偽善者の世界救世旅行記
奈桐零-なきりれい
第零章【混濁世界】
第1話【異世界召喚】
仕事終わり、運動がてら近所の公園を散歩していたら公園の外をずぶ濡れで歩いている少年を見つけた。
凡そ原因は掴めたが、無視するのは俺の理念に反する。
お世辞にも普通の容姿とすら言えないような顔に、運動した事がないかのような太った体系、被せられた水分のせいなのか元々の体臭なのかすえた臭いを放つその姿は他者から拒絶される要素で溢れた容貌だ。
俺はとぼとぼと歩く少年に近づき声を掛けようとした。
その瞬間、足元に光のサークルが現れ、俺と少年を眩い光が飲み込む。
…発光が止み、周囲を見渡せばそこは先ほどまで居た場所とは異なり、どこかの会議室のような場所だった。
そして、俺はそれを俯瞰的に、監視カメラのような視点で見下ろしており、視線を動かす事は出来るが身体を動かす事が出来ない。
俺が今の状況について考えていると、目の前に光の柱が降り注ぎ、先ほどの少年が現れた。
先ほどまで確実にいなかった。
手品のような光景に呆気に取られるが、自分の現状も同じようなものと考えて納得する。
そして、少年が右往左往している間に、少年の対面側の椅子に光が降り注ぎ、先ほどとは違いゆっくりと輪郭を表す。
それは美しい、まさしく絶世の美女と呼べる金髪の長く艶やかな髪を下ろし、ワンピースのような薄手の純白の衣服を纏った女性だった。
「初めまして」
「……」
女性が話しかけるが少年は驚きのあまり声が出ないのか反応を返さない。
女性は困惑したように、再度声を掛け少年を呼び起こす。
「初めまして、私はあなたを召喚した世界、フローリアの管理者です」
「しょう…かん?」
「はい、あなたは異世界フローリアに召喚されました」
「じゃ、じゃあ! ぼ、ぼく、いや俺は勇者って事!?」
「そうなります」
「も、もしかしてチ、チートスキルとか!」
若い世代といっても俺もそう変わらないが、後輩等が良く言っていたライトノベルとかの内容の奴か。
確か、異なる世界に行ってチートで無双してハーレムを作るとかそういう奴。
それにしても勢い余って、机に乗り上げて話しかけていく少年に対して、その鼻息の荒らさに女性の方は若干引いてないか?
どもりながら話す様子的に会話というかコミュニケーションもあまり得意ではなさそうなのに、引かれている事に気づかないほどにこの召喚が嬉しいようだ。
「チートスキルに該当する物としてあなたの願いを5つ叶えて差し上げます。ただし願いの」
「じゃ、じゃあ! 俺イケメンになりたい!」
「…まず、聞いていただけますか?」
「あ、あとは」
女性の説明を無視して自分の要望を伝え始める少年に俺は頭が痛くなる。
最近の若者と、一緒くたにする気はないが、最近面接に来る子で良くこういう話を聞かずに一方的に話す子が多かったなと思う。
そんな事を思っているとバチンと大きな音が鳴る。
音源は女性で、柏手を打ち少年のマシンガントークを中断させたようだ。
「話を聞いていただけますか?」
「は、はい」
「本来召喚では10の願いを叶える権利が与えられます。ですが、今回召喚されたのが2名だった為、分割され5つの願いになりました」
「なっ! そんっ…」
女性の説明にまた口を出そうとした少年を女性が睨み黙らせる。
綺麗な女性ほど怒らせると怖いものはないからな。
それに、相手の話はちゃんと聞くべきだぞ。
話を聞いてなくて騙されるなんて自業自得以外の何物でもないからな。
「これは召喚を行った国が原因です。召喚を行った国、神聖ズデーン皇国は勇者召喚を悪用し、勇者を他国との戦争目的、軍事的に利用しようとしており召喚を担当する聖女がそれを止める為にあなただけではなくもう1人呼んだ訳です」
「ま、待ってくれ! 俺だけで充分だから10個願いを叶えてくれよ!」
「それはあなたが判断する事ではありませんし、もう行われた事なので無理です」
「あなたは神様なんだろ! なら!」
「私は管理者であって全知全能の存在ではありません。あなたの願いを聞き届ける事と説明する事が私の役目であってそれ以上もそれ以下もありません」
「っ! じゃあ、さっさと俺の願いを叶えてくれよ!」
なるほど、管理者ねぇ。
全知全能の存在がいるような言い草だな。
まぁ、少なくとも上位者は居るようだな。
「説明が終わっていませんが、まぁ良いでしょう」
ちょ、ちょっとまてぇ!?
それ説明俺は後で聞けるんだよな!?
この少年のせいで俺まで聞けないのか!?
くそ、現状発言権も何もないから見守る事しか出来ない。
「じゃあ、さっき言った通りイケメンにしてくれ」
「容姿の変更だけという訳ではなさそうですね…なるほど、それに相応しい能力ですか。わかりました。あなたが思うイケメンにしましょう」
「よし、じゃあ次だ。俺以外もいるんだから多少増えても変わらないよな!
「は?」
は?
こいつ、何考えてんだ?
「えーと、先ほど言いましたように召喚された勇者は戦争目的で利用」
「だから良いんじゃないか! 俺に頼らないと生きていけないんだからあいつらが俺の言いなりになるんだ。へへ、やっぱ勇者って言えば美少女の幼馴染がいないとな」
「…わかりました。しかし、その内容は願いを3つ消費します」
はぁ、どうしようもない屑だな。
管理者の女性も拒否する権限はないんだろうな。
明らかに目つきが見下すものになっている。
「は、はぁ!? どうしてだよ!」
「願いの大きさです。諦めてください」
「っち! あ、あと1個しかないのかよ…じゃ、じゃあ! 洗脳だ! 洗脳出来る魔法をくれ!」
「…わかりました。洗脳スキルを付与しましょう。ただ」
「ついでだし幼馴染の奴らにも洗脳しておいてくれよ! 俺に服従とかそういう感じで! へへ」
「…よろしいんですね?」
「あぁ、なんだったらお姉さんも」
馬鹿な少年が下種な欲望をむき出しにした瞬間。
少年が壁に頭から突っ込んで突き刺さっていた。
何が起きたかはわからないが、推測は出来る。
ブチギレた管理者の女性にぶん殴られたのだろう。
まぁ、自業自得だな。
そうして、俺の視界が徐々にぼやけていく。
ただ、俺に焦りはない。
この後、同じ場所か別の場所かまでは知らないがあの女性と話せる事は確実だからな。
予想通り、視界がはっきりすると今度は視界だけでなく身体も動かせる。
場所は先ほどと同じく会議室のような場所。
先ほどの様子からしてあの女性が来るまでさほど時間はかからないだろうから立って待っておこう。
立場を考えれば取引先の大企業の社長クラスかそれよりも上と考えて相応しい。
少年みたいに殴られるとは思わないが、不興を買って良い相手ではないからな。
それよりも、考えるべきは今後の事か?
あの少年、彼は下種な欲望の為だけに3人の少女を道連れにした。
あった事はないが
俺達のように呼び出された者じゃない彼女達を無理矢理連れて行くのは…。
何とかしてやりたいが…まずは自分の安全が最優先だな。
そうなると、必要なのは情報だ。
誰が敵で、誰が味方なのかを識別出来る能力。
次に安全の確保、拠点か瞬間移動的な能力が欲しいな。
移動拠点的な物があればそこで安全に生活が出来る。
物資の補給も必要だ。
戦争する目的で勇者を召喚するくらいだから特権階級が権力を独占しているだろう。
そうなると大抵はどこかしら腐敗があるはずだ。
戦場に行けば物資の補給を満足に受けられるかすら不明だし、離脱するとしても先立つ物がないと危険だ。
あと、嗜好品に関してもないと困る。
特にタバコ!
ニコチンがないとやってられない!
胸ポケットにあったはずのタバコを探すがそれもない。
この3点は必須だな。
あとは、洗脳がどの程度のレベルかによるが洗脳や毒殺警戒用の耐性系統と純粋な戦闘能力くらいか?
気になるのはどの程度の強さが必要で、能力がどの程度の物なのかという話だな。
あの女性は願いによって消費量が多くなると言っていた。
道連れで3、容姿変更と洗脳がそれぞれ1、容姿変更はまぁわからないでもないが、道連れと洗脳でそれほど差が出るのか?
他者を無理矢理道連れにするうえに、設定という名の洗脳もするとしても、洗脳が安すぎないか?
設定の付与が0.5としても2.5が道連れになる。
願いを叶えるという規模に対して、道連れのバランスがおかしい。
バランスがおかしいが、そもそも願いを叶えてくれるという現状がおかしいのだから気にしたら負けか?
…もしくは洗脳には大きな弱点、デメリットがあるのか?
