第46話 チョリオ語講座と料理剣士ガイル
ガタゴトと馬車が揺れる。
夕方の光が窓から差し込んで、
ちょっと眠気を誘う空気だった。そんなとき、
僕はふと思い出してチョリオに声をかけた。
「なあ、お前さ……よく“チョリーっす!”
って言ってるけど、あれどういう意味なの?」
「え? あれっすか? あいさつっすよ!
チョリーっす! イエーイ!」
チョリオは両手を上げて、馬車の天井に頭をぶつけそう
になりながらポーズを決める。
「いやいやイエーイじゃなくて。
……ほんとにそれで通じてるの?」
「余裕っすよ!
むしろ通じないやついるんすか? チョリーっす!」
また言った。全力笑顔で。
僕は額を押さえながらため息をつく。
「でさ、前に“チョレーっす”
ってのも言ってたよな? あれは何?」
「そりゃあいさつに決まってるじゃないっすか!」
「……だから、その違いを聞いてるんだよ
……お前、全部あいさつで片付ける気だろ」
「あーなるほどっすね!
チョリーっすは“おはようっす!”とか
“こんちはっす!”って感じで……
チョレーっすは“お疲れっす!”とか“じゃあっす!”
って感じっすね!」
「ふーん……でもさ、それ誰にでも使えるの?」
「いやさすがに王様とかには使えないっすよ!」
「だよなあ。さすがにその辺はチョリオでも分かるか」
僕がチョリオの肩をポンポンと叩く。
チョリオは得意げに指を振りながら続けた。
「当然じゃないっすか!オレシー、
シチュエーションとノリの達人っすから!
TPOチョリオっすよ!
だから王様にはじめの挨拶は“チョローっす!”で、
帰る時は“チョルーっす!”になるんす!」
「いや待て、それ王様に言ったら絶対アウトだろ……。
“チョローっす陛下!”とか処刑コースだぞ」
僕が思わずツッコむと、チョリオは腹を抱えて笑った。
「ぎゃははは! 確かに!
“チョロいっす陛下!”とかマジやべーっす!
不敬罪待ったなしっすよ!」
「いやもう不敬罪どころか即死刑だろ……」
僕は額を押さえる。
「でもっすよ、想像してみてくださいっすよ?
王様がノリよく返してくれたら
最高じゃないっすか? “チョリーっす、
余である!”とか言っちゃう感じ!」
チョリオが両手を広げて王冠かぶる真似をする。
僕は吹き出してしまった。
「……いや、そんな軽い王様嫌だわ!」
「でもワンチャン国民ウケは最強っすよ?
『余は民と共にチョリーする!』みたいな!」
チョリオは胸を張り、馬車の中で演説ポーズをとる。
「お前の脳みそ、どうなってんだ……」
「パリピ仕様っすよ! 脳内常にEDM流れてるんで!」
チョリオがリズムに乗って頭を振る。
僕は呆れながらも笑ってしまう。
「はぁ……チョリオ、お前ってほんと馬鹿だな」
「褒め言葉っすね? サンキューっす!」
チョリオはウィンクして親指を立てた。
「……で、ちなみに“チョラーっす”もあるの?」
ピタッとチョリオが笑いを止め、真顔になる。
「は? 何言ってんすか?
それ全然意味わかんねーし」
「え、ダメなの?」
「勝手に作んのやめてもらえます?
“チョラーっす”とか全然通じねーっすから!」
「……いや、そっちが勝手に広めてんじゃん!」
「いやいやいや!
オレのブランド勝手にアレンジしないで欲しいっす!
マジ勘弁っしょ!
こちとら正規品しか認めてねーっすから!」
「ふふ、チョラーっす……
なんだかかわいい響きですぅ~」
フローラがおっとり微笑む。
「フローラさんまで!
やめてくださいっす! そんな単語ないっすから!」
チョリオが慌てて両手をばたつかせる。
「じゃあ“チョリリーっす”はどう?」
ミナがさらっと口を挟む。
「お、いいじゃん! なんか裏挨拶っぽい!」
僕もノッて手を叩くと、
チョリオは机を叩く勢いで首を振る。
「だから勝手に派生作んなって!
俺公認してないっすからね!」
「……チョリュッス」
ヒューがぽつり。
「ヒューさんまで!? それ何語っすか!?」
チョリオが絶叫し、椅子から半分立ち上がる。
バルクがにやりと笑いながら両手を広げる。
「じゃあ俺っちは“チョラオッス”でいくぜ!」
「いやもう誰だよそれ!
