事件 ー2
ヒタヒコ達、交易を担当する男たちが旅立っていくと、集落を寂しさが覆う。
男たち全員が旅立ったわけでもないというのに。
交易品を携えて帰郷する彼らの存在は華やかだ。みたこともない、遠いところのはなしを手に取るように話してくれる。道中に生じた危険をどのように回避したのか、手に汗握る物語を聞かせてくれる。
集落に残る男たちが、彼らと比べ劣っているというわけでもない。むしろ常に狩りをしている彼らの方が武具の扱いには慣れているくらいだ。なのに、少しの不安をのせた寂しさが漂うのは何故だろう。
「さあ、私たちも仕事に取り掛かりましょうか」
年かさの女が声を上げる。
「そうだな。我らは焼き物を薄く軽くできないものか、試してみなければ」
これもまた年配の男が応える。
「頼みますよ。軽ければ持ち運びが楽になる。薄く作れたら必要な土も少なくて済みますからね。さあ、戻りましょうか」
ヒメが笑顔を向けた。
獲物を狩る者、収穫に出る者、器を造る者、布を織る者…。それぞれが自らの役割を果たすために散らばって行った。
ヒメは、その日は、草木から繊維を取る作業を一緒に行うことにした。子どもらと作業をしていると、守りの者が声を掛けに来た。
「ヒメ。稀人です」
「なんと。兄ヒコ様が旅立ったばかりだというのに」
「以前訪れた、あの稀人達によく似ていますが、初めての顔ぶれだと思います」
「面倒だが、会うしかないでしょうね。いまどこにいる?」
「集落にはまだ入れておりません」
「賢明です。仕方がない、通しなさい。油断はしないで」
そう言って、ヒメは立ち上がった。
「客人よ、よく参られました」
微笑みながら、稀人達の前に姿を見せた。
「はじめてですね。どちらからいらっしゃったのですか?」
「吉備にございます」
「ほう、吉備、と。申し訳ないが、初めて聞く土地の名でございます」
嘘だった。
ヒタヒコから話は聞いている。ヒタの先祖と同じように大陸から海を渡り、そしてヒタを越えていった人々。この地の人々と交わることを良しとせず、さらに海を渡って行った人々がいるということは知っていた。彼らのつくったクニの後継者たちなのだろう。
稀人達が荷を広げる。
伊都の稀人がもたらすような金属を使用した道具、磨き上げられた石で造られた装飾品、真珠などが溢れんばかりだった。
さすがのヒタヒメも圧倒された。
「これはさすがに、素晴らしいというしかありませんね」
「知恵者と評判のヒタヒメ様からのお褒めのお言葉、ありがたく存じます」
「しかし、このようなすばらしいものと交換できるようなものは、この地にはございません、残念ですが」
「いえ、ヒメ様手ずからおられた布があると伺っております。柔らかくありながら丈夫だとか。持参のものとヒタの布と。同じ目方で交換いたしませんか? 悪い話ではないと思いますが」
その言葉には答えず、ヒメはじっと主たる稀人の顔を見続けた。
「お気に召しませんでしたか」
広げた荷物を片づけるように同伴のものに指示して、稀人は言葉を繋げた。
「我らの先祖も大陸から渡ってきたそうです」
その言葉は、ヒメを
「今回はご挨拶が目的でしたから、不興を買わぬうちに退散いたしましょう」
稀人達は、ヒメの言葉を待たずその場を辞したが、間を置かずに一人の女が飛び込んできた。
「ヒメ、外で騒ぎが!」
何事かと慌ててその女について行くと、集落の若い男たち女たちがひとところに集まっている。その中心には稀人がいた。
「何をしている!」
少し声を荒げると集団がほどけた。
「客人よ、何か失礼がありましたか? お怪我はありませんか?」
危害を加えようとしたのではないかと焦る。
この稀人達は先に来た者達とは違う。似ているようで全く違う。扱い方を間違えると厄介な相手だ。
「これはヒタヒメ様。なんのご心配にも及びませぬ。私どもが荷を落としてしまい、みなさまが拾ってくださったのです」
稀人は何事も無かったかのような調子でヒメに微笑みかけてきたが、その瞳には挑戦的な光が宿っていた。
「お怪我が無くて何よりです。私どもには眩しい品々をお持ちでしたから、若い者達が好奇心を押さえられなかったのでしょう。申し訳ありませんでした」
平静を装い、謝罪する。
「では、このまま集落の入り口までお送りいたしましょう」
「これはこれは。痛み入ります」
稀人達はそのまま集落の外へと出て行き、振り返ることなく立ち去った。が、ヒメは胸中穏やかではなかった。
わざと荷を見せつけたのだ。好奇心旺盛な若い者達の心を掴むために。何かおかしい。彼らは何を企んでいるのだろう。
その夜、ヒタヒメは二組の男女、合わせて四人を傍へ呼んだ。
「申し訳ないが、ウサとユウのヒメの下へ走って欲しい。あの者たちについて知っていることを共有したい」
ヒメは、稀人達の振る舞いに疑念以上の警戒心を持った。彼らの先祖はヒタを過ぎて行った者達。この地の者と交わることを否定した人々。我らの先祖より位の高い側室たちの子孫なのだ、とすぐに理解できる言動だった。彼らの眼には、この集落など侵略の対象としか映っていないだろう。もしくは初めから、この土地も自分たちのものだと思っているか、だ。
「承知しました。月が半分になる頃には戻ってまいります」
そう応えて去っていく四人を見送りに出て月を見る。その日の月はほぼ満月だった。
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