第二十五話 「喰らう者、喰らわれる者」



シャオンのもとには、一万の同胞たちが集結していた。

沈黙の中、重々しい声が海底を震わせる。


「……お前ら、聞いてくれ。ポセイドンは――人間王と海竜族によって滅ぼされた。二十億の民は、一人残らず、奴らに喰われ、吸収された……次に狙われるのは――アトランティスだ。……国を捨てる覚悟は、あるか?」


言葉が終わるか終わらないかのうちに、若きシャチが叫んだ。


「父ちゃん……俺たちを喰ってくれよ、それしか生き残る道はないんだ」

「そうですぜ、ダンナ……この数じゃあ、まとめて的にされちまう。あっという間に潰される!」


シャオンは拳を強く握りしめた。震える声で返す。


「……お前ら、何バカなことを言ってやがる!一人ひとりが、俺にとって――宝だ。

そんな大切な仲間を、喰えるわけねぇだろうが!全員で、生き延びるんだッ!」


その言葉に、またひとり、仲間が声を上げる。


「……無理だよ、ダンナ。一番分かってるのは、ダンナ自身だろ?

だからこそ、ずっと付いてきたんだ。あんな奴らに喰われるぐらいなら――俺はダンナの力になって、ここで死にたいんだ」


シャオンの胸に、何かが突き刺さる。


「やめろ……やめてくれ。俺は……お前らを喰って生き延びるくらいなら、共に死ぬことを選ぶ……!」

「……ダンナ。あんたには、俺たち皆、命を救われてきたんだ。恩があるんだよ。

そんなあんたが死ぬ姿なんて、俺たち、見たくねぇ……でもこのままじゃ、間違いなく――あんたは真っ先に死ぬじゃないか…そんなもの見たくない…

俺たちが喰われる姿なんざ、見せたくないよ……」


不意に空間がねじれ、海中に巨大なゲートが現れた。不気味な渦から、ぞろぞろと海竜族が現れる。その最後尾にいたのは――堂々たる威容を放つ、一体の鯨の王。

ポセイドンは静かに歩み出ると、シャオンに向かって口を開いた。


「久しぶりだな、シャオン。

……相変わらず、お仲間ごっこに夢中のようだな」


その声は冷たく、何もかもを見下ろしていた。


「お前は何か、勘違いをしているようだから教えてやろう。ポセイドンを滅ぼしたのは海竜族ではない。――私だ」


シャオンの目が見開かれる。


「ふざけるな、お前にそんなことができるはずが……!」


「できたとも。我ら鯨族は、陰の意思を持つ種。時が満ちれば、王がすべての民を吸収する……それが役目だ。そして我らは、人間王に下った。海竜族はその護衛として、生存を許されたに過ぎん」


ポセイドンは淡々と続ける。


「ここで提案だ、シャオン。――そこの同胞を全て喰らえ。そして私の右腕になれ」

「ふざけるな……」

「今、七つの海はそれぞれ領域を形成している。我らがマッコウクジラの領域に始まり、各地で鯨族の王がひとりずつ誕生し、いずれ互いを喰らい合う。最後に残った者こそ大海唯一の王となるのだ。その王だけが生存を許され、人間王の配下として生き残る。

……それ以外は、滅ぼされる」


「なぜ……なぜ人間と戦おうとしない!?

一丸となれば――人間王など、恐れるに足らんはずだろ!」

「やはりお前は、何も分かっていない……教えてやる。なぜ12の種族が陰の意思を持つのかを」


ポセイドンは、冷ややかな瞳をたたえ、言葉を続ける。


「太陽の使徒は第一から第六まで存在する。彼らは殺し合い、最後に残った者が太陽の王となる。そこから生まれた新しい世界では、前太陽の王と関わりが深かった種族が繁栄する」

「どういう意味だ……?」

「記憶だよ、シャオン。その繋がりが深ければ、記憶を持った個体が生まれ、王となる。それが陰の意思だ。――前世の王と共に歩んだ記憶が、未来を導く。だが、その系譜が絶たれれば、陰の資格も途絶える。つまり、未来でエサにされる種族となる。……我々は、未来を守らねばならぬ。顔も知らぬ子孫たちを――捕食される側にしないために」


