静かな祈り

 メリッサとダークは、教会を出て西側へ歩く。空気は冷たいが、メリッサの身体は火照ほてっていた。


 ダークと二人で蛍観賞に行くのだ。


 仕事ではない。それを意識しただけで、胸の鼓動が高まる。


 事実上のデートだと思っている。

 メリッサの心理状態を分かっているのかいないのか、ダークが穏やかに口を開く。

「墓地の先に森があって、そこの川で蛍が見れるぜ」

「そ、そうなのですね」

 メリッサは緊張していた。両頬を赤らめている。

 ダークは声を出して笑っていた。

「そんなに固くなる事じゃねぇよ!」

「か、固くなるつもりはなかったのですが……」

 メリッサはしどろもどろになる。

「仕事以外で男性と二人きりになる経験がなかったもので……」

「……そうか。そう言えばそうだよな」

 ダークは頭をポリポリとかいて、上の空になる。

「意識していなかったが、言わてみればそうだよな」

「あ、ああの……なんだかすみません。変な事を意識させて」

「謝る事じゃねぇよ。リトスを連れてきてもいいが、どうする?」

 ダークは足を止める。メリッサもつられて足を止める。

 メリッサは戸惑った。

 リトスがいれば安心できるだろう。しかしそれは、リトスに頼りすぎている気がする。

 メリッサは意を決して想いを口にする。

「蛍を見たいのは私の意思です。リトスを巻き込むつもりはありません」

「そこまで悲壮感を出さなくてもいい気がするが、分かったぜ。二人で見に行くか」

 ダークは再び歩き出す。

 メリッサの顔面は耳まで真っ赤だった。


 森にたどり着いた。土の匂いが濃厚になる。

 ダークが人差し指を口元に当てる。

「念のために言っておくが、ここからは静かに頼むぜ。話す時は小声で」

「蛍を驚かせないためですね。分かりました」

 メリッサは頷いた。

 二人でゆっくりと森に入ると、ふわふわと浮かぶ光の粒が見えた。

 光は穏やかに光ったり、消えたりする。

 メリッサの両目は輝いた。

「綺麗です。誰かがワールド・スピリットを放っているのでしょうか?」

「ワールド・スピリットなんかじゃねぇよ。これが蛍だ」

「これが蛍なのですか!? とても綺麗でビックリしました」

 メリッサは両目を丸くした。

 ダークは苦笑する。

「そんなに驚くとは思わなかったぜ。まだ川に来ていないのに」

「川はもっとすごいのですか?」

「比べものにならないぜ。たくさんの蛍がいるんだ」

 ダークは穏やかに笑った。

「もう少しで見れるはずだぜ」

 せせらぎが聞こえる。ダークの言う通り、川が近いのだろう。

 メリッサの胸のドキドキが止まらなくなる。笑顔を浮かべて、太い木の根を乗り越えていた。

「蛍は一匹でも素敵ですのに、たくさんいるなんて楽しみです」

「期待どおりだといいけどな。着いたぜ」

 ダークは木の枝を丁寧にどかして、メリッサを手招く。

 メリッサはゆっくりと枝の先に行く。


 そこには幻想的な景色があった。


 数多くの小さな光が不規則に浮かんで、消えたり現れたりを繰り返している。暗い川に反射して、満天の星空のようにキラキラ輝いていた。ゆったり飛ぶ光も、踊るように激しく舞う光も、美しい。

 闇が濃いからこそ、光が鮮やかに見える。

 メリッサは感激のあまり、言葉を失った。

 両手を合わせて、この景色に巡り会えた事に感謝していた。

 ダークは笑った。


「期待以上だったか?」


「はい……神が与えた巡り合わせに感謝します」


 メリッサは両手を合わせたまま、深々と礼をした。

「こんなに素敵な景色を見せてくださったあなたに感謝します」

「礼なら蛍と、蛍の住処を守った連中に言ってくれよ。ボスコ様を初め、苦労したらしいからな」

 ダークは遠い目をした。

「俺がルドルフ皇帝を連れて逃げ回っていた頃に、集落が侵略されて苦渋をなめたらしいぜ」

「ダークもボスコ様も大変でしたね」

 メリッサの両目が潤む。

 ダークは俯いた。


「メリッサ、一ついいか?」

「何でしょうか?」

「ここでは、俺の事をブルースカイと呼んでくれねぇか?」


 メリッサは首を傾げた。

「ブルースカイとは?」

「俺の本名だ。ダーク・スカイはルドルフ皇帝から与えられた称号みたいなもんだ。闇の眷属を守るためのな」

 メリッサは大きく頷いた。

「そういえば、ボスコ様はあなたの事を一度もダークとは呼びませんでしたね」

「古くから付き合いのある人間はそうなんだ。俺も普段は闇の眷属の代表格として動いているつもりだ。けどよ、ここでは俺自身でいたいんだ」

「分かりました。ここではあなたをブルースカイと呼びましょう」

 ダークはゆっくりと顔を上げて、胸に片手を置いた。


「ここは俺にとって、多くの思い出が詰まっているんだ。悲しい事も嬉しい事も、忘れられねぇ」

「あなたが殺戮に走るのも、きっと守りたかった存在がいて、それを奪われたからですね」

「そうかもな……あいつらが今の俺を見て何て言うか、考えたくはねぇけどよ。忘れる事はできねぇ」


 あいつらとは、ダークが守りたかった人たちだろう。

 ダークは溜め息を吐いた。

「俺はもう少しここにいる。久しぶりにあいつらのために祈りたい」

「私も祈らせてください。可能な限り多くの人が救われますようにと」

 二人で静かに祈る。

 宗教が違っていても、想いは一緒だった。

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