第22話 通貨を発行しよう!
首都ウィナスは、広がった勢力図から見るとかなり辺境に位置している。日本に例えるなら、本州の西端にあたる下関に首都があるような感覚だろうか。
組織の人間からは遷都を求める声も出ているが、この街は森が近く、タマの餌を取りに行くのが簡単なので、俺としては結構気に入っている。
今日はウィナスの中心部に新しくできた駅に来ていた。マナリスまでを3時間で結ぶ鉄道の発着点だ。
俺からしたらタマに乗って移動した方が早いといえば早いが、鉄道の本質は速度ではなく輸送力にある。
タマ一頭では到底運べない数百トン近い貨物を一度に運べるのだ。
そのおかげで、日本からの援助物資も滞りなく届くようになった。
駅の周囲には大勢の人々が集まっていた。といっても、
新路線に大量の乗客需要がある……わけではない。
首都ウィナスの住民にとってマナリス方面に行く用事などほとんどないのだ。運賃が無料なため、暇つぶしに乗っている住民や、荷物を満載した商人くらいだろうか。
彼らが駅前に集まる理由は別にある。手にしているのは、通貨として配布しているパン引換券だ。
駅に近づくと市民たちの威勢のいい声が聞こえる。
「丸いパンひとつ!」
「メロンパン! メロンパンパン!」
「棒のパン!」
旧ミナディア南部の首都地域では、試験的にベーシックインカム的な制度が導入され、各家庭にこの引換券が配られている。券の正式名称は「1アス紙幣」。
1アス紙幣を2枚出せば、パン1個と交換できる仕組みになっている。
ただし、異世界産のパンにも好みの差があり、到着した列車から少しでも人気の品を手に入れるため、民衆が押し寄せているわけだ。
こうして紙幣を定着させるため、我が国は大量の紙幣を用意した。
自前では技術がないため、中国に数百万枚の印刷を依頼したのだ。
透かしまで入っているらしく、偽造防止も万全だという。
さらに制度改革として、10アス紙幣で1デナリウス紙幣と交換できるようになった。
従来は16アスが1デナリウスという複雑な換算方式だったので、これは大きな前進といえる。
デナリウス、つまり「十個の」という名前なのに10アスと交換できないのは面白すぎる。
一月に一人当たり6アスの紙幣を配っている。つまりパン3個だ。たまに贅沢して美味しいパンを食べれるという程度だな。
もはや我が国は社会主義的国家と言ってもいいのではないだろうか。
地上の楽園が異世界で出現したことに、マルクスやレーニンも地獄で大喜びしてくれているだろう。
それに加えて公共事業に応じることで1日で4アスの給料を得ることができる。
この通貨を使って他にも異世界産の上質な米などを買うこともできる。
そもそも通貨なんてなかった連中に、どうやって「これに価値がある」って信じさせればいいんだろうか。
理解というよりも、信じさせると言った方が正しいのかもしれない。
実際、紙の通貨などただの紙でしかないのだから。
一番効果的なのはその通貨で税金を納めさせることだ。それによって望まなくても通貨を必要とせざるを得なくなる。
ただ、これはまだこの国では早いかな。
地球でも似たような例はある。宋の時代には塩や米と引き換える券が紙幣になったし、日本でも米券や藩札がそうだった。
食糧だけに頼る価値を頼る通貨というのは価値が不安定という欠点がある。
豊作になったらインフレになるし、その逆ではデフレになる。
ミナディア銀行総裁のミーナちゃんが通貨の価値が下がりすぎないように調整しながら発行しているわけだ。
ミーナちゃんは最近仕事が多すぎたので内務大臣と財務大臣と銀行総裁の職だけになった。
それでもまだ兼任が多いと思う。
外務大臣の職を取り上げようとした時、泣いて駄々をこねる姿には思わず笑ってしまった。
「キットゥ様! 仕事ぶりに不満がありましたか!? 頑張りますから」
