第10話 後編 それぞれの休日
時は群雄割拠の三国時代、各々が己の技量と戦略をぶつけ合う、
英雄たちの戦いが今まさに始まろうとしている──。
舞台は町からそう遠くない清流のほとり。ここが、我らが釣り勝負の戦場だ。
「おぉ~ここか? 結構いそうだなあ!」
「そうね、悪くないわ」
「場所はどうしますか?」
僕は二人を見ながら声をかける」
「任せるわよ」
「俺っちはどこでもいいぞー!」
――心の中で、僕は思った。
多分ミナとバルクの鮎釣りは素人レベルだ。過去のデータから鑑みるに、
彼らに負けることはまずないだろう。
ここはまさに群雄割拠の三国時代。
僕はフィリオ曹操……いや、フィリオ孟徳?か。ようわからんけど……。
ククク、この勝負、貰ったも同然だ。釣りギルド職員(勤続約2年)の名にかけて!
長年培った経験と知識でマウントを取って良い場所をゲットするのだ!
ヌハハハ!我に挑んだ事後悔するがよい!
「えーと、ではお二人はそこからそこ、ここでお願いしますね」
僕はポイントを指さし決定した。
「おう! 砂や泥も溜まってなさそうだし、なかなかいいポイントだな!」
バルクは満足そうだ。
「え? おや?」
僕は何か違和感を覚えた。
「わたしのところはカケアガリね!」
ミナがさらりと言い放つ。
「アレ? なんだか詳しい?まさか知恵者がついてがいるのか?」
「お、お二人とも、なんか詳しいですね……」
僕は少し戸惑った。
「いや昨日な、酒食材屋のやつがよ。偶然隣で飲んでてな、
意気投合して盛り上がったんだよ。名前は確かショーユー?だったぜ!」
バルクはどこか得意げだ。
「ショーユー? しょーゆー? 周瑜か?!
となると……」
僕は思わず心の中で美周郎の名前を叫ぶ。
「あー、こう見えても俺っちの実家は、兄貴が継いだが漁師の三代目だぜ!
俺っちは冒険者になっちまったけどな! ガハハハ!」
バルクは豪快に笑った。
「呉の孫家かよ!」
「わたしは昨日、道具屋の奥さんに聞いたわ。なんだか詳しそうだったから。
名前はジョーショさんよ」
ミナは淡々と答える。
「す、するとジョーショ……じょしょ? 徐庶!」
蜀の劉備か!軍師を得た後の安定感を考えると、手強いぞこれは!
「ねえ~、いつまでも喋ってないでそろそろ始めよ?」
ミナがゴソゴソと準備しながら、上目遣いで催促してくる。
「よっしゃー! 一匹目釣れたぜー!」
バルクが声を張り上げる。
「竿も仕掛けもやつの弟のコーガイに準備してもらったからバッチリだぜ!」
「こ、コーガイってやっぱ黄蓋だよな……」
僕は思わず小声でつぶやいた。
「わたしだって……よいしょ!」
ミナも力を込める。
「そ、それは?」
僕は釣り具に目を向けた。
「昨日、道具屋で金貨30枚で手に入れた、高級ミスリル製スペシャル
釣り具セットよ。腕がなるわ!」
ミナは誇らしげに見せつける。
「つ、釣りはぁ、道具じゃなくてぇー、腕の違いをー見せつけてやるぅー!」
僕は震え声で意気込む。
「そうだ、缶ジュース持ってきたぞ。ミナ、フィリオ、ホレ!」
バルクが取り出す。
よ、よし、動揺してちょうど喉が渇いてたから、
「いただきます!」
そう言った瞬間、僕はむせてしまった。
「ブッゴホッ! 固形物?」
「えー、なにこれえー、ちょっと(苦)って書いてあるわよ?
