第7話「剣聖の特訓と密かなスキンシップ」

迷宮での探索を終え、パーティは広場へと戻ってきた。迷宮の冷たい空気とは違い、広場には温かい風が吹いている。俺は剣聖スキルを使って迷宮で拾った魔石を売却し、今日の稼ぎを三等分して彼女たちに手渡す。すると、ルナがキラキラした目で俺を見上げてきた。


「ケンイチくん、ルナに剣を教えて!」


彼女はそう言って、俺の腕に抱きついてくる。その瞳には、子供が新しいおもちゃを欲しがるような、純粋な好奇心が満ちていた。


「ルナさん、あなたには獣人族としての強みがあるわ。剣術は非効率的よ」


エリーゼが冷静に諭すが、ルナは聞く耳を持たない。


「うるさい!ケンイチくんが持ってる剣、かっこいいんだもん!ルナもケンイチくんみたいに戦いたい!」


ルナの直情的な感情は、彼女の尻尾の動きにも現れていた。まるで犬のように、ぱたぱたと嬉しそうに揺れている。


「分かった。じゃあ、少しだけな」


俺がそう言うと、ルナは「やったー!」と叫び、俺を訓練場へと引っ張っていく。


訓練場では、様々な冒険者たちが汗を流していた。太陽の熱で地面が熱を帯び、汗の匂いがむっと立ち込める。俺はルナに、剣の構え方や、足の運び方を教え始める。ルナは、獣人族特有の俊敏さで、俺の動きをすぐに模倣してみせた。彼女の動きは素直で、呼吸は荒い。汗の匂いが、獣人特有の甘い匂いと混ざり合っていた。


「こうだよ、ルナ」


俺はルナの剣を持つ手に、自分の手を重ねて、正しい剣の持ち方を教えてやる。彼女の指先は震えていた。その指先から伝わる熱が、妙に心地よかった。ルナは俺の指に、ぎゅっと自分の指を絡めてきた。まるで、恋人つなぎのようだ。ルナは顔を真っ赤にして、俺を見つめている。


「すごいな、ルナ。飲み込みが早い」


俺が褒めると、ルナは得意げに胸を張り、ぴょこぴょこと尻尾を揺らした。


「えへへ、ケンイチくんが先生だからだよ!」


ルナはそう言いながら、俺に甘えるように抱きついてきた。


(…なんか、特訓というより、スキンシップの時間になってないか?)


俺は心の中で毒づきながら、ルナとの触れ合いを楽しんでいた。


「ケンイチ、少し、よろしいかしら」


ルナと俺が剣の特訓を終え、休憩していると、エリーゼが俺を呼び出した。彼女は俺を訓練場の端へと連れて行き、静かに話しかけてきた。


「ルナのように感情に任せた訓練は、非効率的よ。もっと論理的に、効率的に強くなる方法があるわ」


エリーゼはそう言って、俺の剣を握る手に自分の手を重ねてきた。彼女の指先は冷たく、その隣に立つだけで、冷気が肌にまとわりつく。俺の剣を通じて、彼女の魔力が流れ込んでくる。その魔力は、冷たく、鋭い氷の刃のようだ。俺の腕を這い上がり、心臓を締めつけるような感覚を覚えた。


「これは、魔力と剣技を融合させるための訓練よ。貴方の剣技が、より精密になったでしょう?」


彼女の言葉は、完璧に論理的で、何の隙もない。だが、その瞳は俺から逸らされず、その指先は俺の腕を強く握りしめている。


「…私、ルナのように無邪気に甘えることはできないけれど、ケンイチの役に立ちたい。貴方の力になりたい…」


エリーゼはそう言って、俺の剣に魔力を流し続けた。彼女の静かな執着は、ルナの直情的な甘えとは全く異なる、重く、そして深いものだった。


「…エリーゼ、ありがとう。すごい…」


俺がそう言うと、彼女は一瞬だけ、俺の顔を見つめ、そっと目を逸らした。その頬は、ほんのり赤く染まっていた。彼女の冷たい言葉の裏には、俺への強い愛情が隠されていた。


(…あー、これは、特訓という名の、二人きりのスキンシップか。しかも、口実を立てて、俺を独り占めにしようとしてる…。ルナと張り合ってるな…)


俺は心の中で毒づきながら、エリーゼとの触れ合いを楽しんでいた。


「ケンイチさん、あの…」


ルナとエリーゼが言い争っている間に、アリスが俺を呼び出した。彼女は俺を連れ、訓練場の隅にある、小さな木陰へと隠れた。


「ケンイチさん、お疲れ様でした」


アリスはそう言って、俺の背中を優しくさすってくれた。その手は温かく、彼女の優しさが、俺の心にじんわりと染み渡っていく。


「私には、ケンイチさんのように戦うことも、エリーゼさんのように魔法を使うことも、ルナさんのように元気なこともできません…」


彼女はそう言って、悲しそうに俯いた。俺は何も言わず、ただ静かに彼女の言葉を聞いていた。


「そんなことはない。アリスの治癒魔法は、俺たちの命綱だ。お前の優しさが、このパーティを支えているんだ」


俺がそう言うと、アリスは顔を上げ、俺を見つめた。その瞳には、感謝と、そして愛が満ちていた。


「ケンイチさん、私…ケンイチさんの髪、梳いてあげてもいいですか?」


彼女はそう言って、俺の髪に触れた。その手は柔らかく、温かかった。彼女はそっと、俺の髪を梳いてくれる。その指先が髪に触れるたびに、彼女の吐息が俺の耳元にかかる。彼女の髪から香る、甘い石鹸の匂いが、俺を包み込む。彼女は、静かに、そして長く、俺の髪を梳いてくれた。


(…なんだこれ。最強の剣聖スキルを持っているはずなのに、俺はただ女の子たちの世話を焼かれ、甘やかされているだけじゃないか。…まさか、俺のチート能力、実は「迷宮探索能力」じゃなくて、「ハーレムイベント発生能力」だったのか? そうか…! 俺が求めていた孤独な剣士生活は、このイベントを発生させるためのチュートリアルだったんだ! ルナの無邪気な甘え、エリーゼの静かな独占欲、アリスの献身的な愛情…三者三様の愛情表現を前に、俺はただ剣を振るうだけではダメらしい。…これは…迷宮の最深部よりよっぽど難易度が高いんじゃないか…!?)


(…待てよ。この状況、まるでゲームじゃないか。スキル欄を見てみろ。剣聖スキル:敵を斬る。聖女スキル:癒す。獣人スキル:甘える。エルフスキル:独占する。なんだ、この完璧なパーティーは!これ、もしかして俺が異世界転移した瞬間に、“ケンイチ攻略RPG”が始まってたんじゃないか?しかも、運営が勝手に難易度ハードに設定しやがった。ボス戦が迷宮の最深部じゃなくて、ヒロインたちの感情の嵐とか…。いや、こんな仕様、聞いてないぞ!運営、これバグじゃないか?早く修正してくれ!…いや、でも、運営がこれこそが最適解だと言ってるなら、俺はただ従うしかないのか?…剣聖スキルより膝枕のほうが強い世界って、どんな仕様だよ!これ、迷宮攻略じゃなくて俺攻略がメインクエストじゃないのか!?)


俺は、これから始まる最高のハーレム生活に、新たな使命感を見出すのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る