コスモスの揺らぎ
きみは職員室で担任に定例報告を行った後、その足を図書室に向けた。
たまたま職員室で出くわしたプリンセスに誘われて断れる者はいない。
プリンセスの手にはコスモスを挿した小瓶。園芸部の許可を得て摘んだものの担任の女性教師はそれを自分の机に置くことを固辞した。私には世話できないから――と言って。
私の前では花の美しさもとるに足らないもの――と聞こえてきみは苦笑を隠せなかった。
「先生は静的なものより動的なものがお好みみたい」
プリンセスが微笑む。
その美貌にわずかな揺らぎがあることをきみは気づいている。
「図書室に置かせていただきましょう」
ということで閲覧室を訪れたのだ。
図書業務を手伝う図書委員は中等部生だった。プリンセスを出迎え、コスモスの花瓶を受け取る。目立つ場所に設置。水の世話は図書委員が引き受けてくれるそうだ。
委員の仕事を増やしてごめんなさいとプリンセスは頭を下げる。
実に優雅な光景できみはしばし佇む。
静置されたコスモスを見てきみは避暑会を思い出す。あの時プリンセスは赤白紫黄の色が鮮やかな水着を着ていた。そのつつましやかな体躯にその柄はよく似合いきみはそこにポーチュラカをイメージしたのだった。
プリンセスポーチュラカ――。
九月も終わり、プリンセスコスモスの方がふさわしいかな――ときみは思う。
遠くのテーブルに人を寄せ付けないベールをまとった美貌のニヒリストがいた。
ニヒリストにちょっかいをかけているのは九月いっぱいで任期を終える現生徒会長だ。
その生徒会長がプリンセスに気づき、ニヒリストに手を振ってきみたちのもとへやって来る。
「ごきげんよう、プリンセス」
「おそれいります、会長」
プリンセスがカーテシーをしたようにきみには見えた。
「しんだふりくんも一緒か」
きみは苦い笑みを浮かべて適当に挨拶する。もう名前の訂正も意味はないときみは知っている。
「読書家さんとのお話はもう良いのですか?」
プリンセスは訊ねる。
「これ以上銀髪の女神の乙女心を
「まあ大変」
何が大変だがきみはわからない。ただのセレブの戯れだときみは思う。
「一年間お疲れさまでした」
「たいして何もしなかったけれどね」
「もっとお仕えしたかったですわ」
「ならばときどきお茶を淹れてくれ」
相変わらずボーイッシュな生徒会長だときみは思う。
そのショートカットが昔腰までの黒髪ロングだったことをきみは知らない。
「ええ喜んで」
プリンセスが目を細める。
何だか百合の香りがした気がする。
きみの目の前でコスモスが揺らいでいた。
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キャスト
きみ
プリンセス
生徒会長
(※) 『いざとなったら俺がいる!? 傍観者は最後に姿を現す』
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