第28話 装備を買う

 金貨二千枚を余計に請求されたとはいえ、ボクは意外なほどあっさりと『タイタンの拳』と縁を切ることができた。


 これでもうボクは借金を払わなくていいし、アベルたちがイグナシオたちに絡まれるようなこともない。


 そして、驚くべき情報も手に入れることができた。どうやらどこかにドラゴンがいるらしい。ドラゴンなんておとぎ話の中だけの存在かと思ったけど、実在するんだね。ビックリだよ。


 しかも、『タイタンの拳』がドラゴン退治を請け負ったとか。


 ボクならそんなまともな情報もないモンスターを狩るなんてどんな罰ゲームだと思うところだけど、イグナシオたちは喜んでいたなぁ。


 たしかに、ドラゴンを倒せば伝説になれるだろう。でも、伝説になるのはそれだけ難易度が高いからではないだろうか?


 『タイタンの拳』は、今まであまり大きな失敗をしたことがない。だから本人たちは有頂天になっているんだけど、さすがにドラゴン退治はむずかしいのではないだろうか?


 まぁ、ボクにはもう関係ないか。


 ボクにはもう『タイタンの拳』のメンバーたちへの情はない。切り捨てたつもりだ。


 でも、積極的に不幸になってほしいとは思ってはいなかった。


 むしろ、『タイタンの拳』の不幸を願えるような自分になれたらと思う。


 自分でも完全に切り捨てた方が楽になるとわかっているのだけど、三年間も寝食を共にした時間はすべて捨ててしまうことはできなかった。


「我ながら、女々しいというか、なんというか……」


 そんな呟きが城塞都市エスピノサの大通りに零れていく。


「ダメだね。ボクはもう『タイタンの拳』のメンバーじゃない。これからのことを考えないと」


 まずは……装備を整えに行こうかな?


 時空間に意識を向けると、残ったお金の数がわかる。


「金貨二百ってところかな?」


 これだけあれば、それなりの装備を買えるだろう。


 それじゃあ、装備を買いに行こう。


 ボクは職人街へと歩き出した。



 ◇



 職人街。城塞都市エスピノサのちょっと奥まった所にある工場が並んだ一画。ここは夜でもハンマーの音が響き渡る眠らぬ職人の街だ。


 もちろん、装備なら商会でも売っている。でも、職人街で買った方が安く済むことが多いし、自分に合った装備が選べる。ある程度経験を重ねた冒険者にとって常識である。


 まぁ、職人を紹介してもらうためには、ある程度商人の信頼を得ないといけないので、商会もまったく損なわけじゃない。


「やっと着いた……」


 ハンマーや機械の音が響き渡る職人街を進み、やっと着いたのは贔屓にしている職人の店だ。


「ごめんください!」


 ボクは勝手に店のドアを開けると大声で叫ぶ。こうしないと工場にいる人たちに聞こえないからね。


「ちっと待ってろ!」


 店の奥からも怒鳴るような声が返ってきた。


 よかった。今日は一発で通じたぞ。運がいい。


 木造の年季の入った店内に置かれた椅子に座って店主の登場を待つ。


「おまちどーさん!」


 どれくらい待っただろうか。徹夜明けの眠気に眠りそうになった頃、店主が現れた。


 ボクの胸くらいまでしかない小さな背丈。しかし、その身体は筋肉の鎧で覆われ、重厚感があった。もじゃもじゃのヒゲが顔の下半分を覆い、ヒゲの先端をかわいらしく三つ編みにしている。腕なんてボクの太ももより太いくらいだ。ずんぐりとした体形の男は、ドワーフのパンチョさんである。


「パンチョさん、お久しぶりです」

「お前、ペペか! ちょっと見ねえ間に男の顔になったじゃねえか! さてはようやく女を知ったか?」


 パンチョさんがボクの胸をベシベシ叩いて、ボクは咽てしまった。


「ゴホッ、ゴホッ! ま、まだです……」

「なんでえ、まだ知らねえのかよ! 冒険者なんてすぐにおっ死んじまうんだから、早いとこ経験しとけよ! なんなら今からでも娼館に行くか? 儂が案内してやるぞ?」

「う……っ」


 ちょっと揺れそうになってしまう。でも、なんとなくセシリアの悲しそうな顔が浮かんで、ボクはなんとか理性を取り戻した。


「それよりも! 実はパンチョさんにお願いがありまして……」

「……まさか! 儂の尻が狙いか!?」

「そんなわけないでしょ! お仕事ですよ、お仕事!」


 仕事と聞いて、パンチョさんの目が鋭くなった。ちょっと怖いくらいだ。


「で? 仕事ってのは?」

「急ぎになって申し訳ないですが、明後日までに仕上げてほしい装備があります」

「ほう? そいつは急ぎだな。特急料金を貰うが、構わんのか?」

「はい。必要なのはチェインメイルが二つと大盾が一つです」

「大盾は予備がある。好きなのを選べばいいじゃろ。チェインメイルだが、こいつは大仕事だな。採寸が必要だぞ? 一つはお前のとして、もう一つはどうする? お前の予備か?」

「いえ、パーティメンバーに贈ろうと思ってまして……」

「じゃあ、そいつをここに連れてこい」

「採寸のメモはあるんですけど、これじゃダメですか?」


 ボクの空間把握能力は大幅に強化された。一目見れば、その人のサイズなど丸わかりである。それは過去に見たものだろうと変わりはない。


「ふむ。これだけわかれば、なんとかなるか」

「よろしくお願いします」

「ふむ。まぁ、明日の昼にはできるじゃろ。いつでも取りに来い」

「わかりました」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る