少なくとも、外務大臣としてはそこまで有能ではなかった気がする。だってただの伝言しかしてなかったし。
◇◇◇◇◇◇◇◇
今日はタマと一緒に歩いていないので注目されることはない。
のんびりと街を視察することにした。
目論見通り、物々交換はうまく通貨に移行していっているようだ。
店では魚3匹で1アス。ちゃんと紙切れが物と交換され始めている。
ちょっと高いな…。どうやらこの辺りでは魚は高級品らしい。
まぁ漁船は大型魚に襲われる危険な仕事だしな。
道を占拠している違法露店では外から来た商人が旧1アス銅貨を出して断られている。
「米5合で1アスだよ。 …ごめんね、ウチでは銅貨は受け取ってないんだよ」
「えぇ…困ったなぁ。どこかで両替できない?」
最近はこの地域の商人は新通貨しか欲しがらない。従業員が新通貨を欲しがるからだ。
と言っても首都ウィナスはまだ両替できるだけマシで、南部の方に行くと銅貨をそもそも知らない人が多い。
我が国ではあえて旧貨幣との交換保証はしていない。
旧1アスは古代の大帝国の時代から流通しているもので、この国だけでなく周辺諸国で流通している。
その影響を受けたくないのだ。
さっきの商人の後をコソコソついていくと両替商にたどり着いた。
「交換レートが悪すぎるよ! パン一個と交換するのに銅貨4枚も必要なのかい?」
「そんな事言われても銅貨はいらないんだよね。銀貨なら溶かして使えるからレートはいいよ」
ただ東部以外の地域で商売する人などがもちろんいるので市場原理で自然発生的に両替商も生まれている。だが、旧貨幣に需要があまりないので両替商のレートは悪い。
古代の大帝国の通貨制度は凄いと思う。
実は旧1アスを回収して溶かして銅として売ることも考えたんだが、調べたところその貨幣の価値に見合わない量の銅しか含まれていなかったのだ。
銀貨も同様だ。
つまり、この硬貨は実際の金属として以上の価値として流通している。
信用ができているわけだ。
人々はこの貨幣に価値があるという共同幻想を持っている。
大帝国の崩壊から約1000年。
当然、当時の通貨ではない。出回っているのは分裂した諸国家による贋作だ。
銅貨の裏側にはかつてこの地に大帝国を作った大帝の顔が描かれている。
千年経っても通貨の信用が残っているのは素晴らしいことだ。
騎馬民族の領域への遠征中に息絶えた大帝も、地獄で満面の笑みを浮かべているに違いない。
この精巧な銅貨は多くは遠くエアロペ地域で作られている。
そこに通じる唯一の道を帝国が蓋をしているような形になっているのでミナディアとは殆ど交流もない。
帝国内ならエアロペ人にも出会えるだろうが、俺は行った瞬間即座に暗殺されるだろう。
王都で帝国の皇太子と、大将軍2人、外務卿、1万の兵士を爆殺してしまったからな。
皇帝は老齢で殆ど政務ができなかったと聞く。実務を担ってる皇太子がいきなり消えて大変だろうな。
この前帝都に派遣した大使の初仕事はそれに関する、帝国の声明を伝えてくることだった。
本気で怒っていて、今にも戦争を仕掛けてきそうだ。
大陸共通語に存在するありとあらゆる罵詈雑言が書かれた書簡は面白すぎて、執務室の壁に飾ってある。
話はそれたが、現在は鉄道が繋がっている場所が実効支配している場所になっている。
鉄道は北へ北へ建設中だ。
鉄道大臣は複線化する利点を伝えてきてくれているが、残念ながら複線化するよりも早く線路を伸ばしたい。これは政治的な理由だ。
俺はタマの顔が刷られた紙幣を手に取り、太陽に透かしてみた。
透かし加工されている部分からタマの全身が描かれた絵が浮き出てくる。
この紙切れが通用するところをどんどん増やさなければならない。
王都が消滅して、権力が空白となった地点では治安が悪化していると聞く。
鉄道を広げ、民を救うのだ。
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