戦う理由
ドアが開く大きな音と同時に、俺の背後から二種類の声が聞こえてきた。
一つは、普段から聞き慣れてる甘くてほんのりした声。もう一つは、初めて耳にする凛とした透き通る声。
振り向いた先には、少し頬を膨らませている見慣れた顔の
「な、菜乃!? どうしてここに? 先帰っててと伝えていたはずだが」
菜乃は、淡いピンク色のボブヘアを揺らしていた。明るく愛嬌のある顔立ちに、ほんのり桜色を帯びたふっくらとした唇が印象的な、一つ下の後輩だ。
「はい。そのメッセージはちゃんと確認しましたよ」
「なら、どうしてここに?」
「実は・・・田中先生に呼ばれて職員室に行ってたんですけど、教室に戻る際に先輩が理科室に入っていくのが見えてしまいまして。それで、少し気になって・・・様子をみようと理科室の前に来たら神崎先輩との話し声が聞こえてきたので・・・」
「あー、それで。でも、盗み聞きは感心しないなあ」
「すみません、先輩・・・」
しょんぼりと謝る菜乃に、俺は苦笑いしながらも優しく注意した。
俺と菜乃のやり取りが終わると、神崎が菜乃の隣にいる少女へと向ける。
「それで、なぜ
「申し訳ありません、綾乃様。少し様子が気になって・・・様子を伺いにきたところ、綾乃様がミカ様を・・・」
「ちょっ、澪!」
「はっ・・・!」
先ほどまでの冷静な表情が崩れ落ち、瞳が見開かれ、澪という少女は咄嗟に両手で口元を抑える。
「あの・・・神崎さん、今その子、俺のことをミカと言いませんでしたか?」
俺がその単語に反応して問いかけると、神崎は一瞬だけ沈黙し、ため息混じりに口を開いた。声のトーンが、先ほどまでの明るく明るく澄ましたものから少し砕けた素の調子へと変わる。
「もう、こうなってしまった以上隠しても仕方ないわね・・・黒瀬陽翔。あなた、凄腕暗殺者のミカだよね? 実はあなたにまだ話してないことがあって、さっきの神様からのメッセージには続きがあるのよ」
「続き?」
「ええ。続きはこうよ。『彼は暗殺者ミカなり。汝、彼と手を結べ。さすれば、身に迫る脅威は避けられ、この世界もまた救われん。』」
「そう・・・だったのか・・・」
「それで? どうなのよ?」
神崎にじっと見つめられるが、不思議とこの人には話てもいいという直感があった。
「・・・ああ。俺は君の言う通り暗殺者ミカだ」
「やっぱり。じゃあ、私も話すわ。私は、名探偵アリエ。あなたと同じく《アルマ》を追っているわ。そして、彼女は
凛とした雰囲気の少女だった。涼やかな光を宿す切れ長の瞳に、通った鼻筋と薄紅の唇。加えて、赤みがかったレッドブラウンの髪は長く、左右で高めに結んだツインテールが肩越しに流れていた。
俺が三浦を見ると、彼女はすでに冷静さを取り戻しており、軽くお辞儀をした。
そして、視線を神崎に戻すと、神崎はそのまま話を進める。
「知っての通り、《アルマ》はあらゆる犯罪に手を染める最悪の組織よ。確か・・・世間では《世界の敵》と言われてるわ。そこで私は、フィルと一緒に《アルマ》が関わる事件の捜査をしたり解決もしてるわ。ときには、私の未来予測で未然に防いだりもしているわ。この私の名推理で!」
おい、最後の一言要るか?
というか、こっちが神崎の本当の姿じゃねえか。
彼女は、艶やかな銀髪をさらりと靡かせながら「どうだ!?」という様子で胸を張る。見た目は完璧でも、こういう調子の時が本当の姿らしい。
その様子を見ていた菜乃が、控えめに前に出る。
「あのー。神崎先輩、今の話って本当ですか?」
「あ。しまった・・・」
菜乃の声を聞くと、神崎はさっきまでの自信に満ちた表情が崩れ、少し慌て始める。
おい、まさか・・・菜乃の存在、忘れてたのか!?