肉缶じゃない、もー!」
「う、ううん? 肉缶、苦……苦肉の策……?」
僕は意味不明なことを口走る。
「あーいけね、それ昼飯用だ。わりーわりーこっちだったわ」
バルクは慌てて缶を差し替えた。
――数時間後――
釣果は、僕が12匹、バルクが10匹、ミナが11匹だった。
「ちっ、アタリが止まったな」
バルクが舌打ちする。
「ポイント変えようかしら?」
ミナは川の流れを見ながら提案。
「な、なんとか釣りギルド職員としてのメンツは……
よし、このままリードを保って、僕もあの桟橋のポイントに移動しようっと」
そう思い移動した瞬間、足元が何かに絡まり、鉄の輪っかと木の繋ぎ目に
釣り糸がぐるぐる巻きになった。
「わ、わあっ!?」
ズボッと足が腐った板の隙間にハマってしまった。
「こ、これは……もしかして連環の計か?」
僕は焦りながらも冷静さを保とうとする。
「そして次に来るのは……あれだよな」
「ちょっと何やってるのよ、仕方ないわねもう」
ミナが近づいてきて呆れたように呟く。
「うーん、なかなか抜けないわね、絡まっててほどけないし、
もう焼くしか無いわね」
「待て待て待てーい!」
僕は必死に叫ぶ。
「ファイア!」
ーーすると瞬間、東南の風が突然ヒューと吹いた。
なるほど諸葛亮ポジションはヒューか、場面は違うけどまあ一応お約束ってことで
「ゲェッ孔明!」
僕の声にバルクも慌てる。
「お、おい、下、下!燃えてるぞ!」
「ちょっと! 昨日の夜はもっとゆっくり丁寧にしてくれたじゃないですか!」
僕は怒り半分で抗議した。
「分かったから動かないで!角度を変えたり、
強弱をつけたり、刃が当たらないように気をつけたり……
繊細な感覚が必要なのよ!」
「昨日はまるで天国みたいでこの人すごいって感心してたんですからね!」
「アレ? いつの間にお前らそういう仲に……」
「ななな、何誤解されるようなこと言ってるのよ!」
消火活動も終わり、僕はぼんやりと自分のビクの中を覗き込んだ。
「ああ、僕の魚も焼けてしまった……」
近くにあったツツジの枝で焼けたズボンの周囲をグルリと囲む。
「レンジャーみたいね」
「そろそろ休憩すっか?昼飯も焼けたことだし」
食事を簡単に済ませ、後半戦、気を取り直して勝負を再開する。
釣果0からのリスタート。誰がこの展開を予測できただろうか?
この局面を打開する天才軍師は? 王佐の才は?
猫の手も借りたいこの状況……いや、ここで諦めるわけにはいかない。
歴史を彩った名将たちは、もっと絶望的な戦局からでも勝利をもぎ取ってきたのだ。
ああ……もう、この際郭図でも、いややっぱやめとこう。
む?そ、そうかまだ手はある!
ピコーんと何かが閃いた。
「僕は木だ、木だ、木になーれ……」
ツツジをさらに体中に纏わせる事で木と一体になる。
「おお?フィリオが……!?」
「木になってるわ?!」
フフフ……まあこれだけ木で着ぐるみだからなー、って
驚くのはまだ早いぜお二人さん?
木と一体化し振った竿の先、無警戒の魚は針に食らいつく。
「ああ、鮎が木に……」
「吸い込まれていくわ!」
どうだ?これが秘技、木化けだッ!
「でもなんか取り込みでもたついてるわね」
「まああんだけ木を巻きつけてりゃ邪魔になるわな」
夕まずめが過ぎ、未練がましく竿を握っていたが、ミナが終了の宣言をした。
勝者はバルクだった。
「あーんもう結構イイ線行ってたんだけどなあ……」
「俺っちもヒヤヒヤだったぜ?なんせ飲み代がかかってるからな、ガハハハ!」
バルクは満面の笑みで、釣った魚を掲げてみせる。
僕は肩を落とし、涙をぬぐいながら竿をたたむ。くやしい、
でも悔しさ以上に酒代が恐ろしい。
「ほらフィリオ、泣いてねえで荷物持て荷物!」
僕はヨヨヨと泣き崩れた体を、ゆっくりと起こし、重たい腰を上げた。
川のせせらぎと、遠くで鳴く鳥の声。川面には残照が淡く揺れている。
それから僕たちは、本日の戦果を抱え、笑ったり冗談を言ったりしながら
町への道をたどった。
釣り勝負の興奮も、悔しさも、群青色の夕闇に溶けていくようだった
ここまで読んでくださり、本当にありがとうございます。
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