第24話 雨に裂かれる夜

雨は次第に本降りとなり、足元は滑りやすくなる。

地形も険しく、予定ルートを進むのは危険だ。

「バルク、道に迷わないように目印を頼む」ガイルが低く声をかける


バルクは黙って布を取り出し、異なる色の布を本線から逸れた脇道に結びつける。

雨で濡れた布が風に揺れ、パタパタと音を立てる。


しばらく進むと、岩肌のテラス状の場所にたどり着く。

雨粒が岩を叩き、滑る音が耳に響く。

「ここで一息つこう。雨はまだ止みそうにない。

俺はルートと地形の確認をしてくる」

ガイルが視線を巡らせながら告げ、雨の中を歩き出した。




みんなは背負っていた荷物を下ろす。

「じゃあとっとと飯の支度すっぞ」バルクが声を張る

「わかったわ」ミナが手早く応える

「わたしも手伝いますぅ~」フローラが笑顔で加わる


僕とヒューは手持ち無沙汰で立っていた。

ヒューが少し離れて周囲を確認する。

「……木々の奥に、見えにくいけど洞窟がある」

ヒューが低く報告する


僕は木々をかき分け、洞窟の中に足を踏み入れた。

中は奥行き四、五メートルで、六人が一晩雨宿りするには十分な広さだった。

明かりをつけると、奥は行き止まりになっていた。

ヒューは奥の石の配置に興味を示し、あちこち触れている。


「何見てるんですか?」僕が声をかける

「……人為的だ。祭壇のようなものだな」

ヒューが石をじっと見つめながら答える


僕は周囲の石を整理し、床の祭壇らしき大きな岩に触れる。

すると淡い光が放たれ、魔法陣が展開された。


「えっ……!」僕は思わず声を上げる

ヒューも目を見開く


壁に転移ゲートのような光の扉が現れた。


「ヒューが触っても大丈夫だったから……」と僕が動揺する。


「……フィリオ、下がれ!」ヒューが叫ぶと何かが飛び出してきた。


ゴブリンが複数、ホブゴブリンも混ざり壁の

ゲートから飛び出してきた。

「……みんなを呼べ!」ヒューが冷静に指示する

「でもヒュー……」僕が慌てて叫ぶ

「……早く!」ヒューが声を荒げる


僕は迷わず洞窟を飛び出した。雨粒が顔を打ち、

泥で足元が滑るが、仲間たちはすぐそこだ。

「魔物が! ヒューが一人で!」僕が叫ぶ


仲間たちは顔を引き締め、それぞれ装備を握り直す。

「どこだ!」バルクが声を張る


洞窟の入り口では、ヒューが弓を構え洞穴の入り口で戦っている。

いやあれは打根という弓を使った戦闘術なのだろう。

「俺が前に出る!」バルクが叫び、豪快に斧を振り回す。

ヒューは少し下がり、冷静に装備を見直す。

そして変化してはず槍となった弓で、迫る魔物を迎撃する

その動きは、静かでありながら正確無比だ。

周囲には倒れた魔物の姿が点在し、雨に濡れた戦場は

緊張感に包まれていた。



闇の奥から、湿った足音が連なる。

すでに周囲には、三十を超えるゴブリンの死骸と、

膂力で押し込んできたホブゴブリンの巨体が四つ、

折り重なるように倒れていた。

血と焦げた肉の匂いが川風に乗り、吐き気を誘う。



(ここから第一波)

敵総戦力:ゴブリン40体/ホブゴブリン6体

20分ごとに1/4ずつ出現



「はぁっ……まだ、終わりじゃない」

ミナが吐息をつきながら振り返る。指先の魔力はまだ燃えていたが、

闇の奥でうごめく気配は消えていない。


やがて、洞穴から新たな影がぞろぞろと現れた。

ゴブリンが八、ホブゴブリンが二。

泥に濡れた足で大地を踏み鳴らし、血に濡れた刃を振りかざす。


「っしゃあ!」

バルクが吠え、巨盾を振りかぶって突進を受け止める。

骨と肉がぶつかる衝撃音が夜に弾け、後方へ押し返した。


敵を蹴散らした後も、湿った洞穴の奥で、

また別の気配が蠢いている。



(ここから第二波)

