アルカナ迷宮物語 ― 異世界転移ハーレムパーティ編 ―

五平

第1話「最高の出会いと独占欲の始まり」

「はぁ……」


思わず漏れた溜息は、迷宮都市の雑踏に簡単に飲み込まれた。香辛料と焼きたてパンの甘くスパイシーな匂い、どこかの酒場から漏れる喧騒、行商人の甲高い掛け声、そして遠くから聞こえる鍛冶屋の金属が打ち合う乾いた音。五感の全てを刺激する活気に、異世界に転移して一年経った今でも、時々心を奪われる。


しかし、俺の心はあまり弾んでいなかった。


ケンイチ、26歳。元・しがない会社員。異世界に転移して手に入れた能力は、剣技を極めた者だけが辿り着くという『剣聖スキル』だった。この世界では誰もが欲しがる最強のチート能力。だが、俺は一人で迷宮に潜ることに飽き飽きしていた。いくら強くても、一人で戦い、一人で食事をし、一人で眠る日々は、味気ない。


そんな時だった。


「わわわっ!」


慌てた声が聞こえ、振り返ると、一人の少女が大きな荷物を抱えてよろめいていた。白銀の髪に、湖のように澄んだ青い瞳。優しげな顔立ちをした彼女は、聖職者風のローブを身に着けている。ああ、アリスだ。俺が何度か迷宮で助けたことのある、回復魔法が得意な聖女様。


咄嗟に一歩踏み出し、彼女の肩に手を添える。重心を失っていた彼女は、ふわりと俺に体重を預けてきた。


「大丈夫ですか?」


「あ、はい! ありがとうございます、ケンイチさん!」


顔を真っ赤にして俺から離れる彼女。その手に持っていたバスケットからは、焼きたてのパンの甘く香ばしい匂いが漂ってきた。


「迷宮から帰ってきたばかりで、お疲れでしょう? よかったら、これ……」


そう言ってバスケットの中身を差し出してきた彼女に、俺は思わず苦笑した。彼女の世話焼きで献身的な性格は知っている。まるで、迷宮都市に咲く一輪のユリの花のようだ。俺は彼女が差し出したパンを手に取り、一瞬の間に剣聖スキルを応用し、パンを完璧な薄さに切り分け、差し出した。アリスは目を丸くしてそれを見つめている。


「アリス!」


その時、横から活発な声が飛んできた。


「こっちこっち! ケンイチくん、一緒に行こう!」


栗色の髪をポニーテールにした、獣人の少女、ルナが元気いっぱいに駆け寄ってくる。ぴょこぴょこと揺れる獣耳が可愛らしい。ルナはアリスの手からバスケットをひょいと持ち上げると、俺の腕に絡みついてきた。


「ケンイチくん、一人で寂しく迷宮に潜ってたんだって? もう! これからは私がいるから寂しくないよ!」


屈託のない笑顔で無邪気に抱きついてくるルナ。彼女の甘えるような仕草は、まるで陽だまりの中でじゃれつく子猫のようだ。彼女といると、不思議と心が温まる。


「待って。あなた、ケンイチのパーソナルスペースを侵しすぎだわ」


少し離れた場所から、冷静な声が聞こえてきた。


「もう! エリーゼったら、嫉妬してるんでしょ?」


ルナがからかうように言うと、エリーゼと呼ばれた少女は、すっと目を細めた。透き通るような銀髪に、宝石のように輝く翠の瞳。すらりとした長身は、彼女がエルフであることを示している。彼女は一切動じることなく、俺の隣にすっと立つと、ルナの腕を剥がした。


「失礼ね。ただ、効率的ではないと申し上げただけよ。あなたは感情に任せすぎだわ、ルナ」


淡々と言葉を紡ぎながらも、その瞳には明確な独占欲が宿っている。まるで、すべてを支配しようとする氷の女王のようだ。


「……ま、まあとにかく! 私たち、今日からケンイチさんのパーティに入ることになったんです!」


アリスが慌てて割って入り、ようやく場の空気が和らいだ。


「え、パーティ?」


俺は驚いて聞き返した。彼女たちは互いに顔を見合わせ、満面の笑みを浮かべた。


「そうよ。これから、ケンイチを私たちが最高に幸せにしてあげる。覚悟なさい」


エリーゼの言葉に、俺はただ呆然と立ち尽くすしかなかった。まさか、最強の剣聖スキルを手に入れて辿り着く場所が、退屈な孤高の道ではなく、こんなにも賑やかで、甘く、そして俺の心をざわつかせる「ハーレム」だったとは。

いや、待て。これは一体どういうことだ?剣聖スキルだの、迷宮攻略だの、そういう話じゃなかったのか?俺が求めていたのは静かで、力強い、孤高の剣士生活だったはずだ。なのに…この眩しすぎる笑顔は?この温度は?この押し付けがましい好意は?…まさか俺のチートスキル、剣聖じゃなくて“ハーレムの守護者”だったとか?いや、それならこの一年間の孤独な特訓は何だったんだよ!?もしかして、この日のために…?いや、そんな馬鹿な。ありえない…ありえないはずなんだが…


俺の退屈で孤独な異世界生活は終わりを告げ、最高のハーレムパーティの甘い日常が始まったのだ。

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