第44話 逃げられぬ厄介者
ヒューの矢が運んできた荷物を返すため、
僕たちはダッカールとは逆方向、
トマの町へランニングで戻ることになった。
僕の前には、豪華講師陣五名、
生徒一名の壮絶プライベートレッスンが待ち受けている。
先頭のバルクが馬車を引きながら振り返る。
「おいフィリオ! 目線は遠くだ、背中丸めんな!
ちょい前傾、ほらそうだ!」
息も絶え絶えに、僕は必死で前傾姿勢を作るが、
すぐにバランスを崩しそうになる。
ミナは冷静な声で追い打ちをかける。
「着地は重心の真下よ。
衝撃はお尻で受け止めるの! 潰れないように!」
お尻……?
思わず自分のケツをさすりたくなるが、
とにかく指示通りに足を置く。
ガイルが背後から低く忠告する。
「最後まで蹴らなくていい。
足が地面についたら、すぐ踵をお尻の方に引きつけるかんじだ」
……え、蹴っちゃいけないの?
思わず心の中で突っ込みつつも、必死で足を上げ下げする。
フローラはおっとりした口調ながらも鋭い指導。
「胸を張って、腕を後ろに引きましょうねえ~」
腕を振ると、なんだか変な感じで前に進んでる気がする……
気がするだけ?
そしてヒューは、独自の哲学で僕にアドバイスする。
「……リズムよく……頭を空っぽにしろ」
頭を空っぽにするって、どうやって!?
心の中で叫びつつ、必死に「空っぽ」を意識する。
不思議と体は少し軽くなるが、思考は相変わらずパニック状態。
僕の顔は汗と焦りでぐちゃぐちゃ、呼吸はゼーゼー。
「うわぁ、なんで五人も揃って僕を地獄に突っ込むんだ……!」
バルクもガイルもフローラもミナもヒューも、僕の叫びにはお構いなし。
むしろ楽しそうにアドバイスしてくる。
こうして僕は、講師陣の熱烈指導と自分のヘロヘロ体力を抱えながら、
トマの町を目指してランニングを続けた。
途中で何度も転びそうになり、つまずきそうになり、
頭の中で「誰か助けて……」と叫ぶも、五
人の視線は容赦なく僕を見守っていたのだった。
トマの町の門が見えてきたころ、
僕はもう足が棒のようになっていた。
「はい、元気回復ですぅ~」
フローラが優しい笑顔で回復魔法をかけてくれる。
体がふっと軽くなった。
「ふう……エライ目にあった……」
僕はヒューを睨むが、彼はそっと視線を逸らす。
「言い出しっぺはフィリオよ」
ミナが冷静に告げ、僕は言い返せずにしょんぼりとうなだれた。
門の脇にある詰め所に近づくと、中から聞き覚えのある声が響いてきた。
「だからオレシーの全財産が入ったバッグがピューって!
これって泥棒っしょ! オレ、被害者なんすよ!」
(……ん? この声……)
そう思った矢先、詰め所の中から飛び出してきたのは――
やっぱりチョリオだった。
そして僕の肩に掛けていたバッグを見つけ、目を丸くする。
「あれ? チョリーっす?
お兄さん方……って――あー! それ!
それオレシーのバッグっすよ!」
「うわ~……まさかチョリオさんのバッグだったですぅ~……」
フローラがちょっと引きつった笑顔で、嫌そうに言った。
「オレもなんか見覚えあると思ったが……」
ガイルも腕を組んで頷く。
「……一生の不覚」
ヒューは眉間を押さえ、ため息をもらした。
門番がバッグを受け取り、中身を確認する。
金属のアクセサリーのようなもの、シャツ一枚、そして小さな袋。
その袋を開けると、大銅貨が二枚、銅貨が五枚。
「全財産って……これだけ?」
僕が思わず口にすると、チョリオは胸を張って答える。
「そーっすよ! 頑張って貯金したっす!」
「頑張ってこれって……どうなのよ……」
僕は呆れ半分でつぶやく。
「じゃあ、これはお前ので間違いないな?」
門番が念を押すと、チョリオは即答した。
「そーっす!」
門番はバッグをチョリオに手渡す。
チョリオはそれを大事そうに胸に抱え、
満面の笑みを浮かべていた。
これで一件落着……」
僕が胸をなでおろしかけた、そのときだった。
「うぇ~い!
つーかこれマジで終わりじゃねーっすからね~?」
チョリオがにやっと笑いながら口を開いた。
「オレシー的にはぁ~、
ここガッツリ損害賠償してもらわんと、
マジ困っちゃう案件なんすよ!」
「……いくらだ?」
ガイルが眉をひそめる。
「え? 金? ちっちっち~、ちげーっすよ!」
チョリオは指を振りながら派手に首を横に振った。
「バッグとかそんなんじゃなくてえ~、オレシー、
ほんとは大都会までブイブイ連れてってもらう予定だったのにい~?
荷物ぶっ飛んでキャンセル食らったんすよ! マジ草っしょ!」
「嘘くさい……」
僕は小声でつぶやく。なんか嫌な予感しかしない。
「で、で! そんなんオレシーの人生設計狂うレベルなんでぇ~
……ここは兄貴ズが責任とって、
オレシーをダッカールまで同伴してくれるってのがぁ~、
まぁ世間的に見ても大正解っしょ? おけまるっしょ?」
チョリオが身振り手振りでぐいぐい迫ってくる。
「だからオレシーをダッカールまで連れてって欲しいんすよ~!
マジで! オレシー、超役立つタイプっすから!」
「役立つ……?」
僕は疑いの目を向ける。
「もっちろんっすよ!
たとえばぁ~、場を盛り上げるトーク!
