7月31日 その2
「ごめん遅くなった。」
大木は10時半ごろに戻ってきた。体の汚れはなくなっていたが、代わりに頬が腫れていた。
「怒られちゃった。説教中もずっと正座だよ。それに母さんからはビンタで父さんからはゲンコツだよ。もう困っちゃうよ。」
「まあそりゃそうだろ。」
秘密基地の中で聞いた話によると、大木の両親は一晩中探し回って、父親は今日の仕事を休んだらしい。大木はふてくされていた。
大木は昨日の山の様子を話し始め、疲れで気がふれているのか、それとも大胆な嘘をついているのか、「蛇に絡まれた」や「熊が穴の上を歩き回っていた」とか、とにかくばかげた話をまじめな顔して話していた。中山が話の途中で口を挟もうとしていたが、それを肘でつついてやめさせた。あとになって考えるとこれは間違いだった。
大木は戻ってきたばかりはふてくされた顔をしていたが、話し出すと昨日までの阿修羅の顔ではなくなっていた。僕はできるだけ機嫌を損ねないように笑顔で聞いていた。それを見て楽しんでると勘違いされたのか、どんどん作り話に拍車がかかり、しまいには1時間以上話し続けた。
「それで今日は何する?」
長話に疲れ切っている中山が気怠そうに聞いてきた。
「今日入れたらまだ5?6日くらいあるけど。」
「そうだね。僕が3つ目の穴大体完成させたから暇になっちゃったね。」
「うん。よっちゃん、どうする?」
中山の顔が死んでいる。
「そんな急に聞かれてもね、ああ、葉っぱ集めないと、あれもまためんどくさいよ。」
大木はそれを聞くとすぐに服を脱いで、そこにどんどん葉っぱを詰め込み始めて、次第に森に消えていった。
大木が見えなくなると中山が近づいてきて、ボソッと話しかけてきた。
「あいつ昨日とは違うけど、また違う嫌な奴だな。」
「もうねっこから嫌なやつなのかもね。」
中山ともそのあとすぐ分かれ、夕方まで各々で葉っぱを集めた。
大木の服をあきらめた頑張りのおかげで2つ目もあと少しというとこまできた。
白地の服を着ていた大木の服は、葉の色素と泥が混ざっていて、迷彩柄のような汚れ方をしていた。また怒られるだろうなと中山は意地悪く笑っていた。そして大木に穴に落ちてみるように言った。
大木は穴の位置が分かっていないかのようなぎこちない小芝居をして穴に落ちていった。
「これすごいよ!上がろうとしても葉っぱが邪魔で上がれない!」
「そう、良かった。…よし、よっちゃん帰ろう。」
「えっ、うそでしょ。」
中山は穴の中の大木としっかり目を合わせた。
「もう慣れてるだろ?」
「30分だけだよ。」
「分かったよ。」
秘密基地にもどり、中山にそう告げると残念そうな顔をしたが、すぐに本屋で読んだ地球が滅亡するとかいうバカげた予言の話をし始めた。
10分ほど経つと、空も暗くなり、叫び続けていた大木の声もぱたんと止まった。
2人で顔を見合わせ、穴に近づくことにした。
なるべく音をたてないようにして近づくと、穴から鳴き声がしてきた。二人してあわててのぞき込むと、大木は下を向いていた。同時にお互いの顔を見て同時に大木に手を差し出した。
「泣くなよ、おいていくわけないだろ?」
そういうと大木がすっと上を向き僕らの手を握り穴の中に引きづりこんできた。
頭から穴に落ち、急いで葉っぱから顔を出すと大木は満面の笑みだった。
「泣いてないじゃん。」
「泣くわけないだろ。」
「大ちゃん嘘つくの下手だったろ?」
僕は本心で聞いた。
「2人だってやってきたからやり返さないと。」
「まあそりゃそうだな。」
中山はカラッとそう答えた。
「やるじゃないか。」
「まあね。」
気が付くと3人で大笑いしていた。
「さてどうしようか。ここから出るには協力が必要だよ。」
「多分一番体重軽いのは僕で次が大ちゃんだろ。」
「じゃあ俺最後になるじゃん。」
「僕はそれがいいな。」
「なんだよ、大ちゃん。」
「僕おいてかれたんだよ。信用できるわけないじゃないか。どうせ中さんが急にやりだしたんだから。中さんの次に上がるんだったら、僕物理的に足引っ張るよ。」
「何の宣言してんだよ。じゃあもうわかったよ。俺最後な。」
僕の次に大木が上がると、大木と一緒に中山を置いていくふりをまたやった。今回はすぐに戻ったが、中山は本気で不安になった顔をしていて、僕らが帰ってくるのを見ると緩んだ顔になり、また3人で大笑いした。
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