第4話 トマの町
焚き火のパチパチと弾ける音が、静かな森に溶けていく。
火の粉がふわりと舞い上がり、夜空の星々と一瞬だけ混ざるように見えた。
空気は澄んでいて、鼻先をくすぐるのは焦げた薪の匂い。遠くで梟が一声鳴いた。
トマの町までは、あと半日ほどの道のりだ。
旅の疲れを癒すため、ミドル・ガードの一行とフィリオは、
街道脇の開けた草地に野営を張っていた。
「明日には町だな」
ガイルが背の高い木にもたれ、夜空を見上げながら静かに言った。
炎の赤が、彼の顎の線を照らす。
その目は星を追っているようで、同時に遠い何かを見ているようにも思えた。
「トマって、どんな町なんですか?」
フィリオが尋ねると、ガイルは短く笑った。
「小さいが、冒険者の拠点にはなってる。物資の補給や情報収集には便利だ」
「前に護衛で行ったときは……釣りギルドなんてなかったな」
バルクが口を挟むと、「おれっち的には、うまい酒さえあれば十分だがな!」
と笑い、皮袋の酒をぐいっとあおった。
その仕草に、ヒューがじっと視線を向ける。
「……飲みすぎ」と言いかけたが、バルクはまるで聞こえていない。
焚き火のそばでは、ミナとフローラが鍋をのぞき込んでいた。
「今夜はパンと野菜のスープ。明日の朝に備えて、軽めにね」
ミナが木の匙でぐるぐるとかき混ぜる。
「えっとぉ〜、助かりますぅ……この辺り、夜はけっこう冷えますからぁ」
フローラが袖を胸元まで引き寄せ、焚き火に手をかざす。
少し離れた場所では、ヒューが弓を膝に置き、川面を眺めていた。
月明かりが水面に細い帯を作り、ゆらゆらと揺れている。耳を澄ますと、
小さな魚が跳ねる水音がかすかに聞こえた。
「明日は一度ギルドに立ち寄ろう」
ガイルが全員に向けて言った。「それから町で食料と水を補充して、山道に備える」
「この先の山道って、険しいんですか?」フィリオが問う。
「多少な。だが君が気にすることはない。俺たちが道を開く」
頼もしいその言葉に、フィリオは小さく頷いた。胸の奥に、じんわりと温かいものが広がる。
夜風がひんやりと肌を撫で、焚き火の温かさが一層ありがたく感じられる。
火を見つめていると、時間がゆっくり溶けていくようだった。
――七日間も野営を続けるのは初めてだ。最初は慣れない寝袋や夜の冷え込みに
戸惑ったものの、思ったほど苦ではなかった。むしろ、この静けさは悪くない。
それでも、明日は久しぶりに屋根の下で眠れると思うと、ほっと肩の力が抜ける。
「やっと、ちゃんとした屋根の下で寝られる……!」
「ベッド……ふかふかで……ああ、夢みたい〜♪」
ミナが両腕をふわふわと揺らしながら、不思議な踊りを踊り出す。
鼻歌までついてきて、妙に浮かれた様子だ。
「その踊り、お布団叩きながら歌ってるおばあちゃんみたいですね」
フィリオが思わずツッコむ。
「えー?これは“幸せの舞”よ!」とミナが笑うと、
焚き火の向こうでバルクまで吹き出した。
旅はまだまだ続く。それでも、こうして少しずつ、
この世界での“初めて”に馴染んでいける気がしていた。
やがて全員が言葉少なになり、それぞれの場所で夜を過ごす準備を始める。
星空の下、焚き火の火はしだいに小さくなり、やがて夜の闇に溶けていった。
⸻
翌日。
小高い丘を越えると、視界が一気に開けた。木々の間から、
素朴な石壁と小さな門が見える。トマの町だ。
「……見えてきたな」ガイルが短く呟く。その声に、全員の歩調が少しだけ早まった。
旅の始まりから、ちょうど一週間。その小さな町の佇まいは、なぜだか胸に沁みた。
木製の門には軽装の門番が二人。表情は険しくなく、春の日差しのような穏やかさがあった。
ガイルが証明書を差し出すと、門番の一人がそれを確認し、
「ご苦労さん。今日は風が強い、体を冷やさんようにな」と声をかけてきた。
形式的なやり取りの中にも、人の温かさが滲んでいる。それが何よりも旅人の心をほぐす。
町に一歩足を踏み入れると、ふわりと香ばしいパンの匂いが鼻をくすぐった。
古びた木造の家並みが、規則正しく並んでいる。石畳を踏むたび、
旅の実感が一層深まっていく。
「なんだか、いい町ですね」
フィリオの呟きに、フローラが柔らかく笑って頷いた。
「えぇ……こういう所、なんだか落ち着きますぅ」
通り沿いには、小さな雑貨屋、鍛冶屋、そして露店がいくつか。
色とりどりの果物や香辛料が並び、店主たちの威勢の良い声が飛び交っていた。
洗濯物が風に揺れ、子どもたちが走り回る笑い声が響く。
ほんのひとときだが、ここは確かに安らげる場所だ。
「まずは冒険者ギルドだな」
ガイルの声で、皆は再び歩き出す。目的地は町の中心部
――白い壁の建物、その扉の上には銀色の剣と盾の紋章が掲げられている。
こうして一行は、町の中心へと進んでいった。
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