物陰から見守っていたクロ一行。

クロは、傍らのレイを見つめて言った。


「レイ……お前たちも、そうなのか?」

「……ええ、我々にも子孫のためという使命はあります。ですが――我らと白猫には、それ以上に大切な理由があるのです。これは……他言できませんが」


クロはそれ以上問わなかった。

シャオンは、ポセイドンをまっすぐに見据えた。


「ポセイドン、お前……俺たちシャチの命なんて、どうでもいいってわけか。ああ、俺たちだけじゃない。ポセイドンには、鯨も魚人も、二十億の命がいた。その全員と、この時代を共に生きて、国を作ってきたんだ。……それを、顔も知らねぇ未来のガキのために見殺しにしたって言うのか?」

「この世界は弱肉強食だ。騙されるほうが悪い」


シャオンの目が、怒りに震えた。


「……よく分かった。ポセイドン。お前の言う未来なんざ、糞喰らえだ。――俺が守りてぇのは、『いま』を共に生きた仲間たちだ。王の責務だ? 陰の資格だ?

そんなもんのために、仲間を裏切るような奴に――俺の仲間の魂なんて、絶対に渡さねぇ!」


シャオンは、ひと筋の涙を流しながら、振り返って群れの全員を見渡した。一人ひとりの目を、しっかりと見つめるように。


「……お前ら。

こんな不出来な王で、ほんとにすまねぇ」


言葉は震え、絞り出すようだった。


「力もねぇ、頭も回らねぇ。大事なことも決められねぇ。どうしようもねぇ王だ

……だが。

それでも――お前たちの魂は、絶対に……あんな奴には、渡さねぇからよ。

……勝手で悪りぃ」


叫んだ。


「――団長共!……皆の魂を、宿せ!!!

お前ら、その魂、俺に預けろ!!この身が朽ちるまで、その魂、俺が守り抜く!!!」


その叫びが、海を震わせた。


「マズイ、海竜王ッ!! 奴らを止めろ!!」


咆哮が響くと同時に、海竜王が凄まじいスピードでアトランティス軍の方へと動いた。


ザッ…!!


「滅せよ――」


口を開き、放たれたのは海の覇王すら圧倒する破壊のブレス。その一撃が、仲間たちを飲み込もうとしていた。


「カイノ、止めろ!!」


クロの声が響く。次の瞬間には、彼は水を切ってシャオンの元へと泳ぎ出す。


「シャオン!!」


その瞳には怒りと――焦りと、何よりも仲間を失いたくないという、激しい情が灯っていた。


「よく言った!! お前らの覚悟、しかと見届けた

…………… 俺の仲間になれ!!」


クロは迷いなく、従属契約陣を展開した。

だが、シャオンは口元を歪めて笑う。


「お前は太陽の王になるんだろ?

それでいて、カイノにボコられてるようなへっぽこ王でいいのかよ?」

「……相変わらず空気読めねぇ奴だな」


クロも笑った。


「お前がいいんだよ…

さっさと手を取れ!!」


その言葉に、シャオンは声をあげて笑った。そして、迷いなく――クロの手を握った。


「フン、仕方ねぇな……俺も、そう思ってた」



――光が弾ける。

二百人の魂を団長五十名が統合、シャオンとクロの従属契約が成立した。その瞬間――シャオンを筆頭に五十名の戦士たちの気配が爆発的に膨れ上がった。海を揺らすような覇気。それは、もはや一国を遥かに超えた戦力となった。


