第2話 彼の者に癒しを!

「これで終わりか……」


 折れた腕のぎこちない手付きで装備を一つずつ外し、テーブルの上に置いていく。


 装備を一つ外す度に、『タイタンの拳』のみんなとの関係の糸が切れていくような心地がした。


 虚無感を味わう。自分が今までしてきたことは全部無駄だったんだなぁ。


 最後に脚甲を外し、ボクは己でぶちまけた血反吐を掃除し、足を引きずるようにして『タイタンの拳』の拠点を後にする。


 もうお昼なのか、太陽が真上にあった。城塞都市エスピノサの大通りは、大勢の人や馬車が行きかっている。


 ボクはエスピノサの大通りを熱に浮かされたようにフラフラと歩いていた。


 まだ、ボクの体は壊れたままだ。早く治療しないと……。


 ボクは自分が情けなかった。


 ボクが信じていたパーティの絆などまやかしで、ボクはみんなの足を引っ張ることしかできなかった。その結果が今なのだろう。


 その上、暴力に屈して法外な慰謝料まで払う約束までしてしまった。


「ボクが強かったら、こんなことにはならなかったのかな……」


 そしたら、『タイタンの拳』のみんなも……。やめよう。ボクと『タイタンの拳』との関係はもうないんだ。


 関係があるとすれば、ただの慰謝料を払うだけの関係。そんなものに今さら縋ってどうなる。


「金貨百枚……」


 あと五日でそれだけ稼がないといけない。でないとまた殴られる。それだけで済めばいいが、最悪の場合、奴隷として売られるかもしれない。


 だが――――。


「稼げるわけないじゃないか……」


 金貨百枚は大金だ。そんな大金とても五日で集められない。


「どうしよう……」


 ボクの情けない声は、馬車の音にかき消された。


 全身の痛みがぶり返している。まるで体中を焼かれるような熱を持ってボクを苦しめる。


 ボクは今にも途切れそうな意識を必死に繋ぎ止めて、一歩一歩踏みしめるように冒険者ギルドに向かう。


 冒険者ギルドなら、治癒魔法も使える人がいるはず。


「ぁ……」


 その時、ボクはふらついて人にぶつかり、そのまま大通りの片隅で倒れてしまった。


「ちッ。気を付けろ!」

「うぅ……」


 罵声を浴びせられ、立ち上がろうとするが力が入らない。


 ボクはもう立ち上がるのを諦めかけていた。熱い体に冷えた石畳が気持ちよかった。


「はぁ……。はぁ……」


 倒れているボクに話しかけてくる人はおらず、ボクは熱に浮かされたように荒い呼吸を繰り返していた。


 おかしいな。休んでいるはずなのに、どんどん呼吸が苦しくなっていく。


「けは……ッ」


 体の奥から喉をせり上がってきた熱いものを吐き出す。目の前が真っ赤に染まった。


 血って案外黒いんだなぁ……。


 熱いものを吐いたら、今度はだんだん体が寒くなってきた。


 ボクはこのまま死ぬのかな……。


「あの、大丈夫ですか!?」


 その時、閉じかけていたボクの視界が陰る。


 目だけ動かして見上げると、そこには逆光で顔の見えない女の人がいた。


「どしたの、セシリア? うげ! 死体!?」

「まだ息がある! 彼の者に癒しを!」


 その瞬間、ボクの体を緑色の光の粒子が包み込む。すると、体の寒さが少し緩和され、温かいもので満たされていった。


 この感覚は覚えがある。治癒魔法だ。


「あ、ありが……」

「しゃべらないで! 彼の者に癒しを!」


 お礼を述べようとしたところで二度目の治癒魔法。体の痛みがスッと引いていく。


「誰がこんなひどいことを……。彼の者に癒しを!」


 三度目の治癒でようやく痛い所がなくなった。


 ともあれ、助かった。あのまま死ぬのかと思ったよ。


 ボクはゆっくりと手を着いて体を起こして大通りの隅に座り込む。


 見上げるとハッとした。白に青のラインが入った神官服。綺麗な銀髪の少女が心配そうな青い瞳でボクを見ていた。


 嘲りのない視線は久しぶりだ。


「もう大丈夫ですか?」

「は、はい。大丈夫です。助かりました。ありがとうございます」

「とてもひどい怪我でした。いったいどうしてこんなことに?」

「あー……」


 もう隠す必要もないのだけど、なんとなく言うのをためらってしまう。


「ちょっと階段の上から落ちちゃってね……。ボク、ドジだから」

「そうですか……。本当にそれでいいんですか?」


 ボクが嘘を吐いたのに気が付いているのだろう。銀髪の少女が問いかけてくる。


 でも、ボクが言い出さないので諦めたように溜息を吐いて立ち上がった。意外と小さい。


「そっちの人、大丈夫そ?」


 銀髪の少女の後ろからちらりと現れたのは、細身の赤髪の少女だった。興味深そうに緑色の瞳がボクをジロジロ見ている。こちらは肌にぴっちりとした黒い服を着ていた。なんとなく、雰囲気とかは全く違うのに、なぜかルチアのことを思い出させた。


「大丈夫です。ありがとうございます」

「そ! ならよかった!」


 ニカッとした気持ちのいい笑みを浮かべる赤髪の少女。なんだかボクの心まで明るくなる気がした。


「そうだ。お礼を……」


 ボクは自分の財布を取り出す。


 財布のお金まで取られなくてよかったな。おかげでこの優しい子にちゃんとお礼ができる。


 財布の中を覗くと、赤銅色の貨幣の中に黄金の輝きを一つだけ見つけた。


 よかった。まだ金貨が残ってるなんてラッキーだ。


「これ、お礼です。受け取ってください」


 ボクは迷わず金貨を取り出して銀髪の少女に差し出した。


「金貨だ!」


 赤髪の少女が驚いたような素っ頓狂な声を出す。


「そんな、受け取れません」

「キミはボクの命の恩人だ。どうか受け取ってほしい」

「そんな高価なもの受け取れませんよ」

「そこをどうにか……!」

「本当に大丈夫ですから。ダリア、行きましょう」

「えっ!? 金貨貰わなくてもいいの?」

「あっ!」


 そのまま逃げるように駆けて行く二人の少女たち。


 しまったなぁ。結局、金貨は受け取ってもらえなかった。他になにか適当なものがあればお礼できたけど、今は他になにも持ってないし……。


 その時、向かいの道端で綺麗な髪飾りを売っている露天商がいるのに気が付いた。


 金貨であの髪飾りを買えば受け取ってくれたのかな?


 それは金貨を直接渡すよりとてもいい考えのように思えた。できるなら過去に戻りたいけど、ボクにそんな大それた力はない。時空を操れると言っても一部を改変するので精いっぱいだ。


「ありがとうございます」


 もう見えなくなるまで駆けて行ってしまった少女たちにもう一度頭を下げ、ボクは立ち上がる。


 ボクは『タイタンの拳』を追放されてしまった。まずは新しい仕事を探さないと。


 どっしりと慰謝料の金貨百枚が重くのしかかる。


「冒険者ギルドに行かないと……」


 あまり気は進まないけど、ボクができる仕事は冒険者くらいしかないからね。

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