「あ、えっと・・・すみません。できれば、今の話は聞かなかったことにしてください」
即座に声色を普段皆に接している時のトーンに戻す神崎。
・・・やっぱり忘れてたな。まあ、良い・・・
俺は心の中で呟いてたことの続きを神崎に伝える。
「神崎、心配しないでくれ。菜乃もこっち側の人間だ。菜乃はの助手だ」
「はい。先輩の言う通りです。神崎先輩、三浦先輩、初めまして〜♡。私の名前は、黒崎菜乃。コードネームはエリルで、先輩の助手をやってます! 今の話も別に口外しないので安心してください♡」
菜乃はぐいっと距離を詰め、まったく物怖じせず笑顔を向ける。神崎も肩の力を抜いて、素の口調で応じた。
「あら、そうだったの? 菜乃さんも私たちと同じ側だったとはね」
「はい♡」
俺は二人の距離が一瞬で縮む様子を見て、少し感心する。
「そうだ、もしよろしければ・・・先輩たちのこと、綾乃先輩、澪先輩って呼んでも良いですか?」
「良いわよ」
「私も構いません」
「ありがとうございます♡」
少し間が空いた後、神崎が思い出したように口を開く。
「そういえば菜乃さん、聞いてくださいよー。黒瀬ってば、この私の告白を断ったのよ? 容姿端麗、成績優秀、運動神経抜群で完璧なこの私のことをだよ? 他の男子なら絶対オッケー貰えると思うんだけど」
・・・それ、自分で言うんだ。
俺は神崎の自慢げな発言を聞いて、内心で軽く引く。
「あー・・・まあ、先輩は恋愛に全く興味なさそうですからね・・・」
菜乃の発言と同時に、俺は細い視線を二つ感じる。
「私、告白なんて今まで一度もしたことなかったから、すごい勇気出したのに・・・しくしく」
「おい、その嘘泣きやめろ。そろそろ話を戻すぞ」
俺は話の本筋に引き戻す。
「それで? もし神崎が受け取った天啓が本当なら、俺は神崎とタッグを組むってことだよな?」
「ええ、そうよ。澪、お願い」
「かしこまりました、綾乃様」
三浦は暫し閉ざしていた口を開く。
「ミカ様、こちら、ここ最近に起きた事件をまとめたものになります」
三浦はクリーム色のブレザーの内ポケットから一枚の紙を取り出し、俺に手渡す。
「6月2日、大田区・蒲田で帰宅中の女子高生1人が行方不明。6月4日、杉並区・荻窪で男子中学生2人が昼休み中に行方不明。6月7日、板橋区・成増で登校中の男子高生1人が行方不明。6月8日、足立区・綾瀬で登校中の女子中学生1人が行方不明。そして昨日、6月10日には江戸川区・平井で帰宅中の女子高生1人が行方不明となっています」
「ああ。俺もこの一連の事件は把握している。俺も犯人を追っていたところだ。それで、この件がどうかしたのか?」
「はい。実は先日、綾乃様の名推理で犯人の素性を特定しました」
三浦、神崎に洗脳されてるな。
俺は密かにそんなことを思いながら、彼女の話に耳を傾ける。
「犯人は3人組。男2人と女1人です。男の名はラハブとダンタニアン。女の名はリリス。彼らによる連続誘拐事件と見られます。今までの事件からして、中高生をターゲットにしている模様です。犯行のタイミングには規則性がなく、現段階では中1〜3日の間隔で、登校中・昼休み中・帰宅中のいずれかの時間帯に発生しています。ただ、犯行場所に関しては、ある傾向が段々と見えてきました。綾乃様によると、東京23区において、世田谷区を起点として外側の区から“ひとつ飛ばし”の順に事件が発生しています」
「・・・ということは、次の事件は一つ内側の墨田区あたりか?」
俺が地図を思い浮かべながら言うと、三浦の隣にいた神崎が口を開く。
「黒瀬、それはまだ断定できないわ。確かに、事件の規則通りなら、墨田区の可能性は高い。でも、同じく規則に従うなら目黒区も候補にあがるわ。次は江戸川区の真下に行くかもしれないし、一度南に戻って目黒区から新たに始まるかもしれない。だから、そこはまだ断定できない」
「なるほど」
「ただ、黒瀬の予測はあながち間違ってないわ。私が神様から受け取ったメッセージの内容からして、1週間以内に私の身に何かしら起こる。もし、それがここ最近の事件と関係するのだとしたら・・・次の事件は、私たちが通う明星高校がある墨田区で起きる可能性が極めて高い」
「それで、俺に近づいてきたわけか」
「そうよ。あなたと組めば、私の身の安全も保証され、世界も救える。一石二鳥よ!」
「俺をボディーガードにしないでくれ」
「別にいいじゃない? この私を護衛できることを光栄に思いなさい」
「はあー」
思わず、ため息がこぼれる。
「何よ?」
「いや。なんでもない・・・まあ、こうなったからには仕方ないか。もしその天啓が正しいなら、俺と神崎が手を組んだ方がいい、ってことだよな」
「そうよ。もう一度言っておくけど、神様の言葉に嘘はないわ」
「・・・わかったよ。じゃあ、組むか」
「納得してくれたみたいね」
「ただ、一つ聞かせてくれないか?」
「いいわよ」
「神崎が“《アルマ》と戦う理由”はなんだ?」
「何よ、それ。そんなことが聞きたいの?」
「聞いておきたいんだ」
「・・・そう。いいわ。私が《アルマ》と戦う理由なんて、たった一つよ。“世界が終わるには、まだ早いからよ”。ねえ黒瀬、あなたも、そう思うでしょ?」
その答えを聞いた瞬間、胸の奥を不意に突かれたような感覚になり、言葉がすぐ出てこなかった。
「・・・ああ。そうだな」
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