第29話 敗軍の将
ヴィクトルが通されたのは和の雰囲気を持つ大きな館で、集落の中央部に鎮座していた。
周囲には水堀と土塁が張り巡らされており館を守っている。
ヴィクトルには創造主が何か語っていた記憶があるし、自分が持つ愛刀も和由来だと"何故か"知っている。
「へぇ……外にも水掘があったな。こういうもんなのか」
ヴィクトルが考えていたのは『
本拠地にはこのような防御機構は存在しない。
侵入されれば階層ごとに地獄が再現されており、そこを護る
話し掛けてきた、まだうら若い男女はこの集落の棟梁オロチと巫女姫のハルナだと言う。彼らは先程の戦闘で破壊された箇所の修繕と警備体制などを命令してヴィクトルを館へと招き入れた。
引き戸を開けて中に入ると襖で仕切られた部屋がいくつかあるようで、通されたのは30人は入ろうかと思うほどの広さを持つ板張りの部屋であった。
『
彼はその不思議な感覚の正体が分からずにいた。
「どうぞ、お座りください」
小間遣いが座布団を持ってきたのでヴィクトルは遠慮なく腰を降ろした。
上座には畳が敷かれておりオロチはその上に座っている。
その傍にはにこやかな表情をしたハルナ、そして白髪で眠っているかのように動かない老人、鬼人族には珍しい
皆、板張りの床に直接胡坐をかいている。
ヴィクトルは注意深く視線をあちこちに向けて、観察を続けていた。
全員が刀を武器としているようである。
いつでも抜ける状態――それが意味するものは警戒。
「此度はご助力感謝致す。魔物の数が多くてこのままではかなりの被害が出ていただろう……」
「気にする必要はねぇな。同じ鬼人族じゃねぇか」
ヴィクトルの返答にオロチが少し困惑した表情を見せる。
黒い顎鬚の男は神経質そうな表情の中に疑念が混じっていた。
「貴殿はどこから来たのだ? 月華国か? 東の鬼滅国? それとも――」
「おいおい、この国にはそんなに小国に分かれてんのかい? 俺はここから南にある〈
この国の情報をルシオラから聞いていたヴィクトルではあったが、どうして同じ種族同士で争い合うのかが理解できなかった。もし『
「……? 聞いたことがないな。貴殿、この国の出身ではなかったのか? 他にも鬼人族の国があると言うことかな?」
「別に俺の……主の国家だが、鬼人族の国じゃねぇよ。色んな種族が一緒に暮らしている場所だぜ」
「そのようなことが可能なのですか?」
口を噤んでいた顎鬚の男が訝しげな表情で尋ねてきた。
男から言わせれば、同じ種族同士でさえ争いが絶えないのに信じられないと言うことだ。そう言われても実際そうだからな、と思ったヴィクトルであったがどう説明したものかと頭を悩ませる。
「うーん。問題はないと思うぜ? 実際いつも一緒だしな……。それに――あーっとそうだ! 何やら天変地異が起こったら
「それは聞いたことがありますね。『天が明滅する刻、即ち国滅ぶ刻なり』と我が部族の中では伝えられております」
ヴィクトルはその説明に少しばかりの違和感を覚えたが、細かいことはいいかと考え直す。
「そうだろ? どうやら最近それが起こったらしくてな? 俺たちは別の世界から転移してきたんだよ」
『!?』
その場にいる全員の表情が驚きに染まる。
正確には老人以外だが、ここまで動じないとなると一角の人物なのかも知れない。
「転移など……別の世界から来たと言われるのか?」
オロチが未だ信じられない様子で確認してくるが、ヴィクトルの返答は決まっている。
ありのまま起こったことを話すだけ。
「ああ、どうやらそうらしい。俺たちも調べてるからな。間違いねぇよ」
「それが本当ならば我が国、ディアヴァロスは滅亡すると言うことなのですか……」
「滅亡するのか。だけどよ……その言い伝えは本当に信じられんのか? 一杯いるんだろ? 鬼人族は」
「確かに数は多いですが……もしかすると内乱で大きく人口を減らすのかもしれませんね」
それを聞いたヴィクトルは沈んでいた空気を読まずに先を続ける。
「そのディ、ディアボロス?って――」
「ディアヴァロスだッ!!」
ふわりとしたウェーブがかった長い金髪を持つ女が苛立ったようにヴィクトルの言葉を遮った。勝気な性格らしく、未だヴィクトルを睨みつけている。
「お、おう……スマンな。でこの国は多くの小国に分かれてんだろ? あんたらの国はどれくらいなんだ?」
物怖じしない自信のあるヴィクトルであったが、あまりの迫力に表情を引きつらせて少し気圧されてしまった。
「……俺たちの国は滅ぼされた。東の鬼滅国にな……」
「マジか。それじゃここは……?」
予想外の答えに言葉を絶句しかけるも聞くべきことは聞かねばならない。
滅ぼされた国に味方したとなると……どうなるのか?
