第2話 起こる異変

 玉座の間に滑り込んできたのはNPCのロクサーヌ。

 銀髪をセミロングに伸ばした人間族で明るい蒼色のローブを身に付けている。

 彼女は情報収集系の魔法を得意としており、それには拠点の監視も含まれていた。


「サイクスとロヴェーナの街に近づく軍の姿を捕捉しましたわ! 国籍は不明ですけれど……!」


 その表情からは慌てた様子が見え、走ってきたのか衣服も乱れており、肩で息をするほどに荒い呼吸音が聞こえてくる。


 朧はそれを見て違和感しか抱かなかった。

 むしろ違和感だらけと言っても良い。


 まずNPCがこのように報告しに玉座の間に来ることなど有り得ない。

 監視役に情報探知型能力に長けたNPCを設定しておくのは普通だが、それはあくまで役割であり、実際に味方拠点に敵性キャラが接近すると通知が来るのでマップを開けば状況が把握できるのだ。

 自勢力の領土には色が付いているため勢力図として見やすいようになっている。


 そしてもう1つは表情だ。

 プレイヤーならば頭にセットしたギアが表情筋を読み取り、現実と同様の表情がゲーム内でも再現される。

 しかしNPCは別であり、あくまで外装があるだけなので会話AIを乗せて話せたとしても口は動かないし、ロクサーヌのように慌てた表情になるはずがないのである。


「あの……マグナ様?」


 返事をしないことに不安を覚えたのか、ロクサーヌが恐る恐ると言った感じで声を掛けてくる。


「ああ、ごめ……すまないな。敵の人数は分かるか?」

「およそ五○○○ほどかと」


 一瞬、彼女の表情に微妙な変化が現れたような気がしたが、気のせいだろう。


 〈黄昏の帝國トワイライト・アルカディア〉の領土は最盛期に比べて随分縮小し、現在では本拠地であるここ『黄昏の王城トワイライト・タワー』の他に3つの拠点を押さえている程度だ。


 一時は幾つもの国家を服属、滅亡させてヴィンゴールヴ北部の大陸全土を掌握するほどであったが、仲間たちの引退と共に防衛が困難となり他のギルドやクラン、果てはNPC国家などに奪われてしまった。


「その街から近い国となると……サンドベルグ王国とラミレア王国と言ったところか?」

「その可能性が高いかと存じますわ」


 朧は覚えていた知識をフル動員して頭の中にマップを描き出す。

 何もこのような時に攻めてこなくてもと思わないでもないが、攻めてきたと言うのが本当ならば防衛しなければならないだろう。

 もしかしたら自分は寝落ちでもしていて、これは夢の中の出来事なのかとも考えた朧であったが、それにしてはリアルすぎる。


 先程感じた


 ロクサーヌは膝をついて頭を垂れ、ただただ下知を待っている。


「NPCを……いや各階の統括官レガトス、いや駄目だ。守護者ガルディアンを呼んでくれ。急ぎだ」

「はッ!!」


 指示に従ってすぐに行動を開始した彼女を朧は観察する。


伝言メッセージ


 彼女は何の躊躇ためらいもなく情報伝達の魔法を使って見せた。

 朧が飛ばそうとしたメッセージはシステムを使った物であり、魔法ではない。

 その時は誰にも通じなかった。

 今、目の前でNPCが行使したのは魔法であり、それならば通じるのかも知れないが危急の中でのうのうと検証している時間もない。


 それとも他に何か条件でもあるのだろうか。

 と言うかずっと抱いている違和感のことを考えると、そもそも魔法と言う奇跡の力を行使していること自体に驚きを隠せない。


 これは――


 朧の中で有り得ないと考えた予想が当たろうとしている。


「マグナ様。命令をお伝え致しました。すぐに参集するものと思われますわ」

「ありがとう。ではロクサーヌには周辺の状況を確認して欲しい。【観測プリヘンション】を使い僕にも見えるように映し出せ」


 また彼女の表情に変化があったが、先程とは違い何処か困惑している印象を受ける。


 しかしすぐに気を取り直して当然のように魔法を行使する。

 【観測プリヘンション】は術者を中心とした広範囲を見ることができるだけの魔法だが、上空から俯瞰した様子を360度見渡せるので使い勝手が良い。


 朧の目の前にオーロラビジョンのような物が出現し、外の様子が映し出されるが、当然今は真夜中である。とは言え、技能スキル暗視ナイトビジョン】を持っているため暗闇でも把握できるので問題はない。


