第29話 紅炎に映る絶望
子爵級魔人ヨードとその配下を相手に熾烈な戦いを繰り広げた。
「ユディキウム・イグニス」「ワンショット・ワンキル」の一撃で
紅炎と烈風が戦場を覆い尽くし、騎士級二体は瀕死に、
ヨードさえも半身を焦がされ膝をつく惨状となった。
焼け焦げた大地に残ったのは、
戦いの爪痕と、なお冷めやらぬ緊張の余韻。
――だが。
空気が震えた。
大地の奥底から響くような、重低音の脈動。
熱風と土煙を切り裂き、戦場に新たな気配が満ちる。
先程のヨードが現れた時の静寂など、比べ物にならない。
空間そのものが押し潰されるような圧迫感。
勇敢な冒険者たちでさえ、無意識に膝を折りそうになる。
黒き亀裂が走り、そこから溢れ出すのは濃密な魔の瘴気。
その中を歩み出たのは、四体の騎士級魔人。
しかし彼らの威容すら、影に過ぎぬ。
その後ろから現れたのは――。
全身を漆黒の甲冑で覆い、その輪郭すら闇に溶け込む巨躯。
兜の隙間から覗く双眸は、
溶岩のように赤々と燃え滾り、ただの視線で大気を灼いた。
「下らぬ小競り合いの匂いがすると思えば」
低く、重く、地響きのような声が戦場を揺らす。
クリプトン――かつて伯爵級筆頭にまで昇り詰めた古参の魔人。
魔王軍の先鋒を担い、数々の戦場を血で染めてきた古強者。
その名は、敵味方問わず戦慄をもたらす。
「くくっ……。その焦げた姿、我が目を楽しませてくれるな」
ヨードの焦げた姿を見下ろし、
鼻で笑うと、ただ立つだけで地面がきしんだ。
(ここから第十五波) 敵総戦力 ブラックオーク兵100体
スケルトンナイト100体 デスアーチャー60体 デーモンエリート30体
サイクロプス4体 ミノタウロスチャンピオン2体
以上全て上位種 全軍出現
子爵級魔人1体 騎士級魔人4体 (ネオン ラドン キセノン アルゴン)
「ほう……その技、見覚えがあるぞ」
黒き甲冑を纏った巨躯――
クリプトンが、炎と風の残滓が揺らめく戦場で静かに立ち止まる。
鋼鉄の足音が石畳を震わせ、地鳴りのように響いた。
その視線は、まるで敵意ではなく、
獲物を見定める猛禽のように鋭く、冷たくエプシロウを射抜いた。
「かつて勇者が振るった技と、よく似ている。
……貴様、勇者なのか?」
低く、重い声が戦場の空気を切り裂く。
周囲の魔物たちも自然と距離を置き、息を潜めるように止まった。
エプシロウは静かに首を振る。
「違う。勇者は……我が流派から技を伝授されたと聞いている」
冷静な声に迷いはなく、むしろ余裕すら漂わせている。
クリプトンは一歩踏み出すだけで、地面が軋む。
「……なるほど。そうか、つまらぬ」
口元が歪み、心底退屈そうに吐き捨てる。
「また勇者と刃を交えられると思ったのだがな。幻滅だ」
その声には嘲笑と侮蔑が混じり、戦場の空気すら凍りつかせる。
一瞬の沈黙。火と煙の間に二人の呼吸だけが響く。
クリプトンの赤く燃える瞳が、エプシロウを計り、次の一手を探る。
エプシロウもまた、静かに構えを取り、闘気を指先に集中させる。
興味を失ったかのように片手を振り下ろすと、
背後の騎士級魔人たちに命を下す。
「――ネオン、ラドン。あの男を討て。
キセノンとアルゴンは……そちらを相手にしろ」
その赤黒い指先が、ミドルガードとカサドール・ゲレシヤを示す。
「犬どもを総動員いたしても、囲める輪はひとつきりにござるな」
ガンマが槍を大きく振り払いつつ前方を見据えた。
その姿勢ひとつで、周囲の魔物たちの注意を引きつける。
「それでも……三分の一ほどしか囲い込むこと叶いませぬな」
デルタが静かに補足する。
二人の声がそろって戦場に響き、聞く者に冷静さを強いる。
「お前ら……よくそんな悠長に話せるな」
アルファが舌打ち混じりに呟き、荒々しく槍を握り直す。
「親分、悠長だなんて言うてはなりませぬ。
こうして囲いを作るのも計略どすえ」
ゼータが軽やかに鞭を振るう。戦場の熱気にそぐわぬ優雅さであった。
「そりゃあわかっちゃいるが……お前はいつも小うるせぇな」
アルファが苦笑を浮かべつつも、仲間の動きを確認する。
「うふふ、親分のぼやきは毎度のことどすえ」
ゼータが小さく舌を出すと、アルファは軽く目を細める。
「ちょっと待ちな、ベータも黙ってんじゃねえぞ!」
アルファが振り向くと、
ベータは元気いっぱいに笑いながら手を上げる。
「はいはいっ!罠はバッチリ張っとくからねーっ!」
「……お前の元気が、たまに戦場で迷惑だ」
アルファが呆れ混じりに返すと、
ベータは肩をすくめてにこやかに笑った。
「双子ゆえにござる。喜びは二つ倍に、悲しみは半分にて候」
声をそろえて返す双子の飄々とした態度に、アルファは苦笑する。
「……くそ、俺も五つ子くらいで生まれたかったぜ」
ぼやきながらもアルファは身構える。
戦場の風を切る槍先に、彼の覚悟が見え隠れした。
しかし視界の先、アルファの背筋に冷たいものが走る。
こいつ……ただの騎士級じゃねえ。
力も速さも、男爵級に片足突っ込んでやがる……。
そしてあの親玉――クリプトンは……
間違いなく伯爵級の化け物!