完全に別キャラじゃないっすか!」
チョリオが頭を抱えて天井を仰ぐ。
「ちょっと待てよ、じゃあ“チョリーニョっす”とかどうよ?」
チョリオの目の前でチョリオ語をもじって
僕がふざけると、彼は真っ赤になって跳ねる。
「お、おい……オレのブランド、
もうメチャクチャじゃねーかよっ! 許さんっす!」
「いや、むしろ面白くなってきたじゃん!」
フローラはクスクスと笑い、ミナも口角を上げる。
「ちょっと、全員やめろっす!
俺、明日から使われたらどうすんだよマジで!」
みんなが馬車の中で大笑いする中、
ガイルがこめかみを押さえながら低い声で言った。
「……お前たち、くだらん言葉遊びはいい加減にしろ。
次に“チョなんとかっす”を口にしたら、
全員外で走らせるぞ」
馬車の中が一瞬シン……となる。
そして――
「チョレーっす……」
全員が小声でそろえて言った。
「全員降りろ」ガイルの声が重く響いた。
夕暮れの野営地。
バルクはいつものように食材の袋をごそごそ漁り、
ミナは腰を下ろしたまま鋭い目で手際を観察している。
フローラはにこにこと笑みを浮かべ、手を合わせて
「ごはん楽しみですぅ~」と呟き、
僕は鍋を磨きながら手元に集中していた。
そんな中、ふとした静けさを破るように、
ミナがガイルへ視線を向ける。
「そういえばリーダー、ガルボさんから貰った剣はどう?」
ミナが問いかける。鋭い視線はいつも通りだが、
少し興味を帯びているようだった。
「そうだな……とても軽くて振りやすい。
今までの倍以上は速く振れる。
かと言って斬撃の威力が落ちている感じはしない」
ガイルは真面目に答え、剣を軽く持ち上げてみせる。
その動きは流れるようで、確かに以前よりも鋭さを増していた。
「一度に三方向の攻撃ができるって言ってましたよね?」
僕が補足すると、
「ああ、それなんだが……最近、
四方向までできるようになった。
さらに攻撃範囲も伸びるようだ」
ガイルの声には自信がにじんでいた。
「ほー! そりゃすげえな!」
バルクが目を丸くする。
「うむ。特訓すれば、一振りで五方向も可能かもしれん」
その言葉に、バルクの口元がにやりと歪む。
懐からごそごそと野菜を取り出すと、机の上にドサッと置いた。
「じゃあちょうど良かった!
料理の準備をお願いするぜ!」
バルクが玉ねぎを掲げる。
「まな板ごと切れちゃうんじゃない?」
ミナが冷ややかに言う。
「空中で切っても、バラバラに落ちて食べられなくなるわよ」
さらに追い打ちをかける。
「それならぁ~、わたしがバリアで受け止めますぅ~」
フローラが両手を合わせ、にこやかに提案する。
「よし、じゃあそれで行こう。作戦通りだ」
ガイルは真顔で頷いた。まるで戦場の作戦会議のように。
「ホレッ!」
バルクが豪快に玉ねぎを放り投げる。
「フオンッ!」
ガイルの剣が閃き、一瞬で玉ねぎは空中で四分割された。
「おー……けど、芯が残ってるな。
ちゃんと取ってくれよ」
バルクが渋い顔で指摘する。
「むう……分かった。
丁寧な下ごしらえは料理の基本だからな」
ガイルは神妙に答えた。
「もう一度だ。ほいっ!」
バルクが玉ねぎを投げる。
「フオンッ フオンッ!」
ガイルが剣を振る。
「うーん、今度は切りすぎだな……」
バルクが唸る。
「むう……なかなか難しいな。もういっちょこい!」
ガイルが負けじと構える。
「ほらよっ!」
再度玉ねぎが宙に舞う。
「フオンッ フオンッ! どうだ?」
ガイルが剣を振る。
「おお! バッチリだぜ! 芯もちゃんと取れてる!」
バルクが嬉しそうに声を上げる。
「わ~すごいですぅ~!
