アーポット亭の黄金

春夏かなた

プロローグ

序章 回想:アーポット亭の黄金


冒険者の宿屋アーポット亭の地下、そのさらに奥深くには、巨大で分厚い岩戸に閉ざされた部屋がひっそりと眠っていた。その静寂を打ち破るかのように、一人の少年が岩戸にひたすら拳を叩きつけている。



レックス:「おりゃーっ!」



レックスは気合いを込め、目の前の岩戸に渾身の一撃を叩き込んだ。


ズシン、ズシン。

その衝撃は岩戸だけでなく、周囲の岩壁にも伝わり、あたり一帯が揺れ動く。しかし、岩戸には一ミリの傷もつかず、まるで何事もなかったかのようだった。



レックス:「ダメか。」



クリストファー:「ダメかじゃねぇよ。レックス! ウチをぶっ壊す気か、おめぇは!」


背後からクリストファーが怒鳴りながらレックスに近づいてくる。その後ろでは、シドが、やれやれと言いたげにゆっくりと首を振っている。


レックス:「大丈夫だよ、兄さん。ウチはドラゴンが踏んづけても、ぶっ壊れたりしないから!」



あっけらかんと答えるレックスに、クリストファーは深いため息を漏らし、呆れたように頭を抱える。


クリストファー:「そういうことを言ってんじゃねぇんだけどな……」


レックス:「だったら、なんだよ!」


少し不貞腐れて食ってかかろうとしたレックスを、シドが落ち着いた声で制する。


シド:「まあまあ、二人とも落ち着きな。どうだぇ、クリストファー。開けられそうか?」


シドの問いかけに、クリストファーは岩戸に片手を触れる。すると、岩戸はぼわっと淡い光を帯び始めた。


クリストファー:「こいつにかかっている魔力は一つじゃねぇな。こいつを解除するには二人の魔法使いがいる。」


クリストファーの言葉に、レックスとシドはがっくりと肩を落とす。


シド:「なんでぇ。一人じゃ開けられねぇのか」


レックス:「母さんを呼んでくるしかないね……」


がっかりする二人に、クリストファーはニヤリと不敵な笑みを浮かべた。


クリストファー:「俺一人で開けられねぇとは、言ってねぇよ」


ゴゴゴゴゴ……!


轟音とともに、岩戸が重々しく、しかし確実に開き始める。


中からは、まばゆいばかりの黄金色の光が漏れ出した。


レックス:シド:「わああっ!」


レックスとシドは、思わず感嘆の声を上げる。


扉の向こうには、部屋の隅々にまで積み上げられた、光り輝く黄金の延べ棒が鎮座していた。


この黄金が、10年後、一人の青年の運命を大きく変えることになることを、彼はまだ知る由もなかった。

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