第12話 お嬢様とファーストフード店

 所変わって、学校から徒歩10分程度にある商店街。

 大きなビルに挟まれた形である、狭いハンバーガーショップ。

 そこに俺と春風ちゃんが入ると、一瞬店員さんが不思議そうな顔になった。

 ――そういえば、世間じゃ俺たちはセレブ校の生徒だしな。

 中には車で送迎されている生徒もいるくらいで、学校から離れた商店街まで足を運ぶ俺たちの方が珍しい。

「ねえ、こいき君」

 レジに並びながら、春風ちゃんが話しかけてきた。

「こいき君は決めましたか? わたくしは折角クーポンがあるので、てりやきバーガーのセットにしようと思いますけど……でも今週はポテトのLサイズがMサイズらしいですわよ。どうせ食べるなら、Lサイズを注文した方がお得ですわよね~。それで、こいき君は何にします?」

「……ポテトのLサイズと、ホットコーヒーにします」

「あ、あの、こいき君、その……」

「でもこの時間にLサイズは多いから、春風ちゃん、ポテト交換してくれませんか?」

「……!」

 途端にぱぁぁぁと花が咲くような笑顔になり、瞳から光が飛び散った。

「ええ! よろこんで」



「はい」

 テーブル席に着くと、俺は自分のトレーからフライドポテトのLサイズを、春風ちゃんのトレーにのせた。同時に、春風ちゃんからMサイズのフライドポテトを回収する。

 揚げたてのフライドポテトから熱気が伝わる。

 少し熱いのを我慢して手に取ると、じゅわりと漂う揚げ油と塩の香りが漂い、食欲を強く刺激される。

 とりあえず一本目を齧ると、ポテトの薄皮が弾けて熱と塩の味が広がった。

 ――やっぱり、揚げたてはうまいな。

 そんなことを考えながら、正面にいる春風ちゃんを見ると、あれだけ交換してアピールしてきたくせに、夢中になっているのはてりやきバーガーの方だった。

 一瞬、ほんの一瞬だが「これ、どうやって食べますの?」「フォークとナイフはありませんの?」みたいな天然お嬢様な発言を期待していたが――慣れた様子で、てりやきバーガーにかぶりついていた。

「あの、春風ちゃん」

 俺は口の端にてりやきソースをつけたまま美味しそうに咀嚼している春風ちゃんを呼ぶと、ようやく思い出したのかハッと我に返った様子で口の中のものを吞み込んだ。

「そういえば、お話がまだでしたわね」

「うん。それが目的っていうか、お前が始めた物語だろ案件なんだけど」

「と、当然、覚えてましてよ」

 またまた分かりやすい態度で、春風ちゃんはてりやきバーガーを置き、口の端を紙ナプキンで拭った。その仕草は品があって、思わず見惚れるほどだった。

「婚約者制度……」

 春風ちゃんが先ほどとは打って変わり、真面目な顔つきで話し始めた。

「わたくしには、上に二人の姉、下に妹がいます」

 そういえば四姉妹の三女だったな。

 俺も直接聞いたわけではないが、『春風コーポレーション』は有名であり、その四姉妹となればメディアなどで取り上げられることもある。

「一番上のお姉さまは成人しておりまして、すでに婚約者と結婚していますが……」

「それって、婚約者制度と関係が……」

「いえ……お姉さまの旦那さま……わたくしにとって義兄にあたる方は『春風コーポレーション』の重役で、父の事業の手伝いをしていたお姉さまと仲良くなって、そのまま恋人同士になって、ゴールインしたと聞いております」

 意外だ。てっきり政略結婚とばかり思っていた。

「それに、婚約者制度は元を辿れば……事業に不利益なことが起きた際に、自分の子供を巻き込まないための救済措置ですし……うちとは関係ありませんわ」

 そうえば、そうだった。

 今では俺や光多こうたの家みたく、父親がほぼノリで決めたケースが多いが。

「問題は、二番目のお姉さまのほう」

 春風ちゃんは不満そうな顔で言った。

「二番目のお姉さまは、なんというか……恋多き方でして……中学に始まり、高校、大学と……多くの方と恋に落ちましたわ」

「恋に恋する乙女って感じか」

「まあ、そんな感じですわ。それだけなら、恋に憧れる乙女ということで、父も見逃したでしょうけど……お姉さまが恋する相手は、全員……ヒモですわ」

 ぷしゅりっ。

 思わず吞んでいたホットコーヒーを吹き出した。

「中学の頃は売れないミュージシャン、高校は地下アイドルのバンドマン、そして大学の今は、名前の知らない画家……」

「そ、それは、また……夢を追う人が好みとかなのかな……」

 なるべく言葉を選んで言うが、対する春風ちゃんはため息交じりに言った。

「いえ、自分がいないと生きていけないダメ男が好みなんです。好きなシチュエーションはボロボロになった彼が『俺はお前がいないと生きていけない』と言って、後ろから抱き着いてきて……自分は『もう仕方がない人ね』って通帳渡す……」

「ただのダメンズ好きじゃねえか」

 思わず声に出して言ってしまった。

 いくら何でも実の姉のことを悪く言われたら、春風ちゃんも気分が悪いだろう。

 そう思った直後、春風ちゃんは「その通りですわ」と怒った顔で言った。

「お父さまもお母さまとは自由恋愛だったらしく、そこまで口を出さないようにしてきたそうですが……流石に心配になってきたようで……」

「もしかして、別れさせるために婚約者制度を……」

 こくりと、春風ちゃんは頷いた。

「お母さまもだいぶお怒りになって、物心ついた頃からきちんとした方と婚約を結ぶべきと考え……原因となったお姉さまは当然ながら、わたくしや妹までその巻き添えをくらい……」

「それで、娘に婚約者を作ったというわけか」

 いや、でもそれならわざわざ『婚約者リスト』を作らなくても、普通にいい家柄の人を許嫁にすればいいだけでは――

「ですが、お姉さまのせいで、自由恋愛ができなくなるのは、あまりに不憫だと思ったお父さまが救済措置として……わたくしと妹だけに、特別に『婚約者リスト』を作成しましたの」

 春風ちゃんは続ける。

「お父さまはこう仰りましたわ。『婚約者リスト』を頼りに、俺が選んだお前たちの婚約者を探し出せ。もし自力で見つけ出すことができたら、承諾するも拒否するも、お前たちの意思に委ねよう。だが探し出せなかった場合は、姉と同じく、俺が選んだ相手と結婚しろ、と」

 そういう理由があったのか。

 俺とはちょっと違うが、セレブはセレブで大変なんだな。

 しかも、きっかけが恋多き姉のとばっちり――。

「わたくしは、中学2年の夏ごろにフランスに留学していました。高校も、本当はフランスにある姉妹校に入学する予定でしたが……突然、お父さまから今回の話をされて、予定を変更して、帰国してきましたの」

 そこまで言うと、一気に喋って疲れたのか、春風ちゃんはてりやきバーガーセットについてきたメロンソーダを一気に飲んだ。

「ふぅ……メロンソーダ、最高ですわ」

 と、口元を拭う仕草は女子高生ではあるが、お嬢様とはかけ離れている。

 だんだんと見慣れてきた俺はもう驚かなくなったが。

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