忘れ物のセーター
今日のきみは放課後の活動がない。
こういう日は生まれながらの相方と一緒に帰ることができる。
自宅近くで夕飯の材料も買えるはず。好きなものをリクエストできるはず。
きみは期待をその美貌に
美貌の図書委員と言われるきみの生まれながらの相方は図書委員の役割がない日でもそこにいる。
眠そうな目でひとり本を読んでいた。
石川達三『青春の蹉跌』。
きみはその字が読めない。
ふときみの目に忘れ物らしきセーターが映る。白のサマーニット。
冷房が効きすぎると感じる者なら今の時期でも脱ぎ着することはあるだろうが、学園女子は基本セーラー服だ。夏季はポロシャツを着ている子もいるが少ない。
カーディガンならともかくセーターを着るのは教職員だろう。そうきみは思った。
それが椅子の背にかけられていた。
「ねえねえ」ときみは相方に声をかける。「あれ忘れ物よね? 場所取りに使っているのではなくて」
「ああ、俺が来たときにはもうあったな」
気づいていたのかよ――ときみは思う。
「誰のかな」
そのことばに美貌の相方はなぜか反応し、重い腰を上げた。
そしてそのセーターに触れたかと思うと顔に持っていき思い切り匂いを嗅いだ。
ドン引きしたきみは「やめてよ」と制す。そして周囲を見渡す。
そこにいた誰もが相方の奇行を目撃していた。
「違うな」
何が違うのか?
知っている匂いではない?
――って誰の匂いならわかるというのだ?
「それにこの大きさ」
相方はセーターを広げて見せた。
たしかに――大きく見える。しかし丈は短い?
男子のものとも思えない。横幅の広い小柄な女子かな――ときみは失礼な想像をする。
その刹那、閲覧室の扉がガラリと開かれる。
「ここにあったあああ」
女子体育の教師にして二年G組担任を務める若手の女性教師だった。
廊下は走らない。教室では静かに――と注意すべき教職員にあるまじき言動。
とは思っていても誰もそれを指摘しない。すべてにおいて許容されている。
体育教師は珍しくスーツ姿だった。白シャツにタイトスカート。
ぴっちりしている。よく見るとタイトスカートではない。ただタイトになっているだけだときみは知る。
「先生のでしたか」ときみは声をかける。「誰のかわからないのでうちのやつがクンカクンカしてましたよ」
「うっそー汗臭いのに」
狼狽する体育教師。身長は低くても横に広い。肩や尻まわり、そして何より胸が超弩級だ。その体育教師が着るニットだったのだ。
体育教師は額に汗を浮かべていた。
「伸び切ってると思った?」
「いえ」きみは口ごもる。
「若き乙女のかぐわしさ、フリージアがごとし」
何だかわけのわからぬことを呟く相方をきみは憐れむように見た。
「化粧品の匂いだと思うよ」
この年上好きの妄想はとどまることを知らないようだ。
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『青春の蹉跌』石川達三
貧しい家庭に生まれたエゴイストで現実主義者の男性主人公。格差社会に野望を持って挑戦する一方、若さゆえか女たちに翻弄されます。教え子を孕ませた彼は、パトロンでもある伯父の娘との結婚を成り上がる手段の一つとして考えて――。
主人公が伯父の娘のことを妄想する記述に
「多分彼女の恥部は可愛らしくて清潔で、フリージヤの花のような香りをたたえているに違いない。」
石川達三. 青春の蹉跌(新潮文庫) (p.79). 新潮社. Kindle 版.
というのがありました。
いったい、どんな香りなのか???
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キャスト
きみ
美貌の相方
女性教師
(※1) 『星は煌めきたくない』
https://kakuyomu.jp/works/16817330666997560214
(※2) 『気まぐれの遼』
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