第2話 失恋確定



『システィーナ。これからもずっと一緒だよ』



 ロマンス公爵と同じプラチナブロンド。

 公爵夫人と同じ温かな印象を与える翠の瞳。

 常に微笑みを絶やさず、お互いの気持ちを隠すこともなく開き、婚約者として良好な関係を築いていた。姉より早く婚約者が決まった事について父は何も言わなかった。相手はロマンス家の次期当主。私と姉どちらでも良いと判断したのだろうが、母は違った。表立っては私とエドガーの仲を認めながら、二人きりになると妹に先を越された姉が可哀想だと言われ続けた。身体が少し弱い姉では公爵夫人は務まらず、元気で健康なのが取り柄の私に白羽の矢が立ったのだ。両家の当主が合意したのだ、母に不満があれど覆すことは不可能。私に当たる事で己の鬱憤を晴らす母にうんざりしながら、姉には不思議と何も抱かなかった。

 姉は私とエドガーが仲良くしようと何も言ってこなかった。定期的にマイツェン家に来ていたエドガーに会っても挨拶をしたらすぐに部屋に戻って行き、偶に見送りに来るだけで挨拶以外で言葉を交わしていなかった。



『エドガーと一緒だとずっと楽しいって思える。大人になっても一緒にいようね』

『勿論さ。システィーナと私は夫婦になるのだから』



 少なくともエドガーは私を好きだと思っていた。

 会えば必ず好きだと言い、よくエドガーと手を繋いで両家の庭を歩いたものだ。子供ながらにエドガーといられるなら幸せだって、五年前までは本気で信じていた。



「よっこしょいと」

「お爺さん臭いわよ、シド」

「お爺さんだもん」

「私が年寄り扱いすると怒るくせに」

「自分で言う分には良いのさ。人に年寄り扱いされるのは嫌」

「はいはい」



 個人によって荷物の配達方法は様々。私とシドは馬車に荷物を使う。車内に荷物を積み終えると御者席に座った。



「忘れ物はない?」

「ええ」

「じゃあ、行くよー」



 馬車を引く馬はいない。シドの魔法で浮遊し、移動する。

 馬車の御者席で上空から地上を眺められるなんてとっても贅沢だ。



「システィーナって怖い者知らずだよね。初めて乗った時、全然怖がってなかった」

「子供の頃から木登りや屋敷の屋根の上によく行っていたもの。高い所が好き」



 高すぎる木に登っては下にいるエドガーや周りが青い顔をして叫んで、仕方なく下りたらエドガーに泣かれてしまい、以降はエドガーが来ない日に高い木に登った。久しぶりに故郷に足を運ぶせいかな、忘れていた記憶が色々と蘇ってしまう。

 シドが張った結界のお陰で上空移動をしていても寒さはなく、風も強すぎず弱すぎずな丁度良い強さ。風に靡いた髪を両耳に掛けて手に持つリストに視線を落とした。



「まずはキャピレット子爵家に荷物を届けましょうか」

「オーケー」



 何処を先に回れば効率よく配達が熟せるか、とは考えていない。車内に積んだ荷物を上から順番に捌くにはどの家を回った方が早いか考えるのみ。



「妖精印の蜂蜜が荷物なのね。運ぶ時は慎重にね」

「ぼくの魔法で運ぶから大丈夫」

「そう言って何度か中の瓶が壊れていた事があるじゃない」

「はーい」



 魔法で運ぶのは良いが時折雑な扱いをするせいで折角の商品が台無しになる事が年に数度ある。たった数度と言えど、お客様の信用第一、どんな荷物だって粗末に扱ったりしない。


 リストを自分の横に置いた私は前を向いた。



「システィーナはぼくと会えて嬉しい?」

「突然なに。嬉しいに決まってる。私がこうして自由に暮らせているのはシドのお陰」



 シドは人間の前に滅多に姿を現さない妖精。彼と出会ったのはただの偶然。マイツェン家の庭で一番大きな木の天辺を登ったら、太い枝に座って寝ていたシドと出会った。当初は器用に寝る人だと呆れた。ちなみに最初出会ったシドは大人の姿をしていた。子供だろうと大人だろうと何にでもなれる。子供姿でいる方が多いのは、大人より子供の方が便利だから、らしい。