質問したヴィクトルであったが、今後どう動けば良いのかが分からず悩み始める。
「私たちの隠れ里です。恐らく魔物をけしかけたのも鬼滅国……見つかった以上はここには居られません」
答えたのはハルナ。
静かに、そして悲しそうにそう告げた。
それを聞いたヴィクトルは表情を明るくしてすぐに反応した。
滅ぼされそうなら保護すれば良いのだ。
慈悲深いレックスならばそうするとの確信が彼にはあったから。
「へぇ。だったら我が国に来ねぇか? 実は
「
しかし返ってきたのはオロチの低い声。
彼は目を細めて警戒心を露わにする。
それにヴィクトルが動ずるはずがなく、体から覇気がほとばらせながら答える。
「そうだな。言っとくが俺たちは
一瞬で殺伐な場と化してしまった部屋で、無言を貫いていた老人が口を開いた。
「それでお主の目的は何なんじゃ……? 我々に何を望む?」
烈光の如き鋭い眼光がヴィクトルを射抜くが、買い被り過ぎと言うものだ。
答えは――単純明快。
「俺は友好を求めてここへやって来た。そこでたまたまお前らが襲われていたから助太刀した。それだけだ」
ルシオラたちに言われたことを実行することが正しいと、そう信じ切っているからできる圧倒的なまでの堂々とした態度。
ヴィクトルの表情はご満悦。
「友好だと……?」
「貴様、本気で言っているのか!?」
オロチが困惑気味に、金髪の女が怒りのこもった声を上げた。
本気で友好などと言っているのかと疑うのがオロチ。
女の方は純粋にヴィクトルの善意を疑って。
老人と顎鬚の男はと言うといまいち意図を量りかねている様子だ。
「お前らめんどくせぇな。別に見返りを求めて助けた訳じゃねぇよ。俺の主、マグナ覇王陛下が考えるのは『全族協和・八紘一宇』だ。皆が仲良くするのが目的っちゃ目的なんだよ」
「はあ……」と大きなため息を吐きながらヴィクトルは呆れたように言った。
「で、では私たちの国の再興に手を貸して頂けませんか!?」
「姫様ッ!!」
急にハルナが懇願を始めたのを慌てて止める金髪女。
顎鬚男は懐疑的な表情で私見を述べる。
軍師的な立場なのだろう。
「貴方は確かに強かった。だがそれは魔物相手にだ。貴方も鬼人ならその力を知っているでしょう? 特に鬼滅国の兵は精強です。貴方1人では到底勝ち目はないかと思いますが」
「お前ら、もう逃げ場がないんだろ? それに逃げるとしてもすぐにこの場所から離れるべきだったなぁ」
「それはどう言う意味……」
「気付かねぇか? 囲まれてんぞ? 既にな」
老人が瞑っていた目をクワッと見開いた。
ようやく気付いたようだ。
「敵じゃ。かなりの大軍じゃぞ」
全員の視線がヴィクトルに集中する。
彼の考えはこうだ。
取り敢えず、勢力が弱いこいつらに手を貸して恩を売っておけば喜んで傘下に入るだろう。敵が強くて数も多いなら全員ぶっ潰して実力を見せてやればいい。鬼人族と言うのはプライドが高く、何者にも屈することはないし、それが大勢力なら尚更だ。
ならば強い奴らは倒して、弱い奴らに味方すれば手っ取り早い。
ヴィクトルはかなり安易に考えていた。
当然だが、ルシオラたちはもっと深くまで考えて送り出しているのは言うまでもないだろう。
「今から俺様が、そいつら全員叩き斬ってやんよ。お前らは俺様の力をよーく見とけばいい」
そう言うとヴィクトルはやっと強者と戦える喜びから、その顔に喜色を湛えて狂喜の笑みを浮かべた。
口角は吊り上がり、目をギラつかせてやる気は天を衝かんばかりの勢いである。
「やっとだ。やっと本気で戦える。俺にとって戦いとは――」
ヴィクトルは愛刀『
そして殺戮の宴が始まる。
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次回、ヴィクトル、暴れる。
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