ヒロインは、終われない ~ 百円玉で、胸キュン・ホームラン~

かつおぶし

第1話 願掛けをしたら、乙女ゲームに入りました


 花音かのんは、信心深い方だ。

 毎週土曜日は、お参りの日と決めている。

 地元の小さな神社で、普段もお参りは出来るが、赤い鳥居をくぐると、手水舎てみずやの水は止まっている。

 木の柄杓ひしゃくは置かれているので、右手に持って、毎回形だけ清めている。


  参拝客は、滅多にいない。

  四季折々のお祭りや行事が来ると、他県から神主さんが来て、務めを果たす。

  賑わうのは、そういった時と、お正月の三箇日だ。  

  けれど、先週の土曜日は、違った。 


  神社までは、歩いて三十分の距離だが、朝から曇り空で肌寒かった。

  赤いレギンスに、トップスはブルーの長袖シャツを選び、黄色い薄手のカーディガンを羽織って出掛けた。  

  花音の服のセンスは、なかなか奇抜だが、顔立ちを乙女ゲームのキャラに例えるなら、モブだ。

  真ん丸顔で、鼻は低い。二重だが、どこか野暮ったく見える。 

  髪は、子供の頃から伸ばしたことがない。


  その日、お気に入りブランド、ロベルタの赤いトートバッグを開けたら、何も入っていなかった。


  「うわぁ、どうしよう」


  気付いたのは賽銭箱の前で、花音は、肩を落とした。


 「やっぱり、一旦家に帰って、また来るしかないよね。明日は、用事があるし。お参りに来て、お賽銭だけ別の日にっていうのも、氏神様に申し訳ないよね」


 悩んでいたら、三歳くらいの女の子が近付いて来て、紺色のジャンパースカートのポケットから、ぴかぴかの百円玉を取り出した。


 「あげう」小さな右手を、いっぱいいっぱい伸ばして、手渡してくれた。


 「ありがとう」しゃがんで御礼を言うと、女の子は嬉しそうに笑って、くるりと背を向け、母親の所に走って行った。


 小さなポニーテールが、ぴょこぴょこ揺れて可愛いかった。

 参拝客は、その親子だけで、母親の方は、二十代前半だろう。

 お揃いの髪型で、桜色のシフォンワンピースが良く似合っていた。


 目が合って頭を下げると、にこっと微笑んでくれた。

 使って下さい、温かな視線がそう言っていたので、有り難く頂戴した。

 その優しい百円玉が、人生を大きく変える一枚になるなんて、想像も付かなかった。  


『乙女ゲームにあやかって、大恋愛がしたいです。氏神様、どうぞよろしくお願いします!』


 叶えばいいな~ぐらいの半端な気持ちで手を合わせたのが、大間違いだった。

 願い方が、誤解を招いたようだ。

 現実世界での大恋愛を望んだのに、花音は、【乙女ゲーム】の中に入れられてしまった。  


 気付いたら、左手の甲に、白いおみくじが乗っていたのだ。

 恐る恐る右手の人差し指と親指で摘まみ上げると、朱色で書かれた『おみくじ』という字が突然消えて、代わりにピンク色の文が、ぱっと浮かび上がった。


    『百円玉の分、叶えます。影のヒロインで、大恋愛して下さい』 


「えっ!?何それ!?」 


 花音は、極度の驚きで気絶した。


 目が覚めると、天蓋付きダブルベッドに寝ていたが、派手やか過ぎるピンク色で、目がチカチカした。

 紅色のシルクのシーツは触ると滑々で、ほっとして心が和んだが、枕もクッションも掛布団でさえ無いのが不自然だ。


  「ベッドの持ち主は、暑がりかな?」


  しかし、部屋は暖かい。

  起き上がって部屋を見渡すと、右手の巨大な壁炉へきろで、炎が赤々と燃えている。

  おかげで、室内は明るかった。


 「多分、御屋敷の一室だと思うけど。本当に、乙女ゲームのヒロインになったの?」


  花音は、首筋に違和感を感じて、片手で触った。

  そして、自身の変貌に気付いた。


  「えっ、 髪の色が、あおっ!?ヒロインなのに??」


  花音は、片手に持って確かめた。

  触ると、ウェーブが掛かって、ふわふわだ。 

  よく見れば、銀色がかって完璧な青とは言えないが、鮮麗な色彩だった。

  しかも、ヒロインの髪は、腰まである。


  「これ、ラメかな?所々キラキラして綺麗。ヒロインの髪の色は、ずっとピンク系だと思ってたけど、青系もあるの?私が知らないだけ?あ、もしかして、影のヒロインだから?正式なヒロインじゃないのかな」


   服装は、ジーンズとTシャツが、白いプリンセスドレスに変わっている。


  「わあ、シンデレラみたい。って、違う!喜んでる場合じゃない!これ、誰のドレス??私の服は、どこ??」


  どれだけ熱心に見渡しても、ネイビーブルーと、クリームイエローは、視界に入らない。


  「ドレッサーが無いから、顔立ちは確認できないけど。でも、ヒロインなら、そこそこ可愛いと思う」


  花音は、右手で鼻を触ってみた。


  「あ、割と高め」


   目蓋に、そっと左手を乗せると、まつげが長くて二重だった。

   最後に両手で、むぎゅっと顔を挟むと、思わず笑みがこぼれた。


 「小顔!絶対、可愛い!」


   細身の部分だけ、ヒロインと同じだが、本来の背は145センチと低めだ。

   ヒロインは、手足が長い。絶対に、160センチある。

   花音が、ずっと憧れていた身長だ。


 「ヒロインって、たいてい平民だよね?貴族でも、爵位は、男爵か子爵あたりだった筈……それにしては、全体として豪華すぎるような。中央のシャンデリア、装飾品かな?ダイヤモンドで作られてる。すっごく高そう」


  どの調度品も、輝きが国宝級に見える。  

  暖炉の上に飾られた子豚サイズの大きな置物を、じっと見つめた。


 「あの生き物は、ビーバーだよね。小学生の時に教科書で見たから、多分そう。もしかして純金?あの両目、サファイアかも」


  仮に王族の使用する一室だと聞かされても、納得がいく。


 「爵位と調度品の質は、関係ないのかな?お金持ちは、お金持ちだから、別に可笑しくないよね?」 


  小窓は、正面の1カ所だけで、正方形の窓枠は、おそらく五十センチも無い。

  部屋の広さと比べると、小さ過ぎる。

  まるで、光を拒絶するような造りだ。

  濃い緑色の遮光カーテンで、覆い隠してある。


  花音は、小窓から出窓に目を向けて、ぎょっとした。


   「誰??」


  金髪の青年が、赤い3人掛けソファに、仰向けになって眠っていた。

  その寝顔が、美し過ぎる。

  もはや疑う余地はない。ここは、乙女ゲームの中だ。

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