 公爵家の令嬢が木登りで木の天辺まで来たことを面白がられ、お互い自己紹介をし合った後、シドは定期的に会いに来てくれた。



「シドは恋人とかいなかったの?」

「いなかったような、いたような」

「どっちよ」



 曖昧な言い方に呆れてしまうがシドらしいと言えばらしい。

 シドに会うのは大抵夜。屋敷の皆が寝静まったのを見計らい、主に私の寝室で会話を楽しんだり、時にはシドの魔法で空中散歩をした。

 私の心の支えは何時しかエドガー様だけではなく、シドとの会話も加わっていた。



「あ」

「どうしたの?」



 不意に声を上げたシドに振り向くと一羽の小鳥がシドの頭に降りた。可愛らしい声を発した小鳥にシドが頷くと再び空へ帰って行った。



「荷物の集荷依頼だって」



 配達中、近い場所にいる妖精に集荷依頼が来る場合がある。近いとなると帝都ってことね。



「なら、今日の配達を終えたら回収に行きましょう」

「いいよー」

「場所は?」

「ロマンス公爵家だって」

「はあ」



 配達の為とは言え、帝都に戻るとなってどうして過去の人達の名に触れる機会が増えるのか。



「システィーナの婚約者は、システィーナの姉と結婚していないのかな」

「さあ。知らない」



 十三歳になる誕生日の二日前。私と同じ歳のエドガーに泣きながら愛の告白をした姉とそんな姉を「私も貴女を愛しています」と抱き締めたエドガー様を見た瞬間、永遠なんて、そんなものある訳ないと悟った。

 目撃をしたのが誕生日当日ではなくて良かったと今なら心底思える。あの時は抱き合う二人の前に立ってやった。気まずい顔をしながらエドガーに寄り掛かる姉と真っ青な顔をしたエドガー様。掠れた声で私の名前を紡いだ時は呆れた。誰に見られているか分からない場所で婚約者じゃない相手に愛の告白なんてするものじゃない。



『シス……ティーナ……っ、あ、これ、は』



 言い訳を聞く気も、二人に怒鳴ってやりたい気持ちもなかった。


 どうせ怒っても、後で姉が両親にあることないこと言い触らし私が悪者にされるのみ。お父様は知らないがお母様は手放しで喜ぶだろう。念願だった姉の婚約者が決まるのだから。


 冷めた瞳をくれてやったところでエドガー様は言い訳をし、姉は悲劇のヒロインを演じると解り切っていた。二人の目の前に現れたのは良いけれど、この後を何も考えていなかった私を突然現れたシドが攫った。大人姿のシドは絶世と謳っても過言ではない美青年となり、圧倒的魔力を身に纏わせていた。嵐と同等の強風を室内に展開させ、騒ぎを聞きつけた両親や使用人達が来るとシドは嵐を消し、私に手を差し出した。



『おれと来る?』



 子供と大人で一人称が違うと知ったのは一緒に暮らし始めてすぐのこと。状況が分からず混乱する両親や使用人達と違い、エドガーは姉を突き飛ばし『行くなっ、システィーナ!』と叫んだ。愛の告白をした相手を突き飛ばすなんてよっぽど動転していたんだろうな。



『連れて行ってくれるの? 私は何をしたらいいか分からないのに』

『人間に大層な期待はしてない。強いて言うなら、おれの仕事を一緒にやろう。人間でも慣れれば出来るさ』



 シドのその言葉で私はシドの手を取った。叫び続けるエドガー様、絶望の面持ちをエドガー様に向ける姉、状況が分からなくても妖精に連れ去られそうになっている私を助けようと駆け出したお父様、混乱したままのお母様や使用人達を残し姿を消した。




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