ツンデレ騎士と鎖の剣

午後の日差しが城の訓練場を照らし、黄金色に染まった光がアリアの持つ金属剣に反射していた。


ヒロシは木のベンチに座り、畏敬の念を込めた様子でアリアを見つめていたが、表情は無表情だった。


「見つめただけでは勝てないわよ!」アリアは剣を素早く振り回し、言い放った。


「見つめてるわけじゃない、ただ…驚いているだけ」ヒロシが何気なく答えると、アリアの頬がほんのりと赤くなった。


「ふ、ふざけるなよ、このバカ! 驚きだ…私はただの普通の騎士なのに!」アリアはそう言いながら、動きはより滑らかになった。


ヒロシは頬を掻いた。「普通の騎士があんなにカッコよく動けるなら、この世界は強すぎるわ」


アリアは言葉を切り、苛立ちと恥ずかしさを込めた表情で彼を見つめた。


しかし、彼女の目は急に深くなり、何か言いたげだった。


ヒロシは不思議に思った。普段は強気なアリアだが、今回は真剣な表情を浮かべていた。


「ねえ…ヒロシ。私がなぜ騎士になったか知ってる?」彼女は静かに尋ねた。


ヒロシは、彼女から真剣な口調で言われるのには慣れていないようで、瞬きをした。


「えっと…剣が好きなから?」ヒロシはさりげなく答えた。


アリアはため息をついた。「違うわ。私は自ら騎士になったわけではなく…強制的に騎士になったの。」


急に重苦しい空気になり、ヒロシは背筋を伸ばした。


「私は幼い頃から辺境の村で育ったの。たくさんの魔物が襲ってきて、母の他に剣を持てる女性は私だけだったの。」


「えっと、幼い頃から戦わされていたの?」ヒロシが尋ねた。


アリアは苦々しく頷いた。


「母は村を守っていて重傷を負ったの。それから、私は母の代わりをすると誓ったの。たとえ体が壊れても。」


ヒロシは黙り込んだ。心の底では、アリアがそんな辛い過去を持っていたなんて信じられなかった。


「だから…僕は『普通の女』でいる術がわからない。戦うことしか知らないんだ。」


ヒロシは地面を見つめ、告白された言葉を受け止めようとした。


「じゃあ、今までずっと強がっていたのは…弱く見られるのが怖かったから?」


アリアは歯を食いしばったが、ようやく小さく頷いた。


「僕は…強くいることをやめたら、すべてを失ってしまうんじゃないかって怖いんだ。」


ヒロシは深呼吸をした。「でも…君は笑う時も美しいんだよ。」


アリアはたちまちトマトのように真っ赤になった。


「バカ!変なこと言わないで!」彼女は顔を覆いながら叫んだ。


ヒロシは笑いをこらえた。 「本当に、本当のことを言ってるの。私、腐男子で、普段は女の子に目が行かないの。でも、あなたは違うのよ。」


アリアは凍り付いた。心臓が激しく鼓動し、剣の音よりも高かった。


初めて、騎士としてではなく、女性として見てもらえたと感じた。


「そんな馬鹿なことばかり言ってたら…惚れちゃうわよ!」アリアは半分冗談、半分本気で言った。


ヒロシは肩をすくめた。「いいわよ。あなたをめぐって争っているのは私だけじゃないのよ。」


アリアの顔がさらに熱くなった。「え!?このうっとうしい男!必ず私を選んであげるから、聞いて!」


彼女はヒロシに向かって剣を抜いたが、脅すつもりはなかった。


「この剣に誓うわ…私はあなたの守り手になる。騎士としてだけでなく、アリアとして!」


ヒロシは呆然とした。その誓いは真摯で、胸が熱くなった。


「じゃあ…守護者だけじゃなくて、友達でいてね。」


アリアは珍しく小さく微笑んだ。


「わかった。でも、もし友達以上の関係になったら…それはまた後日。」


ヒロシは間抜けな笑みを浮かべた。「なんか、恋愛シミュレーションゲームみたいになってきたな。」


「恋愛シミュレーションって何よ!?」アリアは、その異次元の世界の言葉に戸惑い、言い放った。


ヒロシは高らかに笑った。「関係ない、忘れてしまえ!」


アリアは彼を睨みつけたが、内心ではその笑い声が面白かった。


初めて、彼は自分がただの戦士ではないと感じた。


ヒロシはアリアの剣の向こうに沈む夕日を見た。美しく、そして象徴的な夕日だった。


「アリア…もう孤独を感じることはないだろう。」彼は優しく言った。


その言葉にアリアの胸は震えた。まるで古びた鎖が少しずつ崩れていくようだった。


彼女は頷いた。涙がこぼれそうになったが、すぐに拭った。


「また感傷的なことを言ったら…ぶっ叩くわよ!」彼女は泣きじゃくりながら言った。


ヒロシはニヤリと笑った。「じゃあ、ぶっ叩いてみろよ。毎日ぶっ叩かれてもいいんだから。」


「えぇ…マゾヒストね」アリアが言うと、ヒロシはただ笑った。


夜がゆっくりと訪れ、空には星がちりばめられ、アリアはまだ剣を膝の上に抱えていた。


「ねえ、ヒロシ…」彼女の声は柔らかかった。


「他に何か?また決闘したいなんて言わないでくれよ。」


「い、いや。ただ…ありがとう。」


ヒロシは黙り込み、月明かりに照らされた彼女の柔らかな顔を見つめた。


「アリア…お礼なんていらない。ありのままでいいのよ」


アリアはうつむき、かすかに微笑んだ。「じゃあ…これからは、ありのままの自分でいようと思う」


二人は沈黙していたが、温かい空気が二人を繋いでいるように感じられた。


そして、ヒロシは初めて、アリアの弱い一面…そして最も美しい一面を見た。

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