敵総戦力:ゴブリン30体/オーク兵20体/スケルトン兵20体

20分ごとに1/4ずつ出現



「まだ出てくるわよ!」

ミナの声が、張り詰めた空気を突き破った。


姿を現したのは、ゴブリン八、オーク兵五、

さらに骸骨に鎧をまとったスケルトンが五。

目の奥に炎を宿すように、ガチャガチャと

不気味な音を立てて迫ってくる。


「第2波かよ!」

バルクが盾を前に叩きつけ、勢いそのまま押し返した。

その巨体を支える腕は震えていたが、決して折れてはいない。


「バルク! いくわよ!」

「おう!」

ミナの詠唱が完了し、紅蓮の火球が放たれる。

轟音とともに炎が洞穴前を覆い、群れをまとめて焼き尽くした。


集まっていた魔物たちは炎の餌食となり、

三十体を超える死骸が炭と化す。

だが――。


焼け焦げた臭いの向こうで、また足音が始まっていた。

コツ、コツと乾いた骨の響きが重なり、

洞穴の奥はなお、果てのない暗黒を孕んでいた。


夜はすでに完全に支配されている。

魔物の出現は止まらない。



(ここから第三波)

敵総戦力:オーク兵20体/スケルトン兵8体/

オークナイト8体/リザードマン8体/スケルトンアーチャー16体

20分ごとに1/4ずつ出現



「ま、また出てきますぅ〜!」

フローラの声が震えた。


闇から飛び出したのは、オーク兵五体、スケルトン兵二体。

さらに重鎧をまとったオークナイトが二体、

鱗に覆われたリザードマンが二体。

奥からは骨の弓を構えたスケルトンアーチャーが四体、

無言でこちらを狙ってくる。


「――シュッ!」

フローラの額に狙いが集まった瞬間、矢が走った。


だが次の瞬間、矢は弾け飛ぶ。

ガイルの剣が残光を残しながら、射線を断ち切っていた。

「後衛を狙わせるか!」


彼は弾かれた矢の残骸を踏み越え、急ぎ戻ってくる。

「ヒュー! ポジション交代する! 

すまん、遅くなった! 状況は!?」


前衛にいたヒューが、短く答えた。

「……スタンピードじゃない……ゲートが、開いた」


「はぁ!?」バルクが絶叫する。

「ゲートって、封印が解除されたってこと!?」

ミナが息を呑んで問い返す。


「……いや、わからない」

ヒューの言葉は不確かで、だが確信めいていた。


「僕が石を触ったら……」と言いかけた瞬間、

ガイルの声が鋭く全員を断ち切った。


「――プランAのフォーメーションだ!」


ガイルが次々と指示を飛ばす。

バルクは盾役兼サブアタッカー。敵の攻撃を防ぎつつ

ノックバックで押し返す、機を見て斧で叩き潰せ!

俺は前衛で単体制圧、小範囲の斬撃で戦線を維持する!

ヒューは中衛。前線の取りこぼしを叩け! 

大技は温存、だが必要なら一撃で流れを変えろ!

ミナは後衛火力。群れが固まったら焼き払え! 

詠唱を中断するな!

フローラは回復と支援。バフを切らすな!


「みんな――作戦通りにいこう!」

ガイルの声は闇を断ち、仲間たちの目を一瞬で戦場に縫い止めた。


次の瞬間、オークナイトの咆哮が轟き、

リザードマンが舌を鳴らしながら突進してきた。

第三波――本当の戦いの幕が開いた。



(ここから第四波)

 敵総戦力 ゴブリン20体 ホブゴブリン20体 

スケルトン兵20体 オーガ8体 

以上全て上位種)20分ごとに4分の1ずつ出現


 再び、洞穴の奥から唸り声が響いた。

 次に現れたのは――ゴブリンやホブゴブリン、

スケルトン兵に加え、巨躯のオーガ。すべてが上位種、

武具も以前の群れよりはるかに整っている。

 雨脚がさらに強まり、土砂降りとなった夜闇を雷が裂く。


「明らかにさっきの奴らより上位種だ! 

装備も整ってやがる!」バルクが吠える。

「ああ……厄介だな!」ガイルも短く応じる。


「ガイル、斥候した感じは?」

「すぐ先に雨で川が出来ていた!

これ以上長引けば増水して渡れなくなる。

ぬかるんで素早い移動も難しい」


 雷鳴に掻き消されそうな声で、二人は短く情報を交わす。


「ある程度削りながら移動か?」

「……撤退しつつ荷を回収して渡河だ!」


「……俺がやるか?」

「いや、まだだヒュー!」ガイルは首を振る。


「ならわたしがデカいの一発お見舞いする?」

ミナが髪を振り払う。

「ああ、頼む!――フローラ、バリアだ!」


「いつでもいいですぅー!」フローラが杖を掲げ、

前衛二人に光の障壁を展開する。


「よし! ヒューは一旦最後方! 

