第7話 ついに外へ
「それでもいいんだけど、撤退の指示だけは他の人も出せるようにした方がいいかもしれない」
「あん? どういうことだよ?」
自分の決定に従わないボクが気に入らないのか、アベルがまた睨んでくる。
その視線はなんだかイグナシオを思い出して怖いけど、言うべきことは言わなくちゃ。ボクが口を噤んだせいで死人が出たら、きっとボクは耐えられない。
手をギュッと握ると、ボクは意を決して口を開く。
「アベル、大剣を持ってるし、キミは前線で戦うんだよね?」
「当たり前だろ? 俺は臆病者じゃない!」
なんだかボクへの当たりが強いなぁ……。
アベルの中では、ボクは冒険者失格の弱虫なのだろう。
でも、この中ではボク以上に経験のある人がいない。やっぱりこれはボクが言うべきなのだろう。
「前線で戦っていると、どうしても視野が狭くなるんだ。だから、後衛に一人撤退を決定する権限をあげた方がいいよ」
「それはそうかもね」
ボクの言葉に真っ先に頷いてくれたのはクレトだった。
「おい、クレト! どういうことだよ?」
「アベルも背中に目が付いてるわけないでしょ? モンスターと戦ってる時に後ろの状況を確認するのは難しいのわかるよね? 後衛の人なら、前衛で戦う僕たちよりも多くのものが見えているはずだってペペは言ってるんだよ。なら、後衛の人に撤退の指示を出せる人を置いておくのは理に適ってる」
「ほーん……。じゃあ、その役目はダリアに任せるか」
「あたし!?」
まるで急に流れ弾を受けたようにダリアが叫ぶ。
「ダリアよりも経験豊富なペペさんの方が適任ではないですか?」
「そうそう。絶対ペペのがいいって!」
セシリアの言葉に乗っかるように叫ぶダリア。
「ペペか……」
アベルがまるで不審者を見るような目でボクを上から下まで見る。たぶん、彼の中ではボクは信用できない人間でもあるのだろう。
「なあ、こいつで大丈夫だと思うか?」
アベルがおそらくこの中で一番信頼しているだろうクレトに意見を仰ぐ。
「一度任せてみればいいんじゃない? それでダメだったら変えればいい」
「そうだな」
クレトの言葉に頷き、アベルはまた鋭い視線でボクを見る。
「今回は使ってやる。下手に指示出したら許さないからな?」
「わかったよ……」
やっぱり信用されてないみたいだなぁ……。
まぁ、少しずつ信頼を勝ち取れるようにがんばって働こう。それでもダメなら、素直にパーティを抜けよう。もう『タイタンの拳』のようなことはまっぴらごめんだからね。
「じゃあ、もう行こうぜ!」
アベルがそう言って椅子から立ち上がる。
こうしてボクたちは細かい決めごとをいくつかして冒険者ギルドのミーティングルームを出た。
冒険者ギルドを出ると、そのまま城塞都市エスピノサの大通りを東へと進んでいく。すると、すぐに大きな広場に出た。
「ホットドッグはいかがかなー?」
「男は黙って肉だ! 肉を食え!」
「新鮮なサラダはいかがかしら? 採れたてよー!」
「新発売! ジャガチーズだ!」
広場には多くの屋台や露店が軒を連ね、店主たちによる呼び込み合戦がしきりにおこなわれていた。
そういえば、お腹空いたな……。
朝食はイグナシオに殴られて吐いてしまったし、ボクのお腹は空っぽだ。
でも、アベルたちはもう食事を済ませたのか、屋台で料理は食べないようだ。食べたいところだけど、我慢するか。
食事を我慢することには慣れている。一度冒険に出ると、限られた水や食料でやりくりしないといけなくなる。貴重な食料をボクなんかが消費することをイグナシオたちは許さなかったからね。
一日、二日ならどうということはない。
ボクたちは屋台に気を引かれつつも立派な防壁に設けられた大きな門から城塞都市エスピノサから外に出る。
エスピノサは人類最前線の街だ。その外に一歩外に出れば、そこはモンスターの領域。人間の領地ではない。法ではなく力がすべての世界だ。そこへと、ボクたちは足を踏み入れた。
「初めてエスピノサの外に出ました……」
「あたしも……」
セシリアとダリアが、少し震えた声で言った。
エスピノサの外に出るということは、街を囲う防壁というわかりやすい安心を自ら捨てる行為だ。恐怖に駆られても不思議じゃない。
そんな二人を笑う者など存在しない。ボクも最初はとても恐ろしかったのを覚えている。
「お前らも初めてか? 実は俺たちもなんだ」
「うん。僕たちもエスピノサの外に出たことはあるけど、すぐに帰ってきちゃったんだ。独特の恐怖があるよね」
アベル、クレトも初めてなんだ。何回か出てるのかと思っていたので少し意外だった。
改めてボクが年長者なのだと気付かされた。
たぶん、アベルたちは今年成人したばかりの十五歳だろう。ボクは十八歳。三年冒険者として働き、知識も経験もある。アベルには嫌がられるだろうけど、積極的に提案をした方がいいかもしれない。
戦闘で役に立てないのは申し訳ないけど、それ以外で役に立てるようにがんばろう。
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