じゃあどんどんいってみよぅ~!」
フローラが手を叩き、次の食材を催促する。
「お次はナスだ。
輪切りにしてくれよ、ちゃんと均等にな」
バルクがナスを差し出す。
「よし、任せろ!」
ガイルの声に迷いはない。
「今度は人参を賽の目切りで」
バルクが難題を投げる。
「ほう……難易度が上がったな。だが――」
ガイルが構えた瞬間、ミナが冷静に口を挟んだ。
「ねえ、わたしそのまま炒めちゃおうか?」
「大丈夫か? いつも焦がすからなあ……」
バルクが疑わしげに言うと、ミナは片眉を上げて返す。
「心配ないわ。ガルボさんから貰った
イヤリングで火力調節はバッチリよ」
「フローラ、バリア(まな板)の継続はどうだ?」
バルクが確認すると、
「わたしもガルボさんから貰ったブレスレットで、
継続時間が伸びたので大丈夫ですぅ~」
フローラが微笑んだ。
「よーし! じゃあフィリオ、鍋持ってこい!」
バルクが威勢よく叫ぶ。
「あいよっ!」
僕は鍋を抱えて駆け寄る。
「さあガイル、次は人参の賽の目切りだ!」
バルクが勢いよく人参を放り投げる。
「フオンッ フオンッ!」
ガイルの剣が閃き、見事な正方形が宙を舞った。
「おおー! 完璧!」
僕が思わず拍手すると、フローラもぱちぱちと手を叩く。
「ほんとですぅ~。リーダーってば、お料理剣士ですぅ~」
フローラが嬉しそうに微笑む。
「……料理剣士?」
ガイルが眉をひそめた瞬間、
ミナがすかさず追い打ちをかける。
「いいんじゃない? “斬撃の料理人”とか
“戦場のシェフ”って感じで」
「ははっ、いいねそれ!」
僕もついノッてしまう。
「“料理長ガイル”とか似合うかも!」
「む……やめろ。俺は真剣に鍛錬しているだけだ」
ガイルが剣を収めようとするが、バルクがすかさず止めた。
「おいおい、まだ材料あるぞ? ほらピーマン!」
また放り投げる。
「フオンッ フオンッ!」
ヘタと種も取り除かれ、
見事に分割されたピーマンが宙に舞う。
「おお~! さすが料理長! ピーマンの肉詰めに最適サイズ!」
僕が指差すと、バルクが腹を抱えて笑う。
「だなだな! お前、マジで屋台開けるぜ!
“ガイル亭・必殺の四方向斬り野菜炒め”!」
「ちょ、やめろ。そんな看板など掲げん!」
ガイルが顔を赤らめると、ミナが横目でふっと笑う。
「……意外と似合うかも。
屋台の前で真顔で剣振ってるリーダー、想像つくわ」
「うわー見たいですぅ~! お客さん並んでそうですぅ~!」
フローラが両手を胸の前で組み、夢見心地に言った。
「よし決まりだな!
今日からリーダーは“ガイル料理長”!」
バルクが高らかに宣言する。
「……ふむ。ならば看板は
“斬って刻んで三十年”あたりでどうだ」
「ノッたーー!!」
僕とバルクが同時に叫んだ。
「いいですねぇ~! リーダー、
エプロン似合いそうですぅ~」
フローラが楽しそうに微笑む。
「色は黒だな。……いや、やはり白か」
ガイルが真剣にうなずく。
「完全にその気か!」
僕のツッコミで笑いに包まれた。
「チョレーっす!何の話っすか!?」
馬車の端で寝ていたチョリオが、飛び起きて参戦してきた。
「リーダーが料理屋やるかもしれない話だ」僕が説明すると、
「マジっすか!? じゃあオレ、呼び込みやるっす!
“チョリーっす! 安いよウマいよリーダー亭!”って!」
チョリオがノリノリで両手をぶんぶん振る。
「……呼び込み係か。悪くない」
ガイルがうなずいた。
「マジで採用するんかい!」僕が慌ててツッコむ。
「……店構えは――南方風にした方がよいかも」
ぽつりと口を開いたのはヒューだ。
「……統計では、……エキゾチックな方が
……集客率が三割増しになる」
ヒューが冷静に続ける。
「うわ、なんか本格的になってきたな!」
バルクが腹を抱えて笑った。
「じゃあ決まりだな。
俺が斬り、フローラが受け止め、
ミナが炒め、バルクが味見をし、
フィリオがツッコミを入れる」
ガイルが妙に整然と役割分担をまとめ始める。
「ツッコミ枠って仕事なの!?」僕が叫ぶ。
「もちろんっすよ! フィリオ先輩
いなかったら全部スベるっすから!」
チョリオが即座に肩を組んできて、鍋の周りはは大爆笑に包まれた。
ここまで読んでくださって、ありがとうございます!
もし「フィリオって意外とツッコミ大変だな」
って笑ってもらえたら……
ぜひ【いいね】や【ブックマーク】で応援してくれると嬉しいです。
僕の苦労も、少しは報われる……はず!?
by フィリオ
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