「忌々しいな、太陽の第六使徒……」


ポセイドンは低く呻いた。


「本来の計画では、貴様を先に喰らい、大海の王へと駆け上がる予定だった。

だが……もはや関係ない。まとめて、全てを喰らってやる!」

「鯨の王ごときが俺を喰うだと……?」


クロが睨み返す。


「笑わせるな。寝言は寝て言え。この戦争、俺が出張る必要はない。……お前とは、カイノがやる」


その名を告げた瞬間、空気が変わる。


「カイノはまだポセイドンのNo.2だ。お前の首をもぎ取り、王になってもらわなきゃ困る。カイノ!! シャオンと配下契約を結べ!!」


だが、ポセイドンはそれを許さなかった。


「遅い!! 死ねぇぇぇ!!!」


咆哮とともに、『極大魔法――《波雷》』が放たれる。

雷のように枝分かれする水の奔流が、カイノを貫かんと襲いかかる。


「――っ!」


クロが手をかざし、相殺しようとした瞬間――


「チロの出番だよ!!」


叫びとともに現れたのは、白くて丸い、あの小さなぬいぐるみ。


「キュルキュルのたてっ!!!」


チロが糸を高速回転させて生み出した球状の盾が、《波雷》の全弾を受け止め、あっけなく――掻き消した。


「なっ……」


ポセイドンが息を呑む。


「チロ、お前……我慢しろって言っただろ」


クロが呆れ気味に言う。


「えっ……だって、カイノの邪魔されるのイヤだったんだもん……チロ、悪くないもん!」

「……お前、今、見せ場作りに来ただろ?」

「えっ!? い、いいじゃん!

チロだって、たまにはツメアトのこしたいもん!!」

「晩飯抜きだ」

「えぇぇ!? クロの悪魔ーっ!!」


チロはレイの方を向いて、涙目で訴える。


「レイ、クロひどいよね?

チロ、悪くないよねぇ……ぐすん」

「……よしよし。頑張ったね」


レイが優しく撫でるようにして慰めた。

ポセイドンの顔に、汗がにじむ。


(波雷が……効かない? このシロクマ、何者だ⁈

民を吸収した私でも手に負えない。しかも……あの鴉のような気配の獣人、もしや鴉の王か?その二体を配下に置く、太陽の使徒……)


「――やばい……」


ポセイドン言ってはないならない言葉を発した。



ザッ……背後に回った海竜王の気配。


「なっ――」


ザンッ!!



王の首が落ちる。




海竜王の口から、冷たく吐き出された。


「ポセイドン……お前、ヒヨったな」


そして、振り返る。


「お前ら、覇気を――解放しろ!!」


ドウッ!!!


海竜族が一斉に己の内なる覇気を解き放つ。

海が――揺れる。


「おいおい、マジかよ……」


シャオンの目に、炎が灯る。


「おかしいと思わなかったか?」


海竜王の声が響く。


「なぜ俺たちが、あの鯨の下についていたのか。理由は単純――エサにするためだ。俺たちは、鯨の配下のフリをしていた。だが、誰一人として、奴に従属はしていない。奴は俺たちの中で最弱だった。いつでも殺せた……だから、放っておいた」


だが、奴には人間との繋がりがあった。従っておけば、地上の猛者にも辿り着ける。

……それだけだった」


海竜王はポセイドンの魂を掴み、咀嚼した。


「もう、その必要もない。太陽の使徒。化身。鴉の王。お前たちを喰らえば――人間王ともやり合える。


俺たちの主食は、王だ。この領海に魚人が少ないのはな……俺たちが喰ってきたからだ。王を喰い、新たな王を喰い……その繰り返しを、七千万年。積み重ねてきた魂の記憶と覇気の総量、太陽の使徒――お前は、それを越えられるか?

……試してみようじゃねぇか」


海竜王は笑う。

クロが仲間たちを振り返る。


「……チロ、レイ、前言撤回だ。今回の敵は――強い

……俺たちも、殺り合うぞ」


視線を移す。


「お前らは、楽しく殺り合いたいのだろ…

実力に合わせて最適な相手を選別してやる、時間を貰うぞ」

「ほう、いいだろう。手短にな、それから、カイノといったか、さっさと配下契約を済ませろ、俺達は猛者を喰らうことを生きがいにしているのでな…」



クロは口を開く。


「一番強いのは……お前だな」

「当然だ」

「No.2と3は?」

「ミストレア。ビルマルド。前へ出ろ!」


海竜王が応じる。


「おい、太陽の使徒。お前、俺と殺るのか?」


クロは静かに首を振る。


「俺は三番手だ」

「お前と殺り合うのは――このシロクマだ」


前に出たのは、ふわふわの白きぬいぐるみ。


「チロだよ!

チロ、友達少ないからさ……

海竜王、チロの友達にならない?」


沈黙。


「おい……ふざけてるのか?」

「いや……本気っぽいぞ」

「よせ、ここは戦場だ。真面目にやれ」


「シクシク、チロ、悲しくなってきた…

チロの涙、……(じわ)」


クロとレイはスッと後退した。


「お前ら、開戦だ!!

――散れ!!!」

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