砂の世界
第1話 旅立ち
僕の目の前に広がるのは荒涼とした砂の世界であった。見渡す限りの砂と雲一つ無い青い空しか見えなかった。
それは文字通り、砂漠である。
太陽の強い日差しが、僕を照らし、足元に小さな影を作り出していた。
何をしていいか分からない僕は途方に暮れるしかなかった。
『少年が言っていた。自分を知るための旅』それが何を指しているのか分からないとどうすることも出来ないが、ここにいてもどうしようも無いのでとりあえず歩くことにした。
歩き始めると何かを感じた。
それは足元に居た。
見ると小さな虫のような生き物が僕の横を付いてくる。僕が歩いてもその見たことのない生き物は僕から離れることは無かった。
今、考えればその生き物の気配のような物は、あの神を名乗る少年の部屋でも感じていたような気がする。
それは不意に頭のなかに響いてきた。
“先に進みましょう”
最初は何なのか分からなかったが、繰り返される“先に進みましょう”という言葉はその生き物が発していると考えるしか無かった。
凄く薄気味悪かったが、嫌な感じはしなかった。
その言葉に急かされるように、僕は歩き始めた。
だが、砂漠を歩くのは想像以上にキツかった。足は砂に取られ、普通に歩くより何倍も体力を奪われていた。更に遮るもののないので、太陽の熱さのせいで体力は底をつき、すぐに歩けなくなってしまった。
意識が遠くなるのを感じ、僕は死を覚悟した。ハッキリしないが、自殺を考えたはずなのに今は死が怖くて仕方ない。
どのくらい時間が経ったのだろう。気が付くと辺りは暗くなっていて、さっきまでの暑さが嘘のようである。
今は暑いどころか、太陽が落ちた砂漠は寒さで身体が冷えて震えが止まらない。
砂漠は昼夜でも、地獄の様な世界であった。
天を見上げると、そこには怪しく光る、赤い月が輝いている。それは自分が知っている月では無かった。
喉はカラカラだし身体は鉛のように重い、頭が割れるように痛くて一歩も歩けなくなっている。
僕の腹が鳴った。死にそうになっても腹が減る事に驚いてしまった。
横になっていると、あの生き物が顔の周りでガサガサしているのに気が付いた。
生き物は相変わらず、先に進むように言ってきた。
「もう動けないよ。僕はどこにも行けないよ」
口にすると、それはとてつもなく現実味を帯びてきた。
不意に涙が頬を伝った。どんなに喉が渇いていても涙は出るんだなと、他人事のように感じた。
それでも動けなければ明日の朝日を感じる事も無く死んでしまうのだろう。
さっきまでは死ぬのが怖かったが、その恐怖さえどこかに行ってしまった。
もう何も出来ないので、僕は静かに目を閉じた。
「おい、生きているか?」
それは人の声であった。
「大丈夫か?」
僕はなんとかその声のする方に顔を向けた。
そこには、全身をゆったりとした布で覆った人間が僕を覗き込んでいた。
「僕は生きているのかい?」
「そのようだな」
その言葉はちょっと聞き取りにくいが、声に笑いが感じられた。
その人に手を貸してもらい、僕はなんとか体を起こした。
「とりあえず水を飲みなよ」
そう言うと、大きな水袋を手渡してくれた。
それを受け取ると、一気に水を飲み込んだ。ぬるいがとても美味しく感じた。それでも慌てて飲んだからむせてしまった。
「慌てなくていいよ」
そう言うと、その人は顔を覆っていた布を取った。そこに現れたのは鼻から口にかけて長く、顔中に毛の生えた生き物であった。
僕は驚きを隠せなかった。一言で言えば獣人と言えばいいのだろう。
「────・・・。」
僕は言葉を失ってしまった。獣人に初めて会った人間のまっとうな反応だが、それは獣人も一緒だったらしい。
「見たことない種族だけど、君は何者なんだい?」
僕は自分の分かる事だけを伝えた。
「僕の名前はアレク!それが本当の名前なのかも分からないし、その上、自分がどこから来たかも分からないんだ」
獣人は不思議そうな顔をしていたが何かに気が付いたように自分の事を教えてくれた。
「私はメイ。この近くのオアシスを治めるキム族の族長の娘よ」
メイの言葉から、獣人は女の子だと分かった。
「あなたは見たことのない種族ね」
「僕も君のような人間は初めて見たよ。君は獣人なのかい?」
「獣人?私からすればあなたの方が見たことないわよ」
そう言うとメイはおかしそうに笑った。
僕もつられて笑った。すると急に笑ったので、おなかが鳴った。
「おなかが空いてるの?私の残りでも良ければ食べる?」
そう言って、小さな包を手渡してくれた。
包の中には焼いた肉と焼いたパンの様な物が入っていた。その匂いを嗅ぐと我慢出来なくなり、肉にかじりついた。
少しパサついているが、とても美味しかった。慌てたため、喉に詰まらせたが水で流し込んだ。
僕はメイから貰った食べ物をすべて食べるとやっと落ち着いた。
僕が落ち着いたのを見たメイは僕に質問してきた。
「アレクはこんな所で何をしてたんだい?」
「僕は僕が何者なのか知る為の旅をしてるんだ」
それにはメイも不思議そうな顔をしている。
「自分を知る旅がどんな物かは分からないけど、こんな所にいたら死んじゃうよ。良かったらうちのオアシスに来る?」
僕にはハッキリした目的がある訳では無いので、メイに付いていくことに決めた。
僕から離れない小さな生き物は声なき声で伝えてきた。
“前に進みましょう”
その生き物はそれだけが望みのようだ。
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