それから女の子と仲良くなるムード作り!
これぜーんぶオレシーにお任せっす!」
「冒険で役に立つ要素がひとっつも無いですぅ~」
フローラが心底めんどくさそうにぼやく。
「……不要」
ヒューは冷たく切り捨てる。
「荷物これだけでしょ?」
僕はバッグを指さした。
「イエス! 荷物少ない=フットワーク軽い=最強っしょ?」
「逆に頼りなさすぎですぅ~」
フローラがげんなりして首を振る。
「大体、冒険って危険なんだよ? 戦えるの?」
僕は食い下がる。
「戦うのはオレシーのキャラじゃないっしょ?
でも! 仲間のテンションは絶対上げる!
ほら、“士気”って大事っしょ!?」
「うるさいって意味で逆に下がると思うんですけどぉ~」
フローラがため息混じりにぼやく。
「……寝てる間に盗まれそう」
ヒューが冷たく呟く。
「オレシーそんなキャラじゃないっすよ!
むしろ寝てる間に子守歌とか歌ってあげちゃうタイプっす!」
「いらないですぅ~」
「あと、女の子に声かけるの禁止だからな」
僕が釘を刺すと、チョリオは
「ぐっ」と固まったがすぐに笑顔を取り戻す。
「……じゃあせめて挨拶だけはセーフっしょ?」
「ダメ」
「じゃあ目配せは?」
「それもダメ」
「いやいやいや、オレシー目力で生きてる男っすよ!?
目配せ禁止は人権侵害っしょ!」
「……未来が不安」
ヒューは頭を抱える。
「俺も正直……無理だと思う」
僕もはっきり反対した。
しかし、他の仲間たちは意外と穏やかだ。
「まあ、オレも村を飛び出した口だからな」
バルクが頭をかきながら言う。
「困ってる奴を見捨てるのもどうかと思うぜ?」
「俺も家を出たときは……似たようなもんだった」
ガイルも少し考えるように言った。
「……ただし責任は発端の二人が負うべきだな」
「発端の二人?」
僕が聞き返すと、ガイルが視線をすっと横に流す。
そこには、矢を撃ったヒューと、「撃ってみれば?」と言った僕自身。
「……一生の不覚」
ヒューが小さく呟いた。
「ま、わたしはどっちでもいいけど」
ミナは肩をすくめる。
「だからオレシー的にはー!
チームに入れてもらってもマジ問題ないっしょ!
むしろ華やぐっしょ!」
チョリオは無駄にハイテンションでぐいぐい食い下がる。
「……フィリオ。お前が決めろ」
ガイルが僕を見据える。
「おう、ここはお前に任せるぜ!」
バルクもニヤリと笑う。
「えぇ……なんで僕が……」
僕は泣きそうになりながらも、みんなの視線を受けて肩を落とす。
「じゃ、じゃあ……チョリオ、一緒に来てもいい。
ただし! 明日の朝早く出るから。遅れたら置いていくからね!」
「うぇ~~~い! マジ感謝っす!
オレシー、明日は死んでも寝坊しないマンになるっす!」
チョリオはジャンプして両手でダブルピース。
「……いや、死なれても困る」
ヒューが低く突っ込む。
宿屋で一泊の手続きを済ませた僕たちは、
いつものようにエルおばさんのレストランへ。
「あれ? 今日ダッカールへお帰りじゃなかったんですか?」
看板娘のリーチェが首をかしげる。
「ええ、まあちょっとトラブルがありまして……」
僕が答えると、奥からエルおばさんがニヤリとした顔で現れた。
「あたしのことが恋しくて戻ってきたんだろ?」
(オエーッ!)
僕の心の中の叫びが伝わった瞬間──
ガイル、バルク、ヒュー、そして僕、4人の頭に一斉にお玉が直撃した。
「いってぇ!」
「ぐはっ!」
「……」
「痛っ!」
そうだ、この人、心を読めるんだった……。
どうやら他の三人も同じことを考えていたらしい。
僕らは揃ってたんこぶをさすりながら料理を取って席についた。
その横で、ミナとフローラは容赦なく
山盛りの料理を皿に積み上げている。
「ダイエットは?」僕が尋ねると、
「今日は消費したから大丈夫!」ミナが即答し、
「今日はランニングして代謝が上がってるから問題ないですぅ~」
フローラが笑顔で返す。
(どうせ甘いものは別腹とか言ってまた食べ過ぎるんだろうな……)
僕は小さくため息。
食事がひと段落すると、僕はそっとヒューに顔を寄せた。
「ねえ、トマの町って……裏門とか、抜け道とかなかったよね?」
「……ないな」
ヒューも同じように小声で返す。
「じゃあさ……こっそり夜に町を出るとか、できないかな?
チョリオを置いて……」
「……無理だ。門番が交代で巡回してる。
……抜けようとすればすぐ見つかる」
「うーん……でもさ、もし全員で夜明けにこっそり出発すれば──」
「……気配察知だけはやけに鋭そうだ。……絶対ついてくる」
「マジか……」
二人して溜め息をつく。
「……腹をくくれ」
「えぇ……」
チョリオをまかなくてはならない計画は、あっさり却下された。
こうして僕たちは宿へ戻り、
翌日の早立ちに備えて早めにベッドへ潜り込んだ。
だが、目を閉じると──
「うぇーい!明日は死んでも寝坊しないマンっすから!」
というチョリオの声が耳にこびりついて離れなかった……。
おっと、ここまで読んでくれのかい、ありがたいねえ。
面白かったなら、ついでに“いいね”とブックマーク、押してくれたら嬉しいってもんさ!
別に無理しないでおくれよ。でも、あたしはちょっと喜ぶんだ。
by エルおばさん
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