 だが――問題がないのが問題なのだ。


 暗闇の中を見通せると言うことは朧が現在いるのはゲーム世界であるはずだが、先程から見せつけられているのはゲーム世界では有り得ないこと。

 戸惑いながらも映し出された映像を見た朧はすぐに違和感に気付く。


「地形が変わっているのか……? 何処だここは……」


 仮想現実アンリアル現実リアルに取って代わろうとしてるように感じられる。

 これはもう認めるしかないと朧は腹を括ろうと思うのだが、中々受け入れることができない。

 もう一手何か決定的なことでもあれば……。

 そう思わずにはいられない。


「ジルベルト! ジルベルトはいるか!?」


 呼んだのは朧の側に常に控えているはずの戦闘執事バトラー、ジルベルトである。

 今は1人になりたくて玉座の間には入れていなかったが、そうも言っていられない状況だと判断したのだ。


「はッ……マグナ様、ジルベルト参りました。何かご用でしょうか?」


 漆黒のタキシードを華麗に着こなした巨躯を持つ壮年の男だ。

 渋いブラウンの髪とヴァンダイク髭の似合うダンディな容姿だが、胸板の厚さからも首の太さからも彼の強さが窺える。


「ああ、すぐに『黄昏の王城トワイライト・タワー』周辺を捜索しろ。何か変わったところはないか、人間がいるか、魔物でもいい。地形から周辺の植生までどんな些細なことでも構わない。調べてきてくれ」


「御意にございます」


 ジルベルトは礼をするとすぐに玉座の間を辞した。

 次は何をするべきかと朧が俯き加減になって考え始めると、強い視線を感じた。

 疑問に思って顔を上げると不審な表情をしたロクサーヌと目が合う。


「どうした? 何かあったのか?」

「い、いえ……マグナ様のご様子がいつもとは違うように感じられましたので……」


 思いもしない言葉に朧は自分が何かをやらかしたのかと焦る。

 急速に熱が冷めていくような感じがして背中を冷や汗が伝う。


「……!? 何処がだ?」

「あの……謝罪されたところや、ご自分のことを僕と仰られましたわ……」


 朧は思わず心の中で頭を抱えてうずくまった。

 無意識にが出ていたようで、普段からゲームの中では覇王ムーブをしていた朧としては有り得ない言動だ。予想した通りNPCたちに自我が芽生えていたとしたら、さぞかし奇妙に映ることだろう。