フィリオと荷を回収して川まで護送しろ!」

「……分かった!」


 ヒューが先頭に立ち、僕と荷を抱えてぬかるむ斜面を下る。

泥水が跳ね、視界が揺れる。背後ではミナの叫びが轟いた。


「――エクスプローシブ・ファイア!」


 爆炎が夜闇を赤く塗りつぶし、爆風が敵を弾き飛ばす。

しかし――「……雨で威力がいつもより弱い!」

ミナが顔をしかめた。


「いまだ! 全員、行け!」ガイルの号令が響く。


 荷を抱え、川を渡る。増水で流れが速く、

泥に足を取られる。フローラとミナも必死に後に続く。

 その間に、ガイルとバルクが立ち止まり、

迫る魔物の群れを受け止めた。


「バルク! 荷は置いていけ!」

「ちっ……分かった!」


 だが、追っ手は早くも追いついていた。

 まるで湧き出るように、魔物の出現速度が

先ほどより明らかに早い。


 そのとき――奥の暗闇を裂いて、巨体が現れた。

 双角を生やし、血塗られた斧を握る人型の怪物。


「……ミノタウロス!」


「俺っちが止めておくッ!」バルクが咆哮し、斧を構えた。

「くそっ!」ガイルも再び前へ戻り、バルクと肩を並べる。


 雷鳴が轟き、戦場の空気はさらに凍りついていった。


(ここから第五波 敵総戦力 オーク兵20体 

オークナイト20体 スケルトン兵20体 

ミノタウロス1体)

20分ごとに4分の1ずつ出現



洞穴の奥から、低く響く咆哮が轟いた。

 現れたのは――オーク兵五体、オークナイト五体、

さらにスケルトン五体。そしてその後ろから、

角を天井に擦らせながら迫る巨影。ミノタウロスだ。


「……来い」

 ガイルが剣を握り直す。


「……フィリオ、ここで待っていろ」

 ヒューが短く言った。その声音は、いつもの淡々

とした調子ではなく、わずかに張り詰めている。


「このままじゃキリがない!

ゲートをどうにかするしかない!」

 ガイルが叫ぶ。


「分かってる!」

 ミナとフローラも川を駆け戻り、

戦列に加わる。火花が散り、癒しの光が迸る。

ヒューは、仲間の背を見ながらひとり最後方に下がった。

その最中、轟く雷鳴とともに川岸がわずかに崩れた。

増水した川が壁を削り、じわじわと流れを荒げていく。

……嫌な胸騒ぎが走った。


 


「……やむを得ん。ヒューあのゲート塞げるか?」

「……やってみる。……フローラ、いいか?」

「ヒュー、いつでもいいですぅー!」


 ヒューは頷くと、手にしていたはずの槍を地面に突き立てた。

 金属の響きとともに、槍の両端が分割され、

中央から湾曲した木の肢が展開する。

弦がきしみを上げて張り渡され

――武器は、異形の弓へと換装した。


 彼は取り外された一本の矢を取り出す。

矢尻を付け替え、軸を換え、羽根を差し替える。

どれもが魔道具であり、用途に応じて組み合わせを変える

ことができる特別製だ。

「火は減衰する……水も効かん。土だ」

「……衝撃は駄目だ。貫いて、爆ぜる」

 低く呟き、矢尻を握り直す。

 そして矢をつがえた瞬間、

ヒューの体から淡い光が立ちのぼる。

 全身に力を巡らせる「超身体強化」。

 狙いを狂わせぬ「精密命中魔法」。

 引き絞った弓には「風の加速」。

 さらに矢には「減速」「停止」「反転」

の魔法を上乗せし、撃った後に必ず回収できるようにする。

 六つの術式が重なり、矢は淡く震えながら光を帯びた。


「――ワンショット、ワンキル」


 弓弦が軋みを上げて解き放たれた。

 矢は空気を裂き、一直線に洞穴の闇へ吸い込まれる。


 次の瞬間。

 洞穴の直線上にいたミノタウロスの腹に穴が穿たれ、

背後に控えていた魔物ごと薙ぎ払った。


 轟音。 「ドガアァァァァ!」

 洞穴の入口が炸裂し、周囲の岩壁が吹き飛ぶ。


「す、すご……!」

 思わず声が漏れる。


 だが、ヒューはその場に膝をついていた。

 一射で、体力と魔力をほとんど削り取られたのだ。

突然ヒューはハッとした顔でこちらに振り返る。

「――っ、フィリオ、逃げろ! ……崩れるぞ!」


 彼の叫びと同時に、上流から轟音が重なった。

 土砂と折れた木々を巻き込みながら、

土石流が川を奔流となって押し寄せてくる。


 川岸の向こうで避ける準備はしていた。

だが枝に足が絡み、体勢を崩す。

 仲間たちの声がかすかに届いたが、

視界は闇に飲まれていく。


 ――そして僕は、意識を失った。



ここまで読んでいただき、ありがとうございます。

もし少しでも続きを読みたいと思っていただけたなら、

ブックマークや感想が力になります。

皆さんの応援が、物語を進める大きな支えです。

by フィリオ

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