第9話 大阪①
海羽達は大阪の梅田駅で下車した。金曜の午後というのもあり、人の流れがすごい。というか。
「歩くスピード早くない?」
「私も思った。東京よりずっと」
「さすが大阪人。プレッシャーが半端ないぜ」
ゴクリと唾を飲み込みながら、拳で額の汗を拭うヒカリ。
別に威圧してるわけじゃないと思うけどな。
「梅田になんの用があるんですか?」
ヒカリは玲奈を人差し指で指した。
「あんたのその格好。悪目立ちすんのよ。それにあたし達、まだ旅続けるから、あんたも着替えが必要でしょ? その買い物のため」
玲奈は瞳を潤ませると、両手を組んだ。
「ヒカリさんっ。私、あなたのこと勘違いしてました。スコアが高いことを鼻にかけて傲慢な振る舞いをしてるものだとばかり」
「あんた、あたしのこと何だと思ってるのよ……」
ヒカリは怒りを通り越して、呆れているようだ。
「じゃ、移動するわよ」
海羽は周囲の邪魔にならないように、一生懸命早足で前へと進んで、店へと向かった。
地下街にあるレディースショップへと着くと、ヒカリは玲奈を中へ押しやった。
「あたし達、入り口で待ってるから。一人で買い物してて」
「ありがとうございますっ!」
玲奈が店内に入り、服を物色し始める。
「ちょっと意外だった。九条さんが、黒川さんの買い物を提案するなんて」
伊勢神宮の時は、二人旅を邪魔されたことをあんなに嫌がってたのに。そこで海羽はハッとする。まさか。
「九条さん、ここに来た本当の目的って……」
ヒカリはニヤニヤしながら、玲奈が試着室に入るのを見届けると、海羽の手を取った。
「師匠っ! 逃げるよっ!」
そう言って、改札口へと向かう。
「知らないよ? どうなってもっ」
そう言いつつも、海羽も走り始める。
「あたし達の旅を邪魔する方が悪いのーっ!」
「あははっ」
ヒカリの破天荒さが、痛快だった。窮屈な檻から飛び出たような気がして、心が軽くなる。
「九条さんは本当はどこに行きたかったの?」
「難波にあるお笑い劇場っ。本場のお笑いを生で見たいのっ」
*
玲奈はシャーベットカラーのチュニックに、大きな黒色のリボンを腰に巻いた姿で姿見を見つめていた。
「私、似合いすぎてますね……」
試着室のカーテンを開けると、若い女性店員が感嘆の声を上げる。
「とてもお似合いですっ」
玲奈の頬がだらしなく緩む。
「あ、ありがとうございます」
「今夜の街コンに出たら、お客さんが一番人気間違いなしですねっ」
「そ、そうですかね……」
照れながら頭の後ろを掻く玲奈を見て、女性店員の目が鋭く光る。
「他にも試着なさいますか? お客様にお似合いの服がたくさんありますよっ」
「お願いしますっ」
チュニックに着替え、両手に二つずつ大きなショッピングバッグを持った玲奈を、女性店員が笑顔で見送る。
「ヒカリさん、お待たせしました……って、あれ?」
玲奈は周囲を見渡すが、ヒカリも海羽も見当たらない。急いでシビルバンドを操作して、ヒカリたちの位置を探索する。
「えっ? 難波っ? なんでっ?」
玲奈の顔がみるみる青ざめる。
「や、やられた……」
そんな玲奈を、道ゆく男性たちが好奇の目でチラチラと見つめてくる。玲奈は視線の意味に気づいて、テンションが上がる。
「もしかして、天照大御神の加護来てる?」
玲奈は先ほどの店に戻ると、女性店員に話しかけた。
「さっき話してた街コンなんですけどっ!」
*
海羽達がお笑い劇場から出た時には、もう陽が沈みかけていた。
ヒカリが両手でお腹を抱えながら、よろよろと歩く。
「大丈夫?」
「笑いすぎて、お腹痛い。ってか、顎外れるかと思った」
「ものすごく爆笑してたね」
「プロってすごいなぁ。あたしもあんな風に笑わせたいなぁ」
ヒカリの瞳がキラキラと光る。それとほぼ同時に、ヒカリのお腹がぐぅっと鳴った。
「ご飯食べよっか。それに、今日泊まるところも探さなきゃいけないし」
「たこ焼き買って、食べながら宿探そうよ」
二人はたこ焼きを買うと、本場の味を堪能しながら、シビルバンドで宿の情報を調べる。めぼしい宿を見つけ、そこに向かって歩いていると、前方からアコースティックギターの音色が聞こえてきた。
「何かイベントかな? ちょっと覗いていこうよ」
二人が音の鳴る方へ歩いて行くと、女性が一人、路上で歌っていた。
「路上ライブだね。私、初めて見る」
「ちょっと聴いていかない?」
海羽は頷くと、ヒカリと一緒に女性の前に立つ。
「暗い道を歩いていけば いつかは辿りつけるかな?」
明るい曲調にも関わらず、女性の歌う声は抑制が効いている。だけど、なぜか力強さを感じさせられ、惹きつけられる。
「あなた達は私を否定するけど 私が間違ってるって誰が証明できるの?」
女性の声が少しずつ広がっていく。それに合わせて曲が転調する。
「誰かと同じじゃなくていい 独りぼっちで歩いてきたこの道 見上げたら上には星空 私が探してたものはずっと私を見つめてたんだね」
女性の歌声が海羽の心を掻き鳴らす。この女性は自分と似てるのではないかと、直感的に思った。
曲が終わり、まばらな拍手が聞こえる。周囲を見渡し、女性の歌を聴いている人間が自分達以外にほとんどいないことに気づいた。
「良い歌だったね。そろそろ行こうか」
ヒカリに促されたが、海羽はもっとこの女性の歌を聴いてみたいと思った。
「ごめん九条さん。もう少し聴いててもいいかな?」
ヒカリは一瞬驚いた顔をしてみせるも、すぐに笑顔で頷いた。
その後、一時間ほど女性は歌い、ギターを下ろした。最後まで女性の歌を聴いていたのは、海羽達だけだった。
「最後まで聴いてくれてありがとさん。二人みたいに若い子が、うちの歌聴いてくれるの珍しいから嬉しかったわ」
「こちらこそ、素敵な歌をありがとうございました」
「お姉さんの歌、カッコ良かったよ」
海羽達の感想を聞いて、女性の目が大きく開く。
「標準語喋るとか、自分ら地元の子じゃないん?」
「地元は東京で、今は花嫁修行の旅に出てるんだ。西へ向かって旅行中」
「へー。おもろいことしてるやん。よかったら話聞かせてくれん?」
海羽達は顔を見合わせる。
「この後、なんか予定あるん?」
「いえ、宿に行くだけです」
「ならうちの家に泊まり。狭い部屋やけど、寝るスペースはあるし、宿代も浮くで」
「旅先で偶然出会った人の家に泊まる。これぞ旅の醍醐味っ!」
ヒカリはこの展開を全力で楽しんでるようだ。海羽は警戒する気持ちもあったが、それ以上にこの女性と話してみたいという気持ちが勝った。
「ご迷惑でなければぜひ」
女性は快活に笑う。
「うちから誘ったんやから、迷惑もクソもあるかいな。うちは西川天音(あまね)。天音でええよ。よろしゅう」
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