俺でさえ……震えが止まんねえってのによ……!
アルファの眼前に立ちはだかるのは、
鋭い殺気を纏った魔人・アルゴン。
その存在感だけで大地がわずかに震え、風がざわめく。
アルファは思わず踏みとどまり、
剣先を少し前に出して防御を固める。
「――だが、ここで引くわけにはいかねえ」
低くつぶやき、アルファは背筋を伸ばす。
目の前の強敵を前にしても、その荒々しい呼吸はぶれることなく、
戦場の緊張感を自ら背負い込んだ。
ゼータとベータはそれぞれ戦場の一角で援護を整え、
冷静かつ軽やかに彼を支えていた。
周囲には魔物の呻き声と、戦場を切り裂く槍の軋む音が重なり合う。
それでも、アルファは目の前の一歩も退かず、
双子の冷静な声を背に戦う覚悟を固めていた。
「ガハァッ――!」
ガイルの体が、漆黒の大剣を振るうキセノンの一撃を受け、
宙を舞った。地面に叩きつけられる衝撃で、周囲の砂や小石が舞い上がる。
息が漏れ、胸の奥が締め付けられるようだ。
「ゴホォッ!」
バルクもまた盾ごと吹き飛ばされ、転がる。
重厚な鎧が地面に叩きつけられる音が鈍く響く。
地面の石畳が亀裂を走り、戦場全体が振動した。
「障壁、回復……!」
フローラは必死に光を手に集め、仲間に癒しの魔力を注ぐ。
だが敵の圧力は凄まじく、光は瞬く間に消えそうになる。
目の下に疲労の影が濃く落ち、手が微かに震える。
ミナとヒューは、先ほどの大技の反動で魔力を使い果たし、
膝をついたまま荒い息を吐く。顔色は蒼白で、立つのがやっとだ。
手から滴る汗が、甲冑や服を濡らす。
「……まだ、立てるか?」
ガイルは呻きながらも、歯を食いしばる。
振り返ると仲間たちの苦境が目に入り、胸が締め付けられる。
「……問題ない!」
ヒューが声を振り絞る。
手にはわずかに残った魔力が光を帯び、戦意を支える。
「フローラ……力を!」
ガイルが必死に叫ぶと、フローラはうなずき、
全身の力を振り絞って光を拡散させる。
癒しの光は仲間を包み込み、かろうじて体力を回復させる。
戦場は凄まじい音と熱気に包まれ、
敵の気迫と圧力が絶え間なく押し寄せる。
しかし、仲間たちはまだ諦めず、
立ち上がるために互いの力を信じて前を向く。
その様子を目にしたエプシロウがキセノンへと挑発を仕掛ける。
戦場の熱気と混乱を一瞥し、深く息を吸い込む。
「相手は俺だ……かかってこい」
低く、冷徹な声で挑発する。
その眼光は揺らがず、戦場の空気を張り詰めさせた。
だが、その瞬間、横合いから鋭い連撃が迫る。
ネオンの漆黒の槍とラドンの黒刃が、風を切る音を伴って交錯し、
狙いはエプシロウ――
正面を固める暇もない。
「くっ……!」
エプシロウは瞬時に身体を転(まろばし、
滑るように槍と刃をかわす。
刃先がかすめ、火花が飛ぶ。砂煙と血の匂いが鼻をつき、
足元の石畳が微かにひび割れた。
しかし、二体の巧妙な連携に、戦線から敵を引き剥がす余裕はない。
エプシロウはわずかに後退し、角度を変えて間合いを調整する。
「このままでは……!」
鋭い呼吸とともに、冷静さの奥に焦りがちらりと滲む。
額に汗が光り、指先に力を集中させる。
戦場全体の空気が、再び緊張で震えた。
敵の視線、魔力の波動、仲間の苦痛――すべてが彼を押し潰そうと迫る。
だが、エプシロウの瞳は揺るがず、次の瞬間を見据えていた。
ここまで読んでくれた読者諸君、感謝する。
物語の中で交わされた戦いと選択――その一つ一つを、
君たちも感じ取ってくれたなら幸いだ。
もし共鳴する部分があったなら、ブックマークや感想でその証を残してくれ。
次章への力となる。
by ガイル
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます