第20話  ランクアップの条件

「そういえば、ランクアップの条件ってなんだったっけ」


 おかわりしたパンをもぐもぐ頬張りながら、リオンが言った。

 行儀作法について煩く言われないので気楽に食事ができるのは、家出してよかったことの一つだ。

 エルディお薦めのチーズが練り込まれたパンは、表面のチーズの焦げ目がパリッと香ばしく、絶妙な塩気と相まって美味い。ずっと食べていられそうだ。

 

「通常は、こなした依頼の数と獲得した金で決まります。FランクからEランクにアップするためには、十回以上の依頼を達成し、かつ800ルクス以上稼いだ実績があることが条件です」


 流れるようにスムーズにシルフィードから答えが返ってくる。

 さすがはギルド規約を熟読していただけのことはある。

 シルフィードはガラガラ鳥の香草焼きが気に入ったようで、おかわりして食べている。

 

「ということは、オレたちの場合、火竜の撃退依頼で2200ルクス稼いだから、あと九回依頼をこなせばEランクってことか……でもFランクが受けられる依頼って雑用みたいなのばっかりなんだよな」


 雑魚狩り、薬草採集、掃除etc……そんな依頼を九回。

 しかも、それで上がれるのはEランク。

 勇者への道はいろんな意味で険しい。


「雑用でも楽しい依頼はありますけどね」


 ふふふと笑いながら、エルディはさっきから大量の料理を食べている。

 食べ方が優雅なので、一見そうは見えないが、もう五人分ぐらいは食べたんじゃないか。

 すらりとした細身の外見からは想像できない、かなりの大食いである。

 グルメの情報の収集もしているんだろうか。


「あくまで通常のランクアップの場合です」

 

 シルフィードの言葉に、リオンは現実に引き戻された。

 今問題なのは、エルディの細い体のどこに食べ物が収納されているのかではなく、いかに早く冒険者ランクを上げるかだ。


「私たちの獲得額2200ルクス……これは金額だけならEランクを飛ばしてDランクに上がれる額です。通常はランクに応じて依頼の達成回数も必要。しかし、それをすっ飛ばす方法があります」


「どうするんだ?」

 

 シルフィードの言葉に、リオンの顔が輝く。

 このめんどくさい制度の抜け道を見出すとは、さすがはシルフィード。頭いいな。


「推薦制度ですよ。規約によると、ギルドの要職かAランク以上の冒険者一人の推薦があれば、獲得金額か依頼達成数どちらか一つの条件を満たすだけで飛び級スキップが可能です」


「そういえば、そんな制度もあったな」


 リオンは思い出した。

 冒険者に登録した直後、シルフィードとランクアップについて話していたときだ。

 シルフィードはギルドマスターあたりを操って推薦させる案を出してきたが、リオンが却下したのだ。

 しかし、今はあの時とは事情が違う。

 リオンたちの目的のためにも、エルディとの契約のためにも、早急に冒険者ランクを上げる必要があった。

 そのためには、少しぐらいの不正行為は目を瞑ろう。

 そう決意したリオンは表情を引き締める。


「じゃあ、ギルドマスターあたりを操って……」

「リオン様、ズルはいけませんよ」

 

 リオンの提案を、シルフィードは呆れたように鼻で笑った。


「えっ、おまえが先に言ってたことだよね!?」


 憤慨するリオンをまあまあと諫めながら、シルフィードはニヤリと笑った。


「Aランク以上の冒険者なら、そこにいるじゃないですか」

 

 言って向けられたシルフィードの視線の向こうには、優雅にステーキを口に運んでいるエルディがいた。


「ランクアップ推薦ですか? いいですよ」


 あっさりとそう言ったエルディに、リオンはガクリと全身の力が抜けるような気がした。

 エルディはリオンに向かって微笑む。


「さっきも言いましたが、リオンにはAランク程度の実力は既にあると思います。……あっ、でも、シルフィードは……すみません、シルフィードについては、現段階では情報不足ですね。実力が不確かな人物を推薦することはできません。僕の信用にも関わりますので」


 後半は申し訳なさそうに言ったエルディに、シルフィードは何かを考え込むように下を向いて黙った。

 エルディの言うことも、もっともだ。

 火竜と戦ったとき、シルフィードは姿を隠していたので、エルディには評価のしようがない。

 シルフィードは上位魔族だし、王子の側近に選ばれるほどの実力は備えているのだが、それはエルディの知るところではないのだ。

 どうにかしてシルフィードの能力をエルディに認めてもらわなければ、推薦は望めない。


「なんなら、食事が終わったら外に行って手合わせしますか? 僕、魔法ならそこそこ使える方なので……」

「それはちょっと……」

 

 エルディの提案に、リオンは慌てる。

 こんな街中でSランク冒険者と上級魔族の魔法対決なんてやられたら、周囲の被害はどれほどのものになるか。

 建物の損害は免れないだろうし、下手したら死人が出るかもしれない。

 どうにかして平和的に穏便に、この場を乗り切れないものか。

 リオンの隣で、考え込んだシルフィードは悩まし気に腕を組んでうーんと唸った。


(まさか、エルディと戦う気じゃないよな!?)


 リオンの焦りをよそに、シルフィードは腰の革袋から何かを取り出した。

 シルフィードの手に握られていたのは、一本の羽ペンだった。

 それは、シルフィードが一生懸命作ったというお気に入りの魔道具だ。

 羽の部分で擦ると文字が消え、その部分のインクの色と筆跡を記憶する。

 そして、次にペンで書くときに似たような色と筆跡を再現するという、文書偽造に特化した用途のペンだ。

 リオンたちはアルセの門を通る際、これを使って通行証を偽造した。

 シルフィードは苦い顔で、エルディに向かって羽ペンを差し出す。


「推薦してくれるなら、これをおまえにやろう」

「これは……?」


 ペンを握って不思議そうに見つめるエルディに向かって、シルフィードが用途を説明する。

 途中から、羽ペンを見るエルディの瞳がキラキラと輝きだした。


「つまり、シルフィードはこんな魔道具を作れるほどの実力の持ち主だと……素晴らしい! もうAランクどころの騒ぎじゃないですね! わかりました。シルフィードの推薦を認めましょう」


 どうやらシルフィードの羽ペンはエルディのお気に召したようだ。

 リオンはシルフィードに小声で話しかける。


「いいのか? あれ、気に入ってたんだろ?」

「いいんです。設計図があるので、また作れますから……」


 シルフィードはそう言って少し寂しそうに微笑んだ。

 

 こうしてシルフィードは、なかば買収に近い形でエルディの推薦を勝ち取ったのだった。

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