「あーっとだな……指摘してくれたこと褒めて遣わす! い、今のはな……あー貴様の忠誠を試したのだ! 許せ!」


「な、何と言うことでしょうか……申し訳ございませんわ。私の忠誠心が足りぬばかりに陛下にご心配を掛けてしまっていたとは……」


 朧のかなり苦しい言い訳にも疑うことなく納得した様子を見せるロクサーヌ。


「いや、構わん。守護者に会う前に指摘したことは素晴らしい観察眼であったとしか言えん。褒めてやる!」


「有り難きお言葉……恐悦至極に存じますわ」


 ロクサーヌはキラキラした眼差しで朧を見ると恭しく頭を下げた。

 そこへタイミング良く守護者たちが玉座の間へと姿を見せ始める。


「遅くなり申し訳ございません。守護者ガルディアン、鬼武蔵、参上つかまつりました」


 黒スーツを見事に着こなし日本刀を腰に佩いた長身の男だ。

 細い目を一層細めて不敵な笑みを浮かべているのは、プレイヤーの宮本夢幻斉が作り上げたNPCである。


 入ってくる守護者ガルディアンたちに右手を上げて労いながら、朧はジルベルトから【伝言メッセージ】で話を聞き出していた。

 これで朧自身も魔法は扱えることが判明した訳だ。

 それに魔法を行使すると言う感覚もわずかだが掴むことができた。


 もう認めざるを得ない――異世界転移・転生、もしくは両方。


「守護者インサニア参りました。」


「守護者レジーナ参上致しましてん」


「守護者オメガ零式、思し召しにヨリまかりこしタ」


 次々と現れる守護者ガルディアンたち。

 全員で11名からなる『黄昏の王城トワイライト・タワー』の護り手であり、位階レベル100のNPCである。


 そして最後に悠然と現れたのはNPCたちの頂点に位置する者――守護者執政官インペラトルのルシオラであった。

 その美しくも妖しく煌めく漆黒の12枚の翼を揺らしながら、朧の側へと控える。

 彼女は魔神デヴィル族であり朧の忠実なる右腕である……はずだ。


「揃ったか。よく来たな。単刀直入に言おう。現在、我々〈黄昏の帝國トワイライト・アルカディア〉は原因不明の異変に見舞われている」


 朧はいつもの覇王ムーブよろしく、なるべく威厳のあるような態度で言い放った。

 そもそも覇王って何だ?と言う感じなのでそこはノリと勢いで誤魔化すしかない。

 平伏して朧の言葉に耳を傾ける守護者たち。


「ジルベルトを調査に出した結果、以前とは周辺の地形が全く異なっているようでな。『黄昏の王城トワイライト・タワー』と周囲の拠点ごと何処かへ転移した可能性がある」

「て、転移でございましてんか?」


 悪魔デーモン族のレジーナが驚愕で目を見開いているが、NPCでも流石に『転移』と言う知識はあるようだ。言葉遣いがおかしいのはこの際放置だ。

 機械族のオメガ零式以外は皆一様に驚いているようだ。


「拠点もとなると国ごと転移なのでしょうな」


 すぐに驚きから立ち直った鬼武蔵が何処か納得したように頷きながらそう言った。


「まぁそれは追々調べれば良い。だがロクサーヌによって我が国へ攻め寄せる敵対勢力が見つかった。サイクスとロヴェーナに兵力五○○○だ。そこで貴様らに出向いて蹴散らしてきてもらいたいのだ」


「ああ! 陛下! もらいたいなどと……蹴散らせと言って頂ければすぐにでも私共わたくしどもが殲滅して見せましょう!!」


 興奮気味にそう言ったのはルシオラであった。

 目を輝かせながら頬を染めており、まるで今すぐ命令してくれとでも言わんばかりの喜びに満ちた表情である。


「敵がどれほどの強さかは一切不明だ。貴様らを危険に晒すことになるだろう。それに外に出たことはあるのか?」


「いいえ、ございません。ですが陛下に仇為す者を直ちに処理するのが我々の誇りであり至上の喜びなのです! 敵がどのような輩であろうとも必ずや討ち滅ぼしてご覧に入れましょう!!」


 その慎ましやかで清楚な雰囲気を纏っていたルシオラの前のめりっぷりに朧は若干引いていたが、同時に色々と考えを巡らせる。


「(これは……ちゃんと僕に対して忠誠心を持っていると言うことでいいのか? 裏切りとかないよな? 疑ってここで何もせずに拠点を落とされるよりは動いた方がいいよなぁ)」


 考えるな!感じろ!

 疑う前にやって見せろ!

 自らのトップが先頭に立てば嫌でも戦うだろうし、好感度が最悪でもそれで見直してくれるかも知れない。

 そう考えた朧はついに決断を下し、ルシオラに下知を飛ばす。


「よし! では守護者執政官インペラトルルシオラよ! すぐに作戦を立案、部隊を編成し敵を迎撃せよ!! 俺も出るぞ!!」


 ルシオラを始め守護者ガルディアンたちからは止められたが、ここは引くべきではない。

 敵が位階レベル100なら……と言うかそもそも位階レベルの概念が通用するかも分からないが、自分でやってみなければ理解できないこともある。


 そう考えた朧は元NPCたちと共にすぐに動き出したのであった。

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