第13話 情熱と変化

 俺はアベル、十五歳。英雄を志す者だ。


 俺は今、奇跡を目の当たりにしているのかもしれない。


 突然現れたピンクの巨人、オーク。


 オークという存在は知っていた。大きいことも知っていた。


 だが、まさかそれがこんなにも威圧感のあるものだなんて……!


 一目見て、勝てないことがわかってしまった。そのことに悔しさも感じなかった。感じる余裕もなかった。俺にできたのは震える唇で必死に撤退の指示を出そうとすることだった。


 でも、オークに睨まれるとそれさえも満足にできなかった。俺はまるで伝説のモンスターに石に変えられてしまったような心地がした。


 ただのオークにな。自分でも情けねえと思う。でも、それが俺の正直な感想だ。


 そんな中、オークに対峙した男がいた。


 ペペだ。


 ペペ。初めは戦えない臆病者かと思ったが、とんでもない武器を隠し持っていた奴。


 ペペは真っ黒な物体を創ると、オークに向けて飛ばす。


 厚さのない真っ黒な物体はかなり見えづらい。だが、俺は確かに真っ黒な物体がオークの首に直撃するのを見た。


 だが……!


 ズシンッとオークがまた一歩こちらに近づいてくる。


 ダメなのか?


 ペペの力でもオークには届かなかったのか?


 だが、俺は確かに見た。オークが不思議そうな顔をしているのを。


 豚面のオークの表情なんて俺には読めない。だが、確かにオークは困惑したような表情をしていた。


 そして、まるで体が動かないのが不思議だと言わんばかりに自分の体を見下ろしたところで、オークの首がまるで滑り台に乗ったようにズレていく。最期までオークはきょとんした表情のままだった。


 優れた斬撃は、斬られたことを相手に覚らせない。


 昔、戯れに剣術を教えてくれた冒険者が残した言葉だ。


 俺はその言葉を信じて今まで鍛錬を重ねてきた。


 まさか、ペペの魔法はもうその領域に達しているというのか……?


「燃えてくるじゃねえか……!」


 まるで俺の血の高ぶりを表現するようにオークの首からドクドクと鼓動に合わせて青い血が噴き出す。体はまだ首を斬られたことに気が付いてないんだ。


 すげえ。すげえよ、ペペ! 俺もその高みに行きたい!


 だが、まずは――――!


 自分たちの守護者であるオークの死を信じられないのか、呆然と崩れゆくオークを見つめるゴブリンたち。


 こいつらを倒さねばなんねえ!


「だらあああああああああああああ!」


 俺は一気にゴブリン二匹の首を斬り飛ばした。



 ◇



「ほぅ……」


 ボクはゴブリンの胸に穴を開け、熱い息を吐いた。


 オークを倒せた。その事実は、ボクの体を熱くしていた。


 倒れたオークの背中を見る。何度見ても、オークの死体は消えることはない。あんなに大きなモンスターをボクは倒せたんだ。


 そのことは大きな自信になりつつあった。


「ペペ!」

「アベル? おあ!?」


 名前を呼ばれて振り返ったら、アベルが抱き付いてきた。ちょっとアベルの着ている革鎧が擦れて痛い。


「すげえよ! ペペ、お前はすげえ奴だ!」

「あ、あり、ありがとう」


 ボクに抱き付いたままピョンピョン跳ねるアベル。


「アベル、ペペも困ってるから」


 クレトの言葉にようやくアベルが離れると、そこにはキラキラした少年らしいアベルの顔があった。


「すげえよ! クレトも見ただろ? あの黒いのがビュンッて飛んでいって、オークの首を刎ねちまいやがった! すげえよ、ペペ! お前の魔法は最高だ!」

「僕も見てたよ。本当にすごいよね! 僕も興奮しちゃったよ」

「あたしも見てた! ペペってすごい魔法使いだったんだね! すごいよー!」

「一時はどうなることかと思いましたけど、ペペさんのおかげで助かりました。ありがとうございます」


 みんなが、パーティのみんながボクを褒めてくれる。


 急に涙腺が緩み、涙が流れた。


 思えば、誰にも必要とされない人生だった。


 両親の顔も知らず、孤児院でも仲間外れ。賜ったギフトの力を披露したら、教会の偉い人からも孤児院の先生にも必要とされなかった。


 生きるために仕方なく冒険者になった。


 でも、ボクを必要としてくれる仲間なんていなくて……。


 その時だった。『タイタンの拳』のイグナシオに声をかけられた。


 やっと必要とされたと思った。でも……。


『ペペ、お前をこのパーティから追放する!』


 ボクの感じていた友情なんてまやかしだった。


 ボクはまた必要とされなくなった。


 でも――――!


「ペペさん? 泣いているんですか?」

「えー? なんで泣いてるの?」

「バカ! 男が簡単に泣いてるんじゃねえよ!」

「どこか痛いの?」


 ここにはボクを必要としてくれるみんながいる。そのことがボクはたまらなく嬉しかった。


 そのきっかけをくれたのは――――!


「あの?」


 ボクは両手でセシリアの手を取ると、その場で跪いてセシリアの手の甲に額を付ける。


 教会で習った最大の感謝を示す方法。教会にいた頃は孤児院の先生に毎日していたけど、初めて心からの感謝をもってボクは跪いていた。


「ありがとう、セシリア。キミはボクを変えてくれた。キミの一言でボクは変わることができた。本当にありがとう」

「これって!? あ、あの、えーっと……」


 なんだか困っている様子のセシリア。でも、ボクは感謝を伝えずにはいられなかった。

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