第14話 ハイエナの嗅覚

 夜明け前の、下層区が最も深く沈黙する時間。

 溶接横丁の重いブラストドアが開き、工房の主であるリアが作り上げた異形のマシンが、その姿を現した。

 それは、多脚歩行のクレーンと、装甲トラクターを融合させたような、無骨なサルベージ専用機だった。リア自身はその中央にある強化コックピットに乗り込み、無数のモニターの光を顔に浴びている。


「乗れ、ガキ。お前は露払いの斥候だ」


 リアの命令で、カイはマシンの前部に設けられた、剥き出しのガンナーズシートに飛び乗った。

 巨大なマシンは地響きを立てながら、カイが二週間前に命からがら逃げてきた、奈落の底へと向かって進み始める。


 道中、二人の間に会話はなかった。

 ただ、リアが通信機越しに、機械的な指示を飛ばすだけだ。


『右舷前方、瓦礫の山。不安定だ、衝撃を与えるな』

『次の区画、ガスが滞留している。フィルターを起動しろ』


 カイは指示に従い、時には先行して周囲を警戒し、障害物を排除する。リアの的確なナビゲートと、カイのスカベンジャーとしての土地勘が組み合わさり、巨大なマシンは危険な下層区の深部を、驚くほどスムーズに進んでいった。


 やがて、彼らは巨大な崩落現場の縁に到着した。眼下には、レクス7と猟犬たちの残骸が眠る、巨大な暗黒が広がっている。


「よし。ここからが本番だ」


 リアはサルベージ機の脚部を、アンカーボルトで地面に固定していく。その作業は、まるで精密機械の手術のようだった。


「いいか、ガキ。今からお前をワイヤーで降ろす。機体のフレームに、この電磁クランプを四ヶ所、寸分違わずセットしろ。場所はモニターに送る。一ヶ所でもずれたら、機体は吊り上げた瞬間に空中分解する。分かったな」

「……ああ」


 カイはリアから渡されたハーネスを装着し、巨大なウィンチに繋がれたワイヤーの先で、奈落へと降りていった。

 眼下に、静かに横たわるレクス7の姿が見える。二週間ぶりの再会だった。

 カイは慎重に着地し、リアの指示に従って、巨大なクランプを機体のフレームに一つずつ取り付けていく。それは、傷ついた友の手当てをするような、不思議な感覚だった。


『……よし、最後の一本だ。そこに取り付けたら、すぐに離れろ』


 リアの緊張した声が響く。カイが最後のクランプをセットし、起動スイッチを押した瞬間だった。

 空洞の反対側の暗闇から、複数のヘッドライトが点灯し、甲高いエンジン音と共に、数台の小型バギーが姿を現した。車体には、ハイエナのマーキングが描かれている。下層区でも特に悪名高い、残骸漁りのスカベンジャーチーム「ハイエナ・クルー」だった。


 拡声器を通した、甲高い声が空洞に響き渡る。


「よう、リアの姐さん! さすがは『魔女』、鼻が利くな! まさか、こんな大物が眠ってるとは知らなかったぜ!」


 リーダーらしき男が、バギーの上から下卑た笑みを浮かべる。

「そいつは、ちと重すぎるんじゃねえか? 俺たちが手伝ってやるよ。もちろん、分け前はきっちり貰うがな!」


 ハイエナたちが、クレーンのワイヤーを狙うように、バギーに搭載されたカッターや銃口を向けた。

 カイは咄嗟にパルスガンを抜き、レクス7の前に立ちはだかる。

 通信機から、リアの氷のように冷たい声が響いた。


「……犬。聞こえるな」


 その声は、ハイエナたちではなく、カイにだけ向けられていた。


「今から吊り上げを開始する。奴らはワイヤーを狙ってくるだろう。ここからが一番繊細な作業だ。……外野の騒音ノイズを黙らせろ」


 ウィンチが軋む音を立て、レクス7の巨体がわずかに浮き上がる。

 それを見たハイエナたちが、一斉にエンジンを吹かした。


 カイは、たった一人、自身の過去へと繋がる唯一のしるべと、新たな主人の背中を守るために、牙を剥くハイエナの群れと対峙する。

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