そんな事を考えていると対面の椅子に光の柱が降り注ぎ、あの女性が現れた。
「あら、座っていらっしゃらなかったんですか?」
「名乗りこそありませんでしたが、失礼があってはいけないと思い、立ってお待ちさせていただきました」
恭しく、腰を折るようにお辞儀する。
「そんなに畏まらないでください」
恐らく殺されたり、消されたりはしないだろうが殴られるくらいはするからな。
しかも、その威力が明らかにアニメか漫画のような威力だ。
さすがに壁にめり込みたくはない。
まぁ、不興を買わない事が目的なのであまり大げさにしすぎるのも良くないか。
「はい。彼ほどはさすがに目に余りますが普段通りで構いませんよ」
っ!?
今声に出してたか?
「いいえ、心を読ませていただきました」
「読心術も出来るのですね」
「そんな優れた技術ではありません。この空間ではあなたは魂がむき出しなので心の中で考えていても見えてしまうのですよ」
それはそれは…隠し事が一切出来ない取引ほど怖いものはないな。
しかも、こちらが一方的にとなると…。
「取引等というほどでは…あぁ、なるほど気付いているのですね?」
「予想に近いものですが」
俺が考えていた取引とは、ようするにこの女性が俺に何かしらを願う代わりに俺が何かを貰おうと思っていた件だ。
願い以外に彼女が何かをくれるのかという点に関しては聞いてみないと分からないと思っていたが、これは期待出来そうだ。
「教えていただけますか?」
ふむ…目の前で考えている事に関しては読めるが、過去に考えていた事や記憶に関しては読めないのかな?
「あの少年と俺を呼んだ国、もしくは召喚システムの破壊、その辺りがご要望なのでは?」
彼女は悪用、役目と言っていた。
悪用しているのは俺を呼んだ国、役目というのは何かしらのルールに縛られて行動しているという事だ。
もし、俺が召喚した国だとすれば戦争が目的なら馬鹿だが戦える奴を望むだろう。
特に性欲だとか金銭欲だとが強い奴だと制御しやすいから喜ぶはずだ。
それが、もろに当てはまるのがあの少年な訳だが、俺は当てはまるだろうか?
3大欲求に関しては人並みだろう。
物欲に関してもタバコがあれば良いくらいか。
仕事で結構稼げていたので金にも困っていなかった。
戦えるかと言われれば多少の武術経験はあるし、一般人よりは慣れていると言えるだろう。
山で動物を狩ったり、海外で紛争地に行った経験もあるからそう言った光景を他の人よりは見慣れているとまでは行かないが耐性はある。
異世界の基準が分からないので確実とは言えないがそれでもあの少年よりはスペックが高いと確信している。
そんな俺が対象になるとは思えない。
そうなると、呼び出したのは国ではなくこの場にいる女性になる。
そして、先ほどの目標は、強力な力を得れば達成しうる目標だとは思う。
ただ、何故それが必要で、今どういう状況なのかは全く掴めていない。
この辺りの説明をしてほしいわけだが…
「っと、これが俺の考えですよ」
「素晴らしいですね。あなたが考える通り、今回の召喚は先ほどの彼が国が呼び出したかった者で、あなたが私達が呼んだ者ですね」
私達ね…。
「はい。私達は元々大精霊と呼ばれる世界の属性を司る存在でした。創造主たる神が私達を管理者として定めてからはこの神域と呼ばれる場所で神が作り出した世界の管理システムを運営しているのです」
大精霊、属性、創造主、管理システムねぇ…。
新しいワードのオンパレードだ。
彼女自身が否定していたが、存在がいるような事をほのめかしていた事から創造主が全知全能の存在なんだろう。
属性や大精霊に関しては何となくの想像はつく。
管理システムというのはシュミレーションゲーム的な世界を育成するシステムなのか?
いや、そんな自由度ではなさそうだからどちらかというと願いという名の経費を該当する能力に割り振る経費精算のようなシステムか?
「どちらかと言えば経費精算のようなシステムですね。願いに該当する能力を作り出して渡す事は出来ますが能力によっては願いの消費量を増やさないと作り出す事が出来ませんので」
なるほど、自由度なんて欠片もない訳だ。
「まぁ、それで困る事なんてありませんでしたけどね」
ん?
でも、困っていたから俺を呼び出したんじゃないのか?
「それはそうです。ですが、内容は異なります。先ほども言ったように大精霊と呼ばれる私を含めた7属性を司っていた存在が管理者となり神域で生活していた訳なのですが、それを3代前の魔王が私達を封印する術を作り出してしまったのです」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます