僕らの異能力は、【不登校】が一番強かった

じーさん

第1話 認識されない僕

「――以上、出席番号7番、御礼田」


朝のホームルーム。


俺の名前は御礼田 陽おれだ よう


担任教師が俺の名前を呼んだ。


だから俺は、いつも通りに返事をした。


「……はい」


蚊の鳴くような


と形容するにはあまりにもか細い声だったかもしれない。


それでも、確かに俺はそこにいて、返事をしたのだ。


しかし、教師のペンは出席簿の上を滑り


俺の名前に無慈悲な赤い丸――欠席の印を刻んだ。


「よし、全員いるな。今日の連絡事項だが――」


いる。


ここに、いるのに。


喉まで出かかった言葉は


教室の喧騒に溶けて消えた。


誰も俺を見ていない。


まるで、俺の机と椅子だけがぽつんとそこにあるかのように


クラスメイトたちの視線は俺を通り過ぎていく。


これが、僕の異能力、『忘却の霧ロスト・ミスト』。


正式名称は「受動的認識阻害」だ。


他人から意識的に認識されなくなる、ただそれだけの能力だ。


この世界では


誰もが生まれながらに


何らかの異能力ギフトを持って生まれてくる。


空を飛ぶ者、炎を操る者、鋼鉄の肉体を持つ者。


そんな華々しい能力者たちは「アデプト」と呼ばれ


社会のヒーローとして活躍している。


俺のクラスにも、スターはいる。


窓際の席で


指先から生まれた小さな光の蝶を飛ばして


女子たちの歓声を集めている、輝島光輝てるしまこうき


彼の能力は『陽光掌握サン・マニピュレーション』。


光を自在に操る、まさにスターにふさわしいAランクの能力だ。


それに比べて、俺の能力は。


ランク判定では「Eエラー」だ。


測定不能、つまりは「役立たず」の烙印だった。


存在を認識されない。


それは、透明人間になれるのとは違う。


もっと中途半端で


悪意のない無視に晒され続ける呪いのようなものだ。


自動ドアが開かない。


コンビニのレジで永遠に順番が来ない。


グループワークではいつの間にかメンバーから外されている。


そんなことは日常茶飯事だった。


それでも、必死に声を張り上げ、肩を叩き、身振り手振りでアピールすれば


一瞬だけ「ああ、いたのか」と認識してもらえる。


だが、その努力はすぐに霧散する。


彼らの意識から、俺の存在は再び滑り落ちていくのだ。


自己肯定感なんて、とうの昔にすり減って消えてしまった。


その日の昼休み、事件は起きた。


クラスで一番人気の女子


美咲さんが財布をなくしたと騒ぎになったのだ。


教室は騒然とし、輝島がリーダーシップを発揮して皆に協力を呼びかけた。


「みんな、落ち着いて探そう!美咲さんの大切な財布だ!」


光の蝶を教室中に飛ばし、隅々まで照らし出す輝島。


その姿は眩しかった。


俺は、そんな騒ぎの中心から少し離れた場所で


ふと自分の足元に落ちているピンク色の革財布に気づいた。


美咲さんのものだ。


きっと、移動教室の時にでも落としたのだろう。


拾い上げて、声を上げようとした。


「あ、あの……」


だが、俺の声は誰にも届かない。


輝島が俺のすぐ横を通り過ぎる。


「輝島くん、こっちはなかった!」


という声に


「そっちも探す!」


と応えながら。


俺の手に財布があることにも気づかずに。


どうしよう。


これを渡せば、少しは俺のことを見てもらえるかもしれない。


淡い期待を胸に、俺は美咲さんの元へ歩み寄った。


彼女は半泣きで友達に慰められている。


「み、美咲さん……これ」


財布を彼女の目の前に突き出す。


彼女は一瞬、俺の手に持つ財布に目を留めた。


そして、ぱっと顔を輝かせた。


「あった!こんなところに落ちてたんだ!よかったー!」


彼女は財布をひったくると


俺の存在などなかったかのように


友人たちと抱き合って喜んだ。


俺が届けた、という事実は


誰の記憶にも残らない。


ただ、「そこに落ちていた」という結果だけが世界に記録される。


心の中で、何かがぷつりと切れる音がした。


もう、いいや。


頑張るのも、疲れた。




次の日から、俺は学校へ行かなくなった。


部屋に引きこもり、カーテンを閉め切って


ただ時間が過ぎるのを待つだけの毎日。


親も最初は心配していたが


そのうち俺が家にいることすら忘れている時間が増えていった。


食事が一人分少ない日もあった。


ネットだけが


俺が「存在する」ことを許してくれる唯一の場所だった。


ハンドルネームを名乗り、アバターを纏えば


誰かが俺の言葉に反応をくれる。


そんなある日


俺はいつものようにアンダーグラウンドな情報が飛び交う匿名掲示板を眺めていた。


『異能力の真価と、政府が隠蔽する「ランクE」の秘密』


そんなスレッドが目に留まった。


厨二病くさいタイトル。


どうせ暇つぶしだ、と俺はスレッドを開いた。


そこには、眉唾ものの情報が羅列されていた。


『ランクEは「エラー」ではない。【規格外エクストラ】の略称である』

『中でも伝説とされるのが、完全なる認識阻害能力、【忘却の(ロスト・ミスト】。あらゆる監視カメラ、熱源感知、生体認証を無効化し、国家レベルのセキュリティすら容易く突破する史上最強のステルス能力』

『その能力者は、歴史の裏で数々の大事件を操ってきた「幻影ファントム」と呼ばれている』


「……馬鹿馬鹿しい」


思わず声が漏れた。


俺の能力が、最強?ありえない。


自動ドアも開けられないこの能力が?


自嘲気味に笑い、ブラウザを閉じようとした、その時だった。


――ピコン。


画面の右下に、小さなポップアップが表示された。


真っ黒なウィンドウに、白い文字がタイプされていく。


『君が、新しい“霧”の適合者か?』


心臓が跳ねた。


ウイルスか?いや、違う。


このチャットウィンドウ、見覚えがある。


さっきの掲示板の管理者用のものだ。


ハッキングでもしない限り、管理者以外が使えるはずがない。


『誰だ?』


震える指でキーボードを叩く。


『俺たちは、君と同じ“役立たず”の集まりさ』

『世界が押し付けた価値観じゃ測れない、本当の力を持つ者たちの集まり』

『君の力が必要だ。御礼田 陽くん』


なぜ、俺の名前を?


背筋が凍り付く。


この部屋には誰もいない。


監視カメラもない。


俺は誰にも認識されていないはずなのに。


『君の“霧”はまだ不完全だ。だが、磨けば最強になる。俺たちが使い方を教えてやる』

『この社会の裏で蠢いている、汚い陰謀をひっくり返すために』


ウィンドウに、一つのURLが表示される。


『扉は開かれた。来るか来ないかは、君が決めることだ』


メッセージはそれきり途絶えた。


部屋には、パソコンのファンの音だけが静かに響いている。


俺は、自分の手を見た。


役立たずで、誰からも忘れ去られるためだけの、呪われた力。


でも、もし。


もし、あの言葉が本当だとしたら?


このどうしようもない能力が、本当に「最強」だとしたら?


ゴクリと、喉が鳴った。


俺は震える指を伸ばし、マウスのカーソルを、表示されたURLに合わせた。


不登校の僕にだって、できることがあるのかもしれない。


いや、不登校の僕にしか、できないことがあるのかもしれない。


クリックする指先に、ほんの少しだけ、力がこもった。


俺の名前は御礼田 陽おれだ よう


これは不登校の俺が最強になるまでの物語だ。

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