする少女、飛び跳ねる青年、頭を抱えて絶叫する男。

数万人の“顔”が一斉にひとつの光景を見つめていた。

――伝説が生まれる瞬間を。


絶叫の渦。

跳ねる群衆、崩れ落ちる影、抱き合って吠える人々。

轟音は壁を越え、街へ溢れ、夜空そのものを震わせた。

もはやライブではなかった。

それは大地と天を繋ぐ“音の祭祀”だった。


音羽の視界は白い閃光に灼かれ、耳の奥は痛みすら甘美な痺れに変わる。

全身の血がギターのリフと同期し、心臓はバスドラムに支配されていく。


(……これが――伝説……! 私も、今その中にいる……!!)


照明が一斉に切り替わる。

闇を裂くレーザーが幾条も走り、天井から光の雨が降り注いだ。

スモークが渦を生み、炎の柱が左右で噴き上がるたび、観客の影は巨大な壁画のように揺らめき、ひとつの神話を描き出す。


ステージ中央――エディーはギターを抱えたまま微笑んでいた。

少年でありながら、王の風格。

誰も目を逸らせない。視線を外した瞬間、自分の存在すら消える気がした。


速弾きの嵐が一気に切り上げられ――

その刹那、エディーは顔を上げ、マイクへと身を寄せた。


「オオオオオオオーーーーッッッ!!!」


獣の咆哮みたいなシャウトが夜を貫いた。

ロックの神が喉を震わせたかのように、声だけで観客の胸骨が鳴動する。

それは叫びではない。開戦の宣告だった。


炎が左右で噴き上がり、レーザーが天井を裂く。

その光景の中心で、エディーはギターを掻き鳴らしながら吠えた。


「トーキョーッ!! カモォォォン!!」


割れんばかりの応答。

「うおおおおおお!!」「フゥゥゥーーーッッッ!!!」


エディーはニッと笑い、喉を撃ち上げた。


「セブンティーーーーーーーンッッッ!!!」


稲妻みたいなハイトーンが轟音を切り裂き、観客の頭上に落ちる。

それは声であり、剣であり、翼だった。


東京ドームはさらに爆ぜた。

涙、絶叫、ジャンプ、抱擁――すべてが混ざり合い、夜空を震わせる津波になる。


(……声だ……でも、音じゃない……魂そのものだ……!!)


音羽の胸は、弦と咆哮と歌に完全に支配されていた。


――そして、歌が走り出した。

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