放浪の愚者たち
森崇寿乃
序章:黄昏の呼び声
季節は移ろい、アクセルの街を撫でる風にも、冬の兆しが色濃く滲んでいた。燃えるがごとき秋の葉はことごとくその彩りを失い、枯れた枝々は、鉛色の空に向かい亡者の腕のごとく突き出されている。冒険者ギルドの喧騒もまた、どこか物憂げな響きを帯びる、そんな黄昏時であった。
暖炉の火だけが、陰鬱な室内に束の間の安らぎを投げかけている。その揺らめく光の中に、一組の冒険者たちの姿があった。彼らこそ、偶然と必然の奇妙な綾によって結ばれし、運命の共同体。稀代の幸運と、それをも凌駕する不運をその身に宿す少年、カズマ。水を司る女神でありながら、その神威のほとんどを宴会芸に費やすという大いなる矛盾を抱えた美神、アクア。一日一撃、ただ一度きりの極大魔法に己が魔力のすべてを捧げる、紅き瞳の魔道士、めぐみん。そして、敵の刃をその身に受けることに至上の悦びを見出す、高貴なる血統の女騎士、ダクネス。
彼らの卓上に、しかし、栄光の物語を彩るにふさわしい美酒も馳走もない。ただ、エールが半分ほど残されたジョッキと、硬くなったパンの欠片が、彼らの財政状況を雄弁に物語っているのみ。
「ふ……、我が財嚢は、冬枯れの荒野よりもなお、空虚か……」
カズマの呟きは、諦念の響きを帯びて低くギルドの床に落ちた。
「何を嘆くことがあろうか、カズマよ。この女神アクアの神威、忘れたとは言わせぬ。富など、望めば明日にも天から降りましょうぞ!さあ、今は祝杯だ!酒を!」
アクアが神々しいまでの美貌に、根拠のない自信を湛えて叫ぶ。その声は、しかし、誰の心にも響くことはなかった。
「黄金の山、か。それよりも、我が究極の破壊魔法を存分に振るえる、強敵の棲まう魔城こそを私は欲する。我が名はめぐみん!力の解放を渇望する者なり!」
めぐみんが、眼帯の下の紅き瞳を妖しくきらめかせた。
「魔城……、なんと甘美な響きであろうか。そこに巣食うは、屈強なる魔獣、あるいは残忍なる悪鬼……。おお、その剛腕が、この身を嬲り、苛む様を想像するだけで……!」
ダクネスが恍惚の表情で身をよじる。
四者四様の欲望が渦巻く、その刹那であった。ギルドの掲示板に、一枚の古びた羊皮紙が張り出されたのを、カズマは見逃さなかった。インクの黒も鮮やかな、それは緊急にして破格の報酬を約束する討伐依頼。
『古城“嘆きの尖塔”に巣食う“深淵の監視者”を討て』
依頼主の名は記されておらず、ただ、成功の暁には、彼らが一生涯、安楽に暮らせるほどの金貨が支払われるとだけ、記されていた。
「……行くか」
カズマの低い声に、三人の視線が集まる。その瞳に宿るのは、金銭への渇望、己が力を試すことへの飢え、そして、未知なる責め苦への期待。かくして、彼らの新たな、そしておそらくは、いつも通りに災厄まみれとなるであろう冒険の幕が、